古畑任三郎の語られざる事件「冒険家の誘拐事件」を考える!

デアゴスティーニから月一で届く『古畑任三郎』のDVDをBGMに在宅ワーク中の白樺香澄です。仕事が進まん進まん。

今回、津川雅彦さんの回『古い友人に会う』が収録された第18号のブックレットに、おそらく今までどこでも語られていない三谷さん発の面白い新情報が載っていまして、それをもとにしたちょっとした考察記事を書いてみようと思います。
題して、「冒険家の誘拐事件」は『すべて閣下の仕業』のプロトタイプだった説!

古畑デアゴは毎号「そんな話あったの!?」という三谷さんはじめ制作陣によるびっくり裏話が何個も何個も出てくるので、買ってない人は今からでも定期購読申し込んで全巻読んでほしいのですが……ざっくり説明しますと。
『古い友人に会う』に津川さん演じる安斎先生の台詞として言葉だけ登場する「古畑さんが解決した冒険家の誘拐事件」というのがあるのですが、そのイメージ元になったのが〈リンドバーグ愛児誘拐事件〉なんじゃないかと、三谷さんのコメントを元に示唆する記事だったんですね。

なんでも、三谷さんが当時読んでいた本にリンドバーグ事件の考察が載っていて、「犯人はリンドバーグ自身で、息子と一緒にみんなをびっくりさせるために狂言誘拐ドッキリを企んだが、途中で子供が事故死してしまい、責任を問われるのを怖れてそのまま誘拐殺人事件として押し通したんじゃないか」みたいな話だったらしく、それを現代日本に置き替えて古畑が解決する話を構想していたことがある、と三谷さんはおっしゃっているんです。

つまり、上記「日本版リンドバーグ事件」を作品化するのを断念した後で、ホームズファンでもある三谷さんらしいお遊びとして「語られざる事件」として名前だけ登場させたのが「冒険家の誘拐事件」なのではないかと。

そして犯人の職業を冒険家とするなら、事件の舞台はやはり「秘境感のある海外」だったのではないかと思います。
第三シーズンの放映前、企画が進んでいただろう時期を考えると、関野吉晴さんの旅を追ったドキュメンタリー特番『グレートジャーニー』が放送されていた頃ですし、97年にはペルーで国境監視所の兵士によって日本の大学探検部の学生が殺害される強盗殺人事件が起きており、「海外の探検=怖い」イメージも高まっていただろうと推測されます。(この頃の報道などの実際の温度感は、筆者はまだふにゃふにゃの子供だったため覚えていないのですが……)
想像ですが、「川口浩探検隊」的なスポンサードされたエンタメ路線の冒険家が、海外での冒険中に、

①話題作りのために仲間が誘拐されたという芝居を打つが、その最中に仲間が事故死してしまい、責任を逃れるために誘拐殺人事件として押し通す

もしくは、

②出資トラブルなどをきっかけに殺人を決意し、被害者を話題作りのための狂言誘拐に誘った上で自分のシナリオ通りに動かしてアリバイを作って殺害する

いずれかのようなストーリーだったのではないでしょうか? ②は、コロンボの『悪の温室』をトリック周りの引用元として引っ張って来るイメージです。

となれば、もしかすると第三シーズンに登場するもうひとつの「語られざる事件」である「スマトラ鉄道殺人事件」は、実は「冒険家の誘拐事件」と同じ事件なんじゃないかと考えることも可能だと思います。
スマトラ島でロケを行う冒険ドキュメンタリー番組のクルーが誘拐され、また福引か何かで今泉君がチケットを当てて旅行中の古畑一行が巻き込まれる。そして、身代金の受け渡しに印象的に鉄道が使われる――黒澤明の『天国と地獄』のオマージュ回だったんじゃないかなという想像です。
古畑は、『ゲームの達人』で『探偵スルース』、『vsクイズ王』で『クイズ・ショウ』、『灰色の村』で『バルカン超特急』、『最も危険なゲーム』で『ダイ・ハード2』と、特にシリーズ中後期では映画作品のプロットや設定を引用する回が多いですから。
『総理と呼ばないで』で、『どですかでん』をもじった「ドレスカデン」なる国を作中に登場させてる三谷さんですから、黒澤オマージュ回はぜんぜんあり得るのではないかと!
さらに言えば、リンドバーグ事件はクリスティーの『オリエント急行殺人事件』作中のデイジー・アームストロング誘拐事件のモデルであり、同作に大きな影響を与えています。
熱心なクリスティーファンの三谷さんがそれを知らないはずもなく、「スマトラ鉄道殺人事件」というあからさまにオリエント急行を意識したネーミングはプロット段階の仮タイトルで、この事件がリンドバーク事件を下敷きにしたものだという目くばせなのでは、とも考えられるのです。

