2-6 暴走西鉄電車
「……にわかに信じられない話だがよお……」
ヤノはグローブみたいな手のひらに、子供の頭くらいある拳をゴバッと打ちつけた。
パアッと氷の結晶が散り、夏の強い光にキラキラ輝く。
ヤノ「……実際、こうして自分の中に不思議なチカラが宿ったのは感じるもんなあ。本当のことみたいだぞお」
動物園はすっかり平穏を取り戻している。
飼育員によると、すべての動物が無事確認されたようだ。
なにしろ俺とヤノで、片っ端から気絶させたからな。
「まあそんなわけで、お前も手伝うの決定な」
「……ったく。強制かよお。相変わらず強引なやつめ」
ハヤト「忙しくなるぜ? なにしろ、悪意と戦い、仲間を増やし、この福岡市を守らなくちゃならないんだからな。……余計なことに思いわずらってるヒマはねえ」
ヤノ「……余計なこと、か……。……わかったよ。仕方ない。俺も手伝うよ」
「よろしく」
ナミがぶっきらぼうに言った。
戦いも終わり、また元のツンツン女に戻っちまったな。
「あ、ああ。ナミだったな。あらためてよろしく頼むぞお」
そのとき、またも『ウーーーーー』と聞きたくない類のサイレンが遠くから聞こえてきた。
役に立たないオマワリさんどもが到着したらしい。
「チッ。今ごろ警官隊のお出ましかよ。ズラかるぞ、ヤノ」
「なんでだよお? 俺たちはみんなを守って戦ったんだぞ?」
ハヤト「……オマワリどもに、悪意とかアリバとか、説明するわけにもいかねーだろ? このままだと、むしろ俺たちに全責任を押し付けられるかもだぜ」
直前に、俺とヤノのタイマンバトルを大勢に見られてるからな。
俺たちが動物を逃がしたくらいに思われそうだぜ……。
「……たしかになあ。こんな話、誰も信じてくれないよなあ。俺だって、自分にアリバが宿らなかったら、ハヤトのいつもの妄想と思ったぞお」
「いつもの妄想は余計だっ」
俺はヤノの肩を軽く殴る。
ハヤト「とにかく、西門のほうから出るぞっ。あそこなら逃げられる」
言うが早いか、俺はダッと駆け出した。
「な、なんでハヤトって、逃走経路に詳しいの?」
「なにしろ、この男は、深夜の動物園に忍び込んだ前科があるからよお」
「なにそれ……ふ、不法侵入?」
「夜の動物園がどんなか、いっちょ見に行くぜって……俺も無理やり付き合わされてよお。一歩間違ったら、新聞沙汰だぞお……」
ナミ「……バカだろうとは思ってたけど、そこまでだったなんて……」
ヤノ「……ナミもきっとこれから、ハヤトのムチャに振り回されてきた俺の苦労がわかるぞお……」
「……へっ。あのとき、おまえも最初はビビってたけど、最後のほうは楽しそうだったじゃねえかっ」
先頭を走りながら、顔だけ振り向いて言った。
ハヤト「今回だってそうさ」
俺はあふれてくる笑いを噛み殺しながら前を向いた。
夏の樹々の隙間から、午後の光に照らされた、西門の看板が見えてくる。
「……俺たちの前に、いま、すげえ楽しいことが始まってるんだ」
……きっと、一生忘れられない夏になる。
◆
動物園の西ゲートから警察の包囲網を抜けた。
なんとなく『浄水通り』を、平尾駅 (ひらおえき)のほうへ向けて歩く。
「これから、『コミネ』と天神で落ち合うことになっててよう」
「そっか。まあ、アリバで福岡を守るっていっても、当面、何すりゃいいのか、俺自身もまだよくわかってなくてよ……」
唯一事情を知る女がだんまりで、ロクに話を聞けてないからな……。
当のナミは、澄ました顔でテクテク歩いている。
熱い日差しの中、必死こいて走ったもんだから、俺もヤノもすっかり汗まみれだってのに、美人のナミは涼しげだ。
「じゃあ、いったん別行動するか? これからの方針がまとまったら、ケータイにでも電話するからよ」
「いや、コミネとも、合流したらハヤトの家に遊び行こうかって話してたとこでよお。どうせなら、みんな一緒に……」
ピルルルルルルルルル。
パーパパポピピー。パーパパポピピー。
そのとき、俺とヤノのケータイが同時に鳴った。
「……ん? 愚弟からだな」
「こっちはコミネからだぞお」
俺たちは同時に電話に出た。
『あ、兄貴ぃ! たいへんだよっ』
「なんだ? やぶからぼうに」
シンジロ『事件なんだ! 大事件っ。いまパソコン通信してたら、福岡市でとんでもない緊急事態が発生したらしくてよっ』
ハヤト「またパソコン通信か? どうせデマだろ?」
シンジロ『いや、今度のはマジもんなんだっ。目撃者も多数居る』
……チッ。まさか動物園の騒ぎが、もうパソコン通信上に広まってやがるのか?
あそこに常駐してる連中、耳の早さだけは感心するからな……。
思わずヤノのほうを見る。
電話の相手は、俺たちの友人コミネのようだったが。
「ええっ! それほんとかよお!? たいへんなことじゃないかよお」
ヤノはヤノで何か慌ててるな。
「兄貴! 聞いてんのかよっ」
「……ああ。わりー。聞いてなかった。なんだっけ? まさか動物園か?」
シンジロ『動物園? なに言ってんだよ。……だから、『西鉄電車』が暴走して、いま平尾駅あたりを爆走中なんだって! なんか運転手だか車掌だかがおかしくなったらしいぜっ!』
ハヤト「な、なにい……!」
「は、ハヤトよお。いまコミネが乗ってる電車が、なんか、暴走してるらしいぞお……!」
ハヤト「な、なんだってえええ」
「ハヤト!」
ハヤト「おまえまでなんだよっ」
「悪意の反応だ! あっちのほう。すごいスピードで横に移動してるっ。これってどういうことかなっ!?」
ナミは平尾駅方向の電車の高架を指さした。
ハヤト「……どうもこうもねえ」
俺はそこまでの情報を総括し、結論を出した。
「……悪意にとりつかれた運転手だか車掌が、西鉄電車を暴走させて、そこに友達のコミネが、たまたま乗り合わせてるんだよ!」
「「ええええええええ!?」」
動物園騒ぎに、今度は電車暴走か。……なんて一日だよ……。
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