番外編 ファイターの日常
ハヤトの日記より抜粋。
8月◯日 ウンザリするほど晴れ
朝からナミとモーニング食いにハピネスに行ったら、マユが居た。
三人でメシ食いながら色々話したぜ。
あのアピロスの屋上での一件以来、マユはずいぶん明るくなったと思う。
お母さんや学校の友達とも、うまくやってるようだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「たまごっち? なんだそれ」
「あ、お兄ちゃん、知らないんだー。いますっごくハヤってるポケットペットだよー」
ハヤト「ポケットペット?」
マユ「うんそう。ごはんあげたり、遊んであげたりしながら育てるんだー。ちゃんとセワしないと、へんな風に育ったり、死んじゃったりするんだよ」
ハヤト「へーえ。あいにく流行にはウトクてなー。それ、みんな持ってんのか?」
マユ「すっごくニンキがあるから、なかなか手にはいらなくて、クラスでも持ってるの半分もいないよー。すぐ売り切れるし、たまに売ってても、ギョウレツができてすぐになくなっちゃうんだって」
ハヤト「そりゃまた物好きなこって」
「マユの友達も持ってるんだけど、あまりおセワしないから、すぐに死んじゃうんだよ。……マユだったら、いっしょうけんめいおセワするのになー」
「マユも買ってもらったらどうだ?」
マユ「うん。……でもウチ、お母さんしか居ないし……ワガママは言えないよ」
ハヤト「……………………」
マユ「あ。でもいいんだ。マユね、いまお花のシイクニッキつけてるんだよ。それがすごく楽しいから!」
「(……くそ。マユにそのゴッチとか言うの、なんとか買ってやりてーな……)」
「(マユ……おそろしい子……! どうオネダリしたらハヤトが買ってくれるかを、本能的に気づいてるっ。なんてオトコの扱いが上手い……)」
ハヤト「ナミ。どうした? 白目むいて」
ナミ「え? あ。いや。べつに……」
「……マユ。俺ちょっと用事思い出したわ。今日はこれでな。……ところで、明日はハピネス来るか?」
「うん! ちょうどこようと思ってたよ!」
「(……この子。きっとハヤトがたまごっち手に入れてくるって期待してる……! おそろしい子……!)」
◆
そんなわけで、ハピネスを出た俺とナミは、たまごっちとやらを探して、福岡市中歩きまわった。
そうだ。Aプライドになら売ってるかもしれねえ。あそこは、そーいう妙ちくりんなモンにやたらと力入れるからな。
パソコン専門店【Aプライド】。
シンジロー御用達の店だ。店員自ら歌うテーマソングは、細胞レベルで拒絶反応を引き起こすから、俺はあまり近寄らないぜ。
店内に入ると、たまごっちと思しき商品が大量に並んでいた。
ら、ラッキー! ゲリラ入荷したばかりみたいだっ。
「オーウ。タマゴッチネー。ミーが求めていたのはコレネ。コレナノネー! ジパーングはヤッパリ黄金の国ダッタヨー」
……と思ったら、金髪の外人が根こそぎカゴに入れやがった!?
「ちょっと待ったーーーーーーーー」
外人「ワオ!? チョットマッタコール? ナニヤツネー!」
ハヤト「てめえっ! なに独り占めしてやがるっ。俺にもよこせっ」
外人「ノンノノンッ! アメーリカではセンテヒッショウ、勝者がオールをゲットするシャカイコウゾウネー」
「ああっ。おまえ、前にここでSCSIハードディスクがどうこうって騒いでた外人! あのとき、俺の弟がいろいろ面倒見てやって、助かったはずだぜ! 忘れたとは言わさねー」
「ホッホホーウ。モチのロン、リメンバーネー。あのサムライボーイのブラーザでしたカー…………そのセツは、タイヘンおせわになりモーシタ」
ハヤト「覚えてたなら話は早え。たまごっち一個俺に渡せっ」
外人「オフコース。オンをアダでかえす、アメーリカでもベリベリバッド! ドッグにも劣るチクショーネ」
外人は俺にたまごっちらしきパッケージをひとつくれた。
「ユーのブラザー、サムライボーイにもよろしくオツタエくだちい。グッバイシーユーアゲン! あのナツのヒ……!」
外人は陽気に去っていった。よし。これでマユも喜ぶぞ。
「あああ!」
「どうした、シモカワ?」
シモカワ「は、ハヤトさん、それ。たまごっちじゃありませんよっ」
ハヤト「な、なんだと」
シモカワ「それは……ぎゃおっぴ!」
ハヤト「なんだよ、なんなんだよ、それは!」
シモカワ「たまごっちの真っ赤な偽物で、キャラもへんだし、なんかデカいし、バランスも悪くてすぐ死ぬし……中国製の粗悪なパチモンです」
「あ、あのガイジン、ナメやがってえええええええ」
こんなモン、マユにあげられるかーーーー。
「くそっ。カワハラ。おまえにくれてやるっ」
「え? いらんですよ。おれ、ホンモノのたまごっち4コ持っとりますけん」
ハヤト「な、なにィッ!」
カワハラ「しかもひとつはレアなホワイトっす。未開封」
「ひとつよこせっ!」ドゴンッ!
「ギャオッピ!」
「…………よし。これでマユもきっと喜んでくれるよな、ナミ!」
「(…………マユ…………おそろしい子…………!)」
◆
8月◯日 今日も晴れ。36℃って殺す気かよ。
大橋駅で悪意と戦っていたら、カラオケの20分無料券を拾った。
これは……神が俺に言ってるんだろうよ……「リベンジしろ」とな!
