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スタッフが“生徒”になる!? 「教えてもらう」コミュニケーションが起こした男子中学生の心の変化とは

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。
そこは、子どもたちが親や教員、友だちとも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、世界が広がる場所でもあります。

カタリバではこれまで20年間、子どもたちのためのサードプレイスと、親や教員(タテ)や同級生の友だち(ヨコ)とは異なる 「一歩先を行く先輩とのナナメの関係」を届けてきました。

子どもたちがどのようなきっかけで「サードプレイス」に来て、どんな経験をし、何を見つけたのか。これまで出会ったたくさんの子たちの中から、特に印象的だったエピソードをご紹介します。

人への恐怖心を感じる出来事があり不登校に

ゲームが大好きな中学生・コーキさんが学校に行けなくなったのは、2年生になってすぐのことでした。学校で人に対して恐怖心を抱えるできごとがあり、学校に行くことが難しくなってしまいました。

以来、学校の友だちのことも避け、家にこもってゲームに熱中するようになったコーキさん。心配した担任の先生のすすめで、その年の12月からカタリバの「room-K」に参加を始めました。

room-Kは、メタバース(インターネット上の仮想空間)を活用した不登校支援プログラムです。臨床心理士や社会福祉士など多様なバックグラウンドを持つコーディネーターが、保護者・子どもと面談し、個別に支援計画を作成。専属の子どもメンターが「作戦会議」と呼ばれるオンラインミーティングを毎週行い、子どもに寄り添いサポートします。

コーキさんのメンターを担当したスズさんは、参加当初のコーキさんの様子をこう話します。

「room-Kに来る子どものほとんどは、パソコンのカメラとマイクをオフにして、チャットのみでやりとりするのを好みます。コーキさんもそうでした。ゲーマーのコーキさんはチャットの返答が早く、コミュニケーションはスムーズにできましたが、room-Kを卒業するまでカメラとマイクはオフでした」

カメラもマイクもオフで参加するコーキさんの様子から、「作戦会議をするのが嫌なのかな」と心配したというスズさん。しかし、コーキさんは作戦会議に遅刻することも、休むこともしませんでした。

コーキさんのお母さんからは「room-Kの他のプログラムには参加しようとしませんでしたが、作戦会議は嫌がるどころか、早めにパソコンの前に座って準備していました。私はその姿が何よりうれしかったです」と連絡があったそうです。

メンターが子どもにマイクラを教えてもらう、というコミュニケーション

room-Kには子どもたちの興味関心を深めるための「プログラム」と呼ばれる時間があり、イラストや歴史、サイエンスなどさまざまなテーマがあります。週1回の作戦会議を続けていたある日、スズさんはコーキさんに「room-Kのプログラムの中で何に興味がある?」と質問しました。

すると、「Minecraft(マインクラフト:以下、マイクラ/フィールドの中で建築をしたりモンスターを討伐したりするゲーム。別の場所にいるプレイヤーがマイクラの世界で一緒にプレーすることもできる)が大好きだから、room-Kのマイクラプログラムもやってみたい」という答えが返ってきました。

当時、room-Kのマイクラプログラムはできたばかりで、スズさんもやったことがなかったので、2人でマイクラプログラムの世界を一緒に見学。するとその3週間後、偶然にもスズさんがマイクラプログラムの担当者に任命されたのです。

「マイクラをやる子どもたちをサポートする仕事なので、マイクラの技術は必要ありません。でも、さすがに全くできないのはまずいだろうと思い、コーキさんに教えてもらうことを思いついたんです」(スズさん)

作戦会議でもゲームの話題になると積極的にチャットで発言していたコーキさん。スズさんは「コーキさんが得意なマイクラを通してコミュニケーションをとることで、作戦会議の内容を一歩深められるかもしれない」と考えたそうです。

コーキさんもスズさんのお願いを快く承諾。30分の作戦会議の前半15分でミーティングをし、後半15分で一緒にマイクラをやるようになりました。

「私は本当にマイクラ初心者で、何をすればいいかもわからなかったのですが、コーキさんが『まずは木を切ってください』、『このアイテムを作るときにはこうするといいよ』など、とても上手にリードしてくれました。私が敵に襲われたときには、すぐ駆けつけて倒してくれたことも!

