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ヨガと予知と中央線・12『景子の二日目』

私たちはぼんやり次のレースが始まるのを、窓際の席に座って待った。周りではおじさんたちが新聞を見ながら熱心に予想をしている。凄い集中力でまるで人生をこのレースに賭けているみたい。


それを見て、ふと明さんのこれまでの生活を思い出した。もちろん四六時中一緒にいたわけではないから断言は出来ないけど、明さんはこの予知の力を取り戻すために、人生のすべてを捧げていたように思う。遊びや恋愛に目もくれずね。


もちろんこんな凄い力を持てたらこうやってお金も稼げるけど、そのためだけに明さんはヨガを熱心に取り組んでいたのだろうか? どうも違う気がした。だってお金を稼ぐために青春をまったく無駄にするのって考えられる? 私は無理だな。

「明さんって予知能力を取り戻すためにヨガをしてたんですか?」
「ん。そうやな」
「私の勝手な想像なんですけど明さんって予知能力を取り戻すために、とても自分に厳しく生きていたと思うんですよ。何の遊びもせずに予知能力を取り戻すためだけ生きていた感じがした。違います?」
「まあ、そうかもな」
「なんで、そんなに予知能力を取り戻したかったんですか? こうやってお金を稼ぐためですか?」
 明さんはそう聞かれて、少しの間沈黙していた。

窓の下では第二レースが始まり、おじさんたちの視線がそこに集まっている。そんな中、明さんは空を見ていた。

白く綺麗な雲が空に模様をつけている。晴れ渡った空より、雲がある空のほうが私は好きだな。

私も明さんと一緒に空を眺めた。

「お金を稼ぐために辛い人生を歩むのは、あまり賢い生き方ではないと俺は思うな」
 第二レースが終わる前に明さんは話し始めた。
「じゃあ、何でそんなに一生懸命に予知の力を取り戻そうとしていたのですか?」
 そう聞かれて明さんはまた少し考え込んでいた。何だかその姿はとても悲しそうに見える。あまり思い出したくないことを思い出させたのかもしれない。

「生きる目的にしていたからかな」
「生きる目的ですか」
「そう。大切な人をもう二度と失いたくないんだ。これはそのための力だよ」
 

明さんはそう言うと、とても穏やかな笑顔になった。いとおしいと思える素晴らしい笑顔で、つられて私も笑顔を作った。

明さんの失った大切な人って誰だろう? 昔の恋人だろうか? こんなに思われているのなら、とても素敵な女性だったのだろうな。
 

おじさんたちのどよめきに、自分が競艇場にいたのを思い出す。どうやら第二レースが終わったようだ。
「へえ。順位は知ってるんだけど、オッズは知らないんだよね。これはケイさん得したね」
 

明さんはそう言うとさっきの穏やかな笑顔とはまるで別物のやらしい笑顔を作っていた。そして私をまた払い戻し機に連れて行ってくれる。自分の船券を機械に入れると、やたらカタカタと音がなった後にぬっと札束が出てきた。

「ちょ、明さん、これ!」
 私は興奮してお金を明さんに差し出してしまった。
「あんまり大きな声を出さない。注目浴びるで。八百八十倍だったから、八十八万円だね」
「はちじゅうはちまん!」
 声が思わず裏返ってしまう。

こんな大金を手に持ったことなんて生まれて初めてだ。通帳に書かれているのは数字で、実感がまったくないものね。
「ずるいと言われないために、俺も今回は千円だけ。さてもう合計九十万は勝ったから、競艇はやめよう」
「はい。でもこんなに受け取れないです」
「別にそれは俺のお金じゃないから。ケイさんが買った船券が当たったんだから、ケイさんのお金やで。恩に着る必要もない。俺を信じて買うも買わないもケイさんの自由だったからね」
 そう言われて、明さんは私のバッグにお金を入れていた。急に私のバッグが重くなった気がする。

「ひったくられないように気をつけや」
 明さんが耳元でささやく。私は頷くと、六千円で買った青い水玉模様のバッグをぐっと胸に抱きしめた。取られてなるものか。
「それじゃあ、不自然すぎるな」
 明さんはそう言って、私を見てげらげらと笑っていた。明さんがそっと私のバッグを受け取る。

「いいよ。銀行まで俺が持って歩くよ。そのまま歩くと今度はお金目当ての人に襲われそうだからな」
 そう言って明さんはまだクスクスと笑っていた。私もつられて笑ってしまう。そんなに私の格好は変だったかしら?
 

私たちは無事に競艇場を出ると(本当に周りのおじさんたちが全員泥棒に見えて怖かった)吉祥寺に戻った。吉祥寺の銀行で儲かったお金をすべて預けてから、移動することにした。ショッピングはカードですればいいからね。ポイントも付くし。

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