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オリジナル小説 ディスライク#17 終わり

この短期間で、私は何を得て、何を失ったのか。ありきたりな愚問である。それを鼻先で笑ったら、急に涙が溢れた。あまりにも止め処なく涙が流れるものだから、私は今日に限り、一日中泣いても良い日に制定した。なんて素敵な日なのだろうか。そんな素敵な日なのだから、携帯電話を解約しよう。アドレス帳に登録されていた人々に会うことはおろか、連絡を取ることすらもうないだろうから。自然と顔がほころぶ。日本家屋の側を通ると、梅が咲いていた。もう春なのか。
そうだ。引っ越そう。遠く異国の地へと。どこがいいかな、と旅行代理店の店先に置いてあるパンフレットを手にとって見る。雪はしばらくいいかな。暖かいところがいいな。引っ越すと言っても私は住所を持たない身でありたいから、長居はしないだろう。
「どこか、ご旅行の予定ですか」箒とちりとりを手にした店員が、親しげな笑みを浮かべながら尋ねてきた。
「ええ、暖かなところへ行こうかと」
「暖かなところですと、国や地域は決められておりますか」
「いえ、はっきりとは決めていないんです。ただ、遠くへ行きたいだけなんです」
 私はにっこりと微笑んだ。今日は本当に心地良い風の吹く日だな。
「……お客様? どうなさいましたか、お客様……」
またしても私は涙を流していた。今日はところかまわず泣いても良い日にしよう。どこまでも澄み渡った空の下で、例えいま死んだとしても、後悔などしないのだろうなと思った。

おしまい。

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