幕間6 これからの道
いつのまにか大学の屋上に西日がさしていた。
オレは、ホクトが消えた夕空を、じっと見ていた。
ハヤト「…………実際、たいしたヤツだよ、おまえは」
声がして振り返る。
イテテと言いながらハヤトが身を起こそうとするところだった。
「…………あんなバケモノと互角にやりあうんだからな」
「オレも自分で驚いてるよー」
ハヤトのために。ナミを護るために。
……そう思ったら、オレの中から、信じられないようなチカラが湧き出してきたのだ。
ハヤトが体勢を崩し、尻餅をついた。ダメージは大きいのだろう。オレは慌ててレッツプルをハヤトに渡した。
ハヤトは、しばらく受け取ったビンを黙って見つめていたけど、おもむろにぐいっと飲み干し、言った。
「…………カッコわりーとこ、見られちまったな…………」
ホクトに一方的にやられたことを、誰よりも恥じているのはハヤトだろう。だからオレもへんな慰めはやめにした。
「……次、倍返ししてやればいいよー」
ハヤトはシニカルに笑って、「次、か」と言った。
同じようにホクトにやられたナミを見ると、ハヤトほどじゃないにしても、ナミもボロボロだった。
「ナミもーおつかれー」
ドリンクを渡す。
「………………………………」
ぶすっとした顔で受け取るナミ。
オレは「気をつけ」の姿勢でガバッと頭を下げた。
「ハヤトー。ナミー。ごめんなさいっ!!」
驚く二人にまくし立てる。
カスガ「……オレ、自分の闇をコントロールできず、ハヤトやナミにヒドイこと言ってしまったんだー。しかも、そのあと、パペットマスターって悪意に、精神の迷宮に囚われてからは、人形のように操られていたんだー」
「ったく……手間かけさせんじゃねーよ」
「…………そっか」
「…………それで、もう、いいのか?」
「んー。なんか、ハヤトとナミのために必死でホクトに立ち向かったとき、オレの中で何かが変わったんだー。たぶん、もう大丈夫だと思うよー」
ハヤト「…………なんだそりゃ。勝手に解決してやがる」
「けど、カスガさんのアリバ、ものすごく大きくて、温かい。いまのメンバーの誰よりも強い、ホンモノのアリバだよ」
本当のアリバ。今ならオレもその存在を確かに感じて疑うことはない。
カスガ「ナミー。ちょっとだけ、ハヤトと話をさせてくれないかー」
オレがそう言うと、ナミは思いきり「イー」と顔をしかめた。
「男のコ同士の世界ってヤツ? そういう汗臭いの、ボクだいきらい」
そう言って少し離れ、階段の小屋の壁に、腕を組んでもたれかかった。
自然、オレとハヤトは、西日の照りかえる屋上を、空に向かって歩いた。
二人で、屋上の端から、暮れなずむ福岡市の町並みを眺める。
「ハヤトー」
「んー?」
カスガ「聞いたー」
ハヤト「なにを?」
カスガ「ハヤトの……アリバのこと」
さすがに驚いた顔を浮かべるハヤト。でも察しのいいコイツのこと、すぐに理解したらしかった。
「…………へっ。お笑いだろ? お前らを無理やりアリバの戦いに引き込んだ俺自身が、なんとアリバを持っていないときた」
「………………………………」
ハヤト「おまけに、あのホクトには…………まるで歯が立たなかった」
カスガ「………………………………」
ハヤト「これから、どうすりゃいいんだろうな……」
それはオレが初めて聞くハヤトの弱音だった。
ハヤト「いっそ、あとはお前に任せちまうか?」
冗談めかして笑うハヤト。
カスガ「お前の代わりなんて居ないよー。オレたちのリーダーはハヤトだろー」
ハヤト「けどよ……俺は……」
「ハヤトのフォローはオレがやるよー。たとえホクトがまた来ても、オレがなんとかするー。今日のような目にはぜったいに合わせないー。それに、ナミや、ヤノや、コミネだって居るー。シンジローや高校生軍団だってー。みんなで力を合わせれば、なんとかなるんじゃないかなー。そして、そんなオレたちをまとめられるのは、ハヤトだけだー」
