見出し画像

小さなブランドの生存戦略

残りの営業日数が数えられるくらいになった、この週末。

代官山のチャイスタンドLIFE SPICE SHOPには、ひっきりなしに人が訪れます。みな、チャイを飲んだり、当日のイベントを楽しんだり。アイスを食べる人もいます。実店舗がクローズになるのに、不思議と悲しんだり落ち込んだりしている人はいないようで、表情はカラッと明るい。みんな笑顔で来て、軽い挨拶とともに立ち去ります。

店内は、飲食店とは思えないほどこじんまりとしている。そして椅子は2つしかありません。訪れた人たちは、互いに譲り合いながら、立って飲んだり外で飲んだり、また中に入ったりしています。チャイを片手に、キッチンから半径10m以内の空間を漂うのがLIFE SPICE SHOPの楽しみ方です。

一般的なカフェの枠には当てはまらない、チャイスタンドとも括れない。この世界観は、独特。唯一無二にして完成度が高い。超小規模な実店舗として、これ以上の完成度には滅多にお目にかかれないのでは。この2年ほど通った者として、私は今回、LIFE SPICE SHOPの凄さをブランディングの視点から紐解いてみます。

代官山のチャイスタンド

LIFE SPICE SHOPは、周東さんとSHOKOさんお二人が、3年前にはじめました。代官山の実店舗を軸に、独特な雰囲気とブレない軸で多くのお客さんと両思いの関係性を築いています。LIFE SPICE SHOPのブランディングに専門家は関わっていません。すべて彼ら自身で、思考と実践を通してブランド価値を高めています。ここで一言。理論を知らずにこの境地に達するって、どんだけセンスいいんですか。すごすぎませんか。発信側の目線はしっかりしている。それでいて、客観的に見た自分たちの見え方も理解している。お見事すぎます。

「日常に、スパイスを。」

これがLIFE SPICE SHOPのコンセプトです。外向きのメッセージとしても機能しているので、タグラインとも取れます。タグラインでありながら、LIFE SPICE SHOPのネーミングと一貫性があります。


この「日常に、スパイスを。」を軸に、商品ラインナップが展開されていきます。
メインは、ドリンクとフードです。ドリンクはチャイを中心に、ストーリー性のある紅茶やアルコール飲料が少々。コーヒーはありません。

「よく、コーヒーないんですか?と聞かれるんですよね」と笑い話にしている周東さん。とても気さくで朗らかな周東さん。流行っていても、定番でも、メニューにしたら多少売れそうでも、いずれにせよこのお店でコーヒーは出しません。
コーヒーのないカフェ。なかなかストイックです。ただコンセプトからすると、コーヒーがないのも頷けます。こんなにコーヒーが溢れかえっている日本では、コーヒーは「日常に、スパイスを」与える存在ではありません。このお店で「コーヒーないんですか?」と聞く野暮な方は、すみません他のお店に行っていただいたほうが良さそうです。

持ち帰り用のチャイミックスが置いてあります。これがあれば、実店舗以外でも、自宅や他の場所でチャイを楽しめます。チャイがある日常は、ちょっと刺激的ですよね。

そして、一点ものの雑貨が置いてあります。周東さんとSHOKOさんが、主に北米にスタディツアーに行った際に手に入れた雑貨たち。独自の視点で集められたそれらは、質感があり、味があり、ここにくるまでの独自のストーリーを帯びています。これを自宅に置いたなら、きっと「日常にスパイスを」もたらします。ここも一貫しています。

「クレジットカード使えます」は置かない

LIFE SPICE SHOPは「クレジットカード使えます」というPOPを置きませんが、クレジットカードは使えます。必要な人に必要な情報が伝われば良い、という考えに基づき、語り口調を一貫しています。

ある人にとって便利な情報は、それが不要な人にとってはノイズになります。「クレジットカード使えます」のPOPは、必要な情報なのでしょうか?それによって入る店を選ぶ、クレジットカードが使えないという理由でこの店には行かないという判断をする人は、そもそもこのお店の理想のお客さんではないかもしれません。基本メニューは550円のチャイです。他にもギフトや小物があります。そして、もしLIFE SPICE SHOPの世界観が気に入り、これらを買いたいなとなり、現金の持ち合わせが気になったとしたら、「クレジットカード使えますか?」と気軽に質問できる距離感と雰囲気のお店ではあります。そしてそもそも、このお店はクレジットカードは使えます。