「カスガああああああ」
「んー?」
ハヤト「ちょうどいい! 前回の雪辱、いまここで晴らさせてもらうっ」
カスガ「おー。正月にやった、カラオケタイマンバトルのことー?」
ハヤト「そうだ! 忘れたとは言わさねえ!」
「からおけ? なにソレ?」
「知らないのか、ナミ! カラオケってのはBGMにあわせて歌う娯楽だ。そして、ほとんどの店で、歌い終わったら採点が表示される! ソレで前にカスガと勝負してな……このやろう、負けた俺にナニをさせたと思う!?」
「な、なにをやらされたの……? そんなにヒドイこと? カスガさんってけっこう黒いし、とんでもないことさせられたんじゃ……」
ハヤト「こ、コイツはなー、こともあろうに、この俺に、大橋駅前広場で、『majiでkoiする5秒前』をアカペラで歌わせたんだよおおおおお」
「そー。しかも振り付けつきだったよねー」
「………………………………(え? アホ?)」
ハヤト「そんなわけで、一曲限定、一発勝負だ! 勝ったほうは負けたほうからの絶対忠誠権を与えられる!」
カスガ「おー。のぞむところだー」
ナミ「ち、ちょっと……! 大橋駅前の悪意はどーすんの!? ウジャウジャ居るよっ」
「うるせーーーー! ンなもん、ヤノやシンジローに任せとけ!」
「大丈夫だよナミー。ちゃっちゃっと終わらせるからー」
簡単に言うカスガ。ちくしょう、俺を三下扱いしやがるのか?
カラオケ屋の自動ドアをくぐり、受付を済ませ、部屋へと案内される。
「カスガさんって、歌上手いの?」
「…………ああ。くやしいがな」
カスガって男はなんでも上手にこなせるんだが、特に歌はシャレにならねえ。プロ並みだ。
しかし俺にも意地がある。あれから、バンドやってるシモカワに頼んで個人レッスンしてもらったし、今度こそやってやるぜっ。
席につくなり、俺はリモコンを手にとった!
「行くぜえ。俺の持ち歌……GLAYの『口唇』!!」
「またナントカのひとつ覚えだなー」
ハヤト「やかましい! 俺が勝ったら、しばらくお前にはブーメランパンツ着装で悪意と戦ってもらう!」
カスガ「へーえ……そんな条件出しちゃうんだー。知らないよー」
く、くそっ。ビビるな、ハヤト! シモカワ直伝のカラオケテク、今こそ見せてやるときだぜ! 口唇だけ50曲耐久で歌ったあの日を思い出せ!
…………結果は…………92点!
おおっ。自己ベストより低いが、大台には乗せたぜ。歌い出しで少し外しちまったのが痛かったか……。
カスガ「ふーん。やるなー。歌い出しで少しハズしたのに、よく90点台に乗せたねー」
く、くそっ。コイツ、見切ってやがるっ。
カスガ「じゃあオレも心置きなく本気出せそうだねー」
ハヤト「なんだとっ!?」
前のは本気じゃなかっただと……!?
「曲は……河村隆一で『Glass』」
歌い始めた途端、室内の空気が変わる。ナミも驚いている。
くそっ。声がぜんぜん別人じゃねえかっ。
…………結果は…………98点!!??
どうやったら、そんな点数が出るんだよおおおおおおお!!!
「…………あははー。オレの勝ちだねー。じゃあハヤトには夏休みいっぱい、フンドシ一丁でー…………」
「…………ねえ。まだ少し時間残ってるんでしょ? ボクもなにか歌っていーい?」
「あ? そうだな。べつにいいけどよ…… (そんなことより、どうやってこの窮地を脱する? ブン殴って逃げるか……?)」
「あー。いいねー。ナミの歌、聞きたーい」
ピッピッ。たどだとしくリモコンを扱うナミ。
ナミ「えーと。この機械で……番号を……こうかな」
繊細で透明感のあるギターの前奏。どこかで聞いた覚えがあるメロディ。
……これってたしか……『あの素晴らしい愛をもう一度』……?
「こころとここーろがー、いまはー、もう、かよわなーい」
「………………………………」
「………………………………」
ナミ「あのー、すばーらしい、あーいーをー、もーおいちーどー」
なんだこの歌声……。
カスガみたいな圧倒的歌唱力じゃない。正直、歌い慣れてなくてたどたどしいのがわかる。
でも、柔らかな手でそっと手を握られているみたいな……心に直接触れられているみたいな……そんな、やさしい……。
見ると、ふだんは他人の歌なんてどうでもよさそうに、聞いてもいないカスガが、真剣な顔で聞き入ってる。
「…………ふう」
…………点数が出た。
カスガはその点数を見もせずに、笑った。
「ナミー。すごいよー。素晴らしい歌だったよー。オレの負けだー」
「ボクの勝ち?」
「ああ。俺も完敗だぜ」
俺も心から認める。
ナミ「じゃあ、その絶対忠誠権っての使っていーい?」
カスガ「いいよー」
ハヤト「好きに使え」
ナミ「じゃあ」
すーっとナミは息を吸い込み……
「サボってないで、さっさとみんなのところへ戻れえええええええええ!!!」
「は、はいいいい」
「ただいまーーー」
ナミや仲間たちと、悪意と戦って過ごしたこの夏。
毎日まいにち、本当にいろいろなことがあったぜ。
機会があれば、またな。
ハヤトの日記 おわり。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?