多分ですが、「海外ロケがマストかつ2時間枠になりそう」というのがネックで没になって、本来なら最終回スペシャルになるはずだったんじゃないかなー……と想像します。
そうなると、『笑うカンガルー』『ニューヨークでの出来事』と並んで各シーズンの締めくくりに海外ロケ回が置かれて、据わりが良いんですよね。

それで。「冒険家の誘拐事件」=「スマトラ鉄道殺人事件」が本当に没プロットだったのだとしたら、のちの作品にアイディアが転用されている可能性があります。

類例で言えば、例えば第一シーズンに予定されていたという、「宮本信子さん演じる鑑識職員との対決」は、「証拠の捏造が可能な司法職員による犯罪」ということでおそらくは『黒岩博士の恐怖』として実現させたと考えられます。
同じく第一シーズンの、「『Yの悲劇』のような世界観に古畑が紛れ込む、小学生犯人回(当時13歳だった安達祐実さんを呼ぶイメージだった『vs天才少女』回は同じ話?)」というアイディアは、一族もの・子供っぽい犯人(音弥くんのトリックは「小学生のころ考えたもの」という設定です)・犯人が殺害される筋書きかつドルリー・レーン役を演じたことがある石坂浩二さんをゲストにした『今、甦る死』で文字通り10年以上の歳月を経て”甦った”ようです。
第二シーズンで、スケジュールが合わず断念された「勝新太郎さん演じるウエスタン歌手が犯人の回」は、コロンボの『白鳥の歌』オマージュの歌手犯人回ということで『vsSMAP』と、もしかしたら犯人役の「遊び人のイメージがあるスキャンダラスな往年の大スター」像を利用して一種の叙述トリックを仕掛ける山城新伍さん回『魔術師の選択』にもエッセンスが入っているかもしれません。
「要出典」のついたウイキペディア情報ですが、「野球チーム9人の共犯vs古畑」なんて構想もあったそうで、これは野球選手がその身体能力で犯人だと特定されるイチローさん回『フェアな殺人者』と、複数犯人回として『vsSMAP』にそれぞれ影響を与えているような気がします。

このように、古畑では没になったプロットがのちに形を変えて実現するケースが少なくありません。
そこで私が提唱したいのは、「冒険家の誘拐事件」は、「海外が舞台」「偽装誘拐殺人」という設定が共通する『すべて閣下の仕業』として実現したのではないかという説です。
「属するグループの中で、唯一その国の言葉が分からない人物が犯人」という詰め手など、仮にも外交官である閣下よりもむしろ、通訳やコーディネーターを引き連れて海外を訪れたタレント冒険家の方がふさわしいような気がします。
(「ガルベス君」のアイディアは96年のSMAP×SMAP「古畑拓三郎」で既に完成しているので、98年前後にプロット化されたのだろう「冒険家の誘拐事件」に転用されたのち、その没を経て『閣下』で日の目を見たのかもしれません)

『閣下』の、「中南米のスペイン語圏の国で日本の大使が大使館を飾り立てて豪奢なパーティを開いている」という設定のイメージ元は、おそらくペルー日本大使公邸占拠事件の青木大使がモデルになっています。
私が、「冒険家の誘拐事件」のプロットの元ネタの一つになっているのではないかと推測する日本人大学生殺害事件と同じく、フジモリ政権下ペルーでの事件です。

想像に想像を重ねるのも不毛ですが、「冒険家の誘拐事件」が形を変えたものだと、関わっていたスタッフなど分かる人には分かるサインとして、「ペルーで日本人が巻き込まれた別の事件」を元ネタにするというスライドをさせたのかもしれません。

「スライド」といえばもうひとつ。『閣下』のラストシーンは、「死者からの伝言」「古い友人に会う」を経た古畑としては異質であるというだけでなく、おそらくは『アクロイド殺し』のオマージュなのだと思います。
「オリエント急行が始まる前」をモチーフにした「スマトラ鉄道殺人事件」=「冒険家の誘拐事件」と対になるものとして「アクロイドが終わった後」を描いたのが、『閣下』のラストなのではないでしょうか?
まぁ、これはこじつけですけどね。

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