ブランディングは、伝え手側の思考と選択、実行の連続で培われていきます。このお店では、便利より、ノイズを避ける方針を選択しています。

こういった一つ一つは、ブランド・プロミスにも通じます。LIFE SPICE SHOPは、野暮なことはしないし、うるさくしない。雑貨のプライスは超小さいのが置いてあります。(そしてこの写真にプライスがないのは、撮る際にプライスを取り除くという行為を、完全に彼らは意図的に無意識にやっているのでしょう。)

この一貫した世界観作りの積み重ねが、心地よい空間を作っています。LIFE SPICE SHOPに行くと、いつも安定的に落ち着いた時間を過ごせる。お客さんが多くても、他にお客さんがいなくても、心地よい。

親切だけどうるさくない。LIFE SPICE SHOPのブランド・パーソナリティは、ブランドオーナーである周東さんとSHOKOさんに近いイメージですが、かといってイコールではありません。彼らの愛する、宇宙のオーラやネイティブ・アメリカンの教えがチャイスタンドに溶け合う。多面性がありつつ、どこか筋が通っていて心地よい。人物で言ったら、そんな人なのでしょうか。

LIFE SPICE SHOPの世界観が好きなお客さんは、どこか似た雰囲気をもっています。彼らはターゲット・オーディエンスやペルソナ設定は、多分していません。男性か女性、年齢層などの統計的属性ではなく、心理的な属性が近い人たちが集まってきているように感じます。

チャイ屋なのに、チャイを飲まない

「最近気づいたんですけど、うちに来てくださっているお客さんに、純粋にチャイを買いたいだけっていう人はいないんじゃないかと思うんですよ。」

確かに。チャイを飲みたいからLIFE SPICE SHOPに行くというより、LIFE SPICE SHOPに行きたくて行ったからチャイを頼んでいた、私もそんな日もあります。

もちろんLIFE SPICE SHOPのチャイは、美味しいです。彼らは本場の空気感と味を体験したのちに、ご自分たちで昇華し形にしているので独自性があります。

LIFE SPICE SHOPのチャイが、飲料としての機能価値を十分もっているというのは大前提です。そこに加え、あの場所に行き、彼らと会話を楽しみ、彼らが作ったチャイで一息つく。その一連の体験こそが一杯のチャイから広がるブランド・エクスペリエンスだと私は感じています。ブランド・ベネフィットが独自性も含めて確立されているので、LIFE SPICE SHOPのチャイは他では代替できません。LIFE SPICE SHOPのチャイを代替できるのは、同じLIFE SPICE SHOPのホットティや、ワイン、アイスなど。どれも近しいブランド・エクスペリエンスを持つので、まるで親戚のようです。私は、店に行った後に「あ、今はチャイという気分じゃないな」と気づき、ホットティを頼むのです。

他のチャイ屋(チャイ屋はあまりない)がどうとか、他のカフェがどうとか、そういうカフェ文脈の競合とは競合しない、というか。独特だし不思議だし、彼らの哲学がすごいです。市場での位置付けでいうと、誰かと何かの土俵で戦うより、自分の土俵を作ってしまったという感じです。

実店舗がなくなるけど、期待しかない

LIFE SPICE SHOPの実店舗は、あくまで彼らの思考と表現の場。公式Webサイトには、実店舗は「発信の場所」と表現されています。

彼らにブランド・ビジョンがあるのは明確です。そのビジョンに基づき、一つの形として実店舗を作っていたので、その実店舗がなくなってもブランドは続いていきます。

これはLIFE SPICE SHOPを体験した人には共感していただける感覚なのでは。実店舗のクローズを悲しむ人より、新たな活動を楽しみにして笑顔になる人が多いのが印象的です。実店舗があまりにお見事なので、クローズまで存分に堪能したいと何度も通う人が見受けられます。私もその一人。

1月末まで

LIFE SPICE SHOP哲学の集大成ともいえる、代官山の実店舗は、1月末でクローズとなります。noteを読む感性をお持ちの方は、きっと合います。ぜひ実店舗で彼らの空間を堪能してほしいです。

9:00-19:00 OPEN
150-0034 渋谷区代官山町8−3
contact@lifespiceshop.com

LIFE SPICE SHOPのこれから

そして、2月から彼らの活動の形が変わります。日々の活動の様子は、このLIFE SPICE SHOPの公式instagramで確認できます。

私、あと何回行けるかな。ひとまず、これから行ってきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?