ハヤト「…………いいのか、それで」
カスガ「ハヤトは、いつもの通り、『間違ってるかもしれねえが、いいから俺についてこい!』って顔してればいいんだよー」
「なんだよ、そりゃ。どんなやつだ、俺は」
ハヤトが苦笑する。つられてオレも笑った。それは、心の底からの、自然な笑みだった……。
「ハヤトー。もうひとつ」
「ナミのことだろ?」
カスガ「………………うんー」
ハヤト「……俺も気絶寸前で聞いてたよ。ナミとホクトの話。まあ、状況から察するに、ナミは敵さんと、なんらかの関わりがあるんだろうな……」
カスガ「………………………………」
ハヤト「けどな、そんなナミが、俺のためにあんなバケモノに必死で立ち向かうのも見てる。俺は信じるよ。ナミを」
「ハヤトーーーーーーーそういうところだよー!」
「うわっ。なんだいきなりっ。抱きつくな! キモチわりー!」
「え? イヤだ……なに? ふ、ふたりって、実はそんなアブナイ関係でしたの……?」
「はあっ? ち、違うって! ナミ! これはいきなりコイツが……っ」
「ハヤトー。照れるなってー」
「…………おいおい。おれたちに下を任せておいて、男同士でなにイチャついてんだあ」
階段のほうから、ヤノのあきれ声が聞こえた。
見ると、仲間たちが次々に登ってくるところだった。
「夕日の中で旧友《とも》同士、熱く語りあっていたのだなっ。このコミネ、そういうシチュエーションはキライじゃないぞ……っ」
「…………ばかやろー。それどころじゃねえんだよ。ホクトっていう、悪意のボスがいきなり現れて、大変だったんだぞ」
「え? 兄貴? じゃあ、カスガくんが見たアリバのひとってのは?」
「……んー? ま、まあ、敵のワナだったワケさ。カスガもまんまとハメられたらしい」
「………………………………」
「それで、そのホクトさんとやらは、どうしたのですな……?」
「ハヤトがなんとか撃退したよー。オレも手伝ったー」
ハヤトが驚いた顔でオレを見る。けれどオレは澄まし顔。
「さっすがハヤトさん。僕たちのリーダーだけはありますねっ」
「ムホホ……『無敗の白帯』ここ一番の勝負強さは健在ですねえ」
クリハラとシモカワが無邪気に感心する。ハヤトは複雑な表情で頭をばりばりかいた。
「(くそっ。その敵のボスってのに、なんとか取り入れないかっつーの……!)」
「(にぎゃーーい……今日もいやおうなくボロボロじゃよーーー)」
「(はよゲーセン行きてー)」
「…………あれ? ……なんか、カスガくん、雰囲気変わった……?」
シンジローがめざとくオレを見て言った。
「カスガさんは目覚めたんだ。ホンモノのアリバ……真のアリバに!」
ナミが雄々しく言った。「真のアリバ?」と場がざわめく。
「ついに最強の敵が現れたよ。ボクたちは、ひとりひとりが、もっともっと強くなる必要がある。自分の直面する問題と向き合い、逃げずにそれを克服して、目覚めていかないとダメなんだ……本当の強さに……真のアリバに」
ナミが順番に仲間を見回した。そしてほんのちょっぴり笑った。
「…………カスガさんがそうしたみたいに、ねっ」
ナミの決意が夕日ににじむ。
オレたちの、これからの道が定まった。
オレの役目は、ハヤトと共に歩き、アリバのないハヤトとナミを、全力で護ること。
仲間たちのために必死で戦うこと。今度こそ。本気で!
そうすればきっと、オレの闇は、二度と顔を出さないだろう。
第6話 【共に歩く道】終わり
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第6話終了時のステータス◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ハヤト
カスガ
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