少女とクマとの哲学的対話「災難にあったときの心構え」

〈登場人物〉
アイチ……高校2年生の女の子。
クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。
〈時〉
2020年2月下旬

アイチ「連日、コロナウイルスの感染のニュースをやっていて、世の中、騒然としているね。とうとう今日は、九州で初めて、海外渡航していない60代の男性が発症したっていうことらしいよ」
クマ「どこまで広がっていくんだろうね。そうして、いつおさまるんだろうか」
アイチ「わたし、こういうニュースを見聞きしていると、なんだか、同じだなあって思っちゃう」
クマ「ああ、確かに、同じだね。コロナウイルスの前にも何か事件があって、世の中騒然としていただろうし、このコロナウイルスが収まったあとにも、何か事件があって騒然とするだろうし、それに、もしも、この一件がなかったとしたら、別の件で騒然とするだろうしね」
アイチ「なんで同じなんだろうね」
クマ「それが、普通、人がこの世の中で生きるというそのことだからだろうね。生きるということは、何かで騒ぐことだと、まあ、そう思っている人が大半だろうからね」
アイチ「そんなに騒がなくてもいいんじゃないかなって気もするけど」
クマ「大変な問題であることは確かだけど、まあ、そんなに騒がなくてもいいっていう気もするね。ただ、騒いでいない人というのも、確実にいるとは思うけどね。騒いでいないから、目立たないっていうだけでね」
アイチ「でも、騒ぐ気持ちも分かる気もするけどね。だって、やっぱり、こんなかたちでウイルスに感染するのって、理不尽だからね。毎年のインフルエンザウイルスに感染するのとはちょっと違うだろうからね」
クマ「まあ、同じと言えば同じようなもんなんだけど、違うと言えば違うんだろうなあ。毎年のインフルエンザウイルスにかかるのは、それは自分の運が悪かったと思うこともできるけど、今回のコロナウイルスにかかるのは、政府の対応のまずさによると考えられる余地が多分にあるからね」
アイチ「マスクをするのって、感染を防ぐのに効果あるのかな」
クマ「さあ、ボクは知らないねえ。あるかもしれないし、ないかもしれない。でも、まあ、かかるときはかかるし、かからないときはかからない、ということは確実に言えることだね」
アイチ「そんなに騒がなくてもいいんじゃないって気が、どうしてもするけど、わたしも、もしかかったら騒ぐかもしれないなあ」
クマ「キミはそんな風にはなりそうにないけど、あるいは、騒ぐかもしれないね。でも、それでもいいんじゃないかな。『災難に逢う時節には災難に逢うがよく候 死ぬ時節には死ぬがよく候』ってことで、これは、良寛の言葉だ。この言葉は普通、『災難に逢うこと、死ぬこと、人の生老病死は自然だから、その自然のあるがままを受け入れて、自分のできる限りを尽くそう』みたいな解釈を取られていることが多いようだけれど、人の生老病死が自然だったら、その生老病死に逆らいたくなることだって自然じゃないか。災難に逢って呆然としたり、右往左往したりすることだって、人間の自然なんだよ。それでもいいんだ、いや、そっちの方が普通だろというのが、良寛が言いたかったことじゃないか、とボクは思うね」
アイチ「でもさ、クマ。災難に逢って右往左往するのが自然っていう風に考えると、なんだか、逆に、冷静に対処することもできるような気がするんだけど」
クマ「まったくね。災難に逢って冷静でいなければいけないと思うと、焦るけれど、焦ってもともとだって考えていれば、冷静でいることもできるようになるかもしれない。さて、災難に逢って冷静であるとは、どういうことを指すのかと言えば、災難への適切な対処をするというこのことだ。しかし、今回の場合は、ボクたちにできる対処というのはかなり限られているね。だからこその『災難』ということかもしれないけれど、せいぜいが、人の多いところに行かないとか、マスクを着用する、手洗いうがいをする、感染が疑われたら関係各所に連絡する、と、まあ、このくらいだろう」
アイチ「それだけだと、とても安心はできないよね。現に、感染者はどんどん増えているし」
クマ「あとは、考えることだろうね」
アイチ「考える?」
クマ「そうさ。こうして、不慮の災害に遭うということの意味をね。人生において災害に遭うというのはどういうことなのか。そもそも、人生とは何か? 生きるとは? 死ぬとは? こういうことを考えることで、そうそう右往左往しなくなるものさ」
アイチ「でも、それって、災害に遭ってからできることじゃないでしょ。だって、そんなこと考えてじっと何もせずにいたら、それこそ、死んじゃうかもしれないじゃん」
クマ「そうなんだ。確かに、これは、災害の対処じゃないね。災害が起こってから考えるべきことじゃない。災害が起こる前に、平生、考えておくべきことだ。生きて死ぬということがどういうことか考えておけばね、災害に遭うということがどういうことなのかということも分かって、つまらない行動、たとえば、人の分までマスクを買い占めるとか、感染者が出ている国出身の人間を差別するなんていう行動に走らなくなるものさ」
アイチ「人が生きていくのって大変だね。なんでこんな風になっているんだろう」
クマ「なんで人生の作りというのはこんな風になっているんだろうと、今回の騒ぎで、考える人が増えれば、次の騒ぎは、これほど大きくはならないかもしれないね」

読んでくださってありがとう。もしもこの記事に何かしら感じることがあったら、それをご自分でさらに突きつめてみてください。きっと新しい世界が開けるはずです。いただいたサポートはありがたく頂戴します。