『コーキさんすごいね、頼りになる』と言うと、『自分ゲーマーなんで』とさらっと答えたりして、めちゃめちゃやさしいジェントルマンだなっていつも思っていました」(スズさん)

マイクラを一緒にするようになると、普段のコーキさんの様子もすぐに変わったとスズさんは言います。

「ミーティングで冗談を言ったり、文の最後に「w」マークをつけるなど、会話の距離がグンと縮まったんです。作戦会議も30分延長して、最初の30分でミーティング、残り30分でマイクラをするように。すると、コーキさんから進路の相談もしてくれるようになって、信頼関係ができたと感じられてうれしかったです」(スズさん)

ゲームの中でリーダーをつとめることで、人とのつながりが復活

コーキさんにマイクラを教えてもらうようになった3カ月後、スズさんはある提案をしました。
それは、子どもとメンターがペアになってマイクラの世界に入り、子どもがメンターにマイクラを教えながら課題をクリアするというイベント、その名も「子どもがメンターさんにマイクラを教える会」の開催です。これをコーキさんとスズさんで主催しようと提案したのです。

「コーキさんは、私とは気さくに話すようになりましたが、人への恐怖心や不信感はまだ強く、room-Kの他の人たちとは接しようとしませんでした。でも、これから高校、社会へと進んでいく中で、横のつながりを持つことはとても大切です。

コーキさんはゲームが上手で、人に対してもとてもやさしい子です。マイクラの中でならリーダーシップをとりながら、みんなと自然に触れ合えるのではと思ったんです」(スズさん)

room-Kに参加している子どもには、ゲームが得意な子がたくさんいます。スズさんは、このイベントに参加してもらうことで、その子とメンターとの関係もより近いものになるのではないかと考えたのです。

マイクラ好きのコーキさんは、スズさんの提案にすぐさま賛同。スズさんとコーキさんとでゲームの設定を決め、「合同作戦会議」と称してコーキさんと同い年の男の子を呼び、マイクラに一緒に入って状況を整えるなど、準備を重ねました。

そしてイベント当日、4組のペアが参加し、マイクラの中に入って課題に取り組みました。

「コーキさんは、誰かがシャベルを探し回っていると聞くと駆けつけて渡し、他の誰かが火を起こせないと聞けば助けに行って、まさにリーダーとして頑張っていました。もともとゲームの世界では友達がいっぱいいる子なので、ゲームを通した交流なら自分はできるという自信を持っているのを感じました」(スズさん)

イベントが終わる頃には全員が仲良くなり、マイクラの中で互いが作った家に遊びに行ったり、一緒に狩りに出かけるなどして、大いに盛り上がった1日となったそうです。

「後日、イベントに参加した中2の男の子が、コーキさんにお礼のカードを送ってくれたんです。『困っていたとき何度も助けてくれたコーキさんは神!』って書かれていて(笑)。コーキさんも『カードの内容がおもしろくて好き』と、照れながら喜んでいました。

他にもメンター経由でお礼の言葉がたくさん届いて、『こんなに反響があると思ってなかったからうれしい!やってよかった』と言ってくれました。この経験や感動が、これからの彼の自信につながったらいいなと思います」(スズさん)


今年の春、コーキさんは中学を卒業し、オンライン授業を多く取り入れている高校に進学。新たな環境で友だちもでき、楽しい高校生活を送っているそうです。

人に対して恐怖心を持ち、人を避けるようになったコーキさん。スズさんは「コーキさんが得意なマイクラというフィールドに入り、あえて『教えてもらう』という形で交流したことが、自然と気持ちを開いてくれるきっかけになったのでは」と振り返ります。

「room-Kには、いろいろな事情で自信をなくした子が多くいます。だからこそ、その子が好きなこと、得意なことを伸ばす接し方を心がけています。それを学びにつなげたり、探究的なところまで興味を広げることで、それが彼らの自信につながり、さらに良い効果が生まれると思うからです」(スズさん)

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています
※Minecraftを用いたプログラムはroom-K内のプログラムであり、Minecraft公式のものではなくMojangとは関係ありません

-文:かきの木のりみ

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