『ダブル』の感想

すごい漫画を読んでしまった
役者の世界で生きる2人の話。
一方は、学生演劇の頃から演劇の世界に入っていた男。なんでもそつなくこなすが、今ひとつ成果をあげられない。もう一方は、過去にその男の演劇に心を打たれ、当時勤めていた会社を辞めてまで演劇の世界に飛び込んだ男。
そんな2人の話である

この作品の見所は、なんといっても主人公のひとり、宝田多家良(たからだ たから)の純粋さ、心の透明さにあるように思う。
多家良が役を演じるとき、与えられたセリフを口にする数分間のみ役になり切るのではなく、演じる登場人物がこれまでの人生で感じてきたこと、経験してきた世界が滲み出てゆくかのような演じ方をする。それゆえに、多家良が役作りをする際、しばしば直前になって劇の演出が変わることもある。

彼を支えるもう1人の主人公、鴨島友仁(かもしま ゆうじん)は、自身も演劇で生計を立てる人間であるにも関わらず、多家良の才能に強く惹かれ、彼の魅力を世界に知らしめるため演劇以外ダメダメな彼を常にサポートする(生活面とか)。

多家良にとって、登場人物の役割とは脚本に固定されたものではなく、常に流動して変化していく生き物のようなものであり、それが完成する最後の最後まで、真摯に、生きたその人と同化しようという姿勢が見られる。それがなんとも眩しい。
しかし、多家良本人が限りなく透明であるがゆえに、彼は人との関わりにおいて言葉どおりの解釈しかできず、しばしばその裏にある意味を素通りしてしまう。彼は物語の中で憧れの監督や同業の先輩、アイドルなど、様々な人と関わってゆくが、彼らと対話するなかでのそれは、ある側面では言葉に鈍感であり、また別の側面では相手の言葉をストレートに受け止めてしまい、些細な事でも傷ついてしまう。そんな危うさを持ち合わせている。
物語が進むにつれ、彼が名声を勝ち取り、見えてこなかった景色が見えてくるようになる描写は、飾り気がない透明な感受性を持つ彼であるがゆえに強く心を打つシーンである。

賢明な読者諸兄はお気付きであろうが、まぁ実質リズと青い鳥である。そういうことにしてくれ。
(実際作中のあるシーンは極めてそれに近かったため、未読の方は是非読んでみてほしい)

それはさておくとして、ここからは私の話であるが、こんなに素直で真っ直ぐな人間の描き方ができる作品を読んでしまうと、これまでの自分の行いを反省せずにはいられない。
例えば、アニメや漫画の感想ひとつ書くにしたって、一度ネットで考察サイトを読んで構成や見所を咀嚼してから書く、というのはよくある。
役に感情移入するにしたって、その人の秘められた過去や原風景を頭で補完して没入してゆくのはいかんせん難しい。
(実際の多家良は演劇においても友仁のサポートありきで物語と向き合っているため、自身の解釈100%の役作りとは厳密には言い難いが)

自分の頭で考え、与えられた要素を噛み砕いて自分の言葉で"創作"をしてゆく。そういう面では、背筋を正されるような作品であった。

なるべくネタバレをしないように考えを述べたが、全くここでは語りきれない事ばかりの深い魅力を備えた作品であったため、この界隈にいる人々には強くおすすめする限りである。

のぞみぞよ永遠なれ。

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