断髪小説 強制部活散髪(ボウルカット…からの)

先程から真央は、何度も何度も1000円カットの前を往復していた。
店の中には、待合椅子に男性客が座っていて、真央にとっては、まずその空間に足を踏み入れることが、とても勇気が必要だった。

何故こんなことになってしまったのか…それは、遡ること2日前のこと…

その日は、真央が部活で所属しているバレーボール部の県大会だった。
しかし結果は惨敗。
学校に戻り部員が号泣する中、監督は冷静にチームメンバーを集めると、こう告げた。

「今日の試合を見ていて思ったことがある。
お前たちには、気合いが足りない。
部員全員、月曜日までに、床屋で髪を切ってくるように。
その際、前髪は短く、後ろと横はバリカンで刈り上げること。」

えっ、と、どよめきが起きた。
強豪校で知られるこの学校のバレー部員は、すでにみんな短髪で、通称、バレー部カットと言われるような髪型になっている。

もちろん黒髪で、結べない長さのショートヘア、前髪は横に分けて作らず、肩には届かない長さの部員がほとんどを占めている。

バレー部に入る前の真央は、ロングヘアだったため、この髪型にするのにもかなり勇気がいったが、行きつけの美容師さんに相談しながら、長めのオシャレなショートカットにしてもらっていた。

「もちろん、美容室なんて論外だからな。
長すぎた場合は、俺がここで切り直す。
以上、解散!」

「どうしよう…床屋さんなんて、行ったことないよ…」

戸惑いを隠せない真央に反して、他の部員たちはしょうがないといった顔つきで、さっさと自分の荷物を片付けて、帰宅していった。

「みんななんで受け入れられるの?どうしたらいいの?」

とぼとぼと家に帰り、母親に今日の出来事を相談すると、母親は真面目な顔で、じゃあ1000円カットに行ったらいいんじゃない?と提案してきた。
1000円カットなら女性も行きやすいし、床屋さんよりはまだ注文しやすいんじゃないの、とのことだったが、それはすべて母親の想像であり、実際はどうかわからない。

こうして金曜日、土曜日、日曜日の午前、と布団に包まって、考えることを完全に放棄した真央は、もう周囲の床屋も閉まっているであろう時間になり、ようやく近所にの1000円カットの前をうろつき歩いているのである。

「もう、行くしかないよね…」

「いらっしゃいませ、券をお買い求めください。」

何もわからない真央にもわかるように、自動音声が次の行動を促す。
チケットは1種類のみ。
なんだか不安感がつのる。

「椅子にかけてお待ちください」

目の前のふたつの席では、おじさんたちがカットをされているところだった。
当然、若い女性などおらず、真央は、自分の選択が大丈夫だったのか、少し不安になった…

「どうぞ」

しばらく待っていると、席に案内された。
女性は面倒くさい、と思われているのではないかと、内心思っているからか、声色が少し冷たく感じた。
手が出せない白いケープを体に掛けられて、荷物は横の棚にしまった。

「どんな感じにしましょう」
「えっと、短くしてほしくて」
「そう言われても、いろんな髪型があるからなぁ」
「じゃあ、後ろと横を刈り上げて、前髪を短くしてください」
「はいはい、じゃあ、重さは残して、スポーツ刈りっぽくしなくていいってことね」
「はい!」

スポーツ刈り、という名前だけで嫌悪感を覚える髪型の提案に、真央は焦ってしまい、店員との意思疎通があまり取れない中で、提案された髪型を注文してしまった。

これが失敗のはじまりだった…

店員は、10分ちょっとしかない間に髪型を仕上げるために、大体の注文で頭の中にイメージを作った。

真央の髪を櫛でまっすぐになるようにとかすと、いきなり、長めに分けていた前髪を、眉上3cmでまっすぐに切り詰めた。

「あっ…」
「ん?大丈夫ですか?」
「あ、はい…」

自分の注文の仕方が悪かったと感じた真央は、黙っていることしかできなかった…

シャキン、シャキン

店員は真央の髪をとかしながら、ゆっくりと耳の上の髪も切り、そのまま後ろの髪まで繋げて切ってしまった。

もともとがそんなに長くない髪なので、前から見ている真央には、いま、自分がどんな状況になっているのかわからなかったが、かなりの髪が床に落ちていった。

ジャキン、ジャキン、チョキ、チョキ…

丁寧に少しずつ、前髪と横髪と後髪を調整し、後髪は襟足ぎりぎりで揃えた。

「刈上げは厚くする?薄くする?」
「ん?えっと…薄くしてください」
「もみあげはどうする?」
「あー、なくて大丈夫です…」

真央は相変わらず店員が言っていることがわからないまま、適当に受け答えをしてしまい、この自分の注文が大変な結果を生むことを、まだ知るよしもない…

「じゃあ1㎜でいくね」

襟足から黒いバリカンが入り、真央の後髪を、ハサミでまっすぐに揃えたラインまで刈り取っていく。
バリカンが通った道は青白く、髪の多い真央の髪は、胡麻粒のように髪を残している。

ジャー、ジー、ジー、ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリ…

耳の周りも後ろから髪を前に落とすように1㎜のバリカンで刈上げ、もみあげにも何度もバリカンを当てて、青白く刈り落とした。

「よし、こんな感じかな」

そして、合わせ鏡で見せられた後ろ姿に真央は衝撃を受けた。

眉上3㎝でぴったりと揃えられた分厚い前髪
そのまま横に繋げられ、後ろにも繋がっている、まるでお椀のような髪
後ろと耳周りは1㎜のバリカンで刈り上げられており、青白く、前衛的で、とても目立っている…

「あ、ありがとうございます…」

急いでお礼を言った真央は、隠す帽子もなく、着てきたワンピースに全く似合わない、ボウルカットを晒しながら、帰路についた。

家に帰り、手鏡を洗面台でうつし、手で強く触っても、眉にはまったく届かない前髪、バリカンでジョリジョリに刈られた後ろ髪を確認しながら、明日、学校に行くことを考えて、とても憂鬱な気分になった。




次の日、真央のボウルカットは、監督の想像していた髪型ではなかったようで、他の部員のスッキリとしたスポーツ刈りと比較されてしまい、後ろと横は0.8㎜のバリカンでさらに上のほうまで刈り上げ直され、前髪も立ち上がってしまうほどに短く切り詰められてしまったという…


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