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少女とクマとの哲学的対話「ロゴスに従って書け!」

〈登場人物〉
アイチ……高校2年生の女の子。
クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。
春日東風……noteを利用している物書き。

春日東風「わたし自身も分かってはいるんです。こんなことを書いていても読まれないってことは。だいたいノートを読もうという人は、自分の得になることを読みたいと思って読むわけです。たとえば、小説やエッセイを読むなら、それを読むことで楽しさや気づきを得られると思って読むわけですし、ライフハック系やビジネス系の記事を読むなら、それを読むことで生活が楽になったり、お金が稼げたりすると思うから読むわけですよね。でも、わたしのノートでは、そういうものは全然得られないんだ。これじゃ、読まれるわけがない」
クマ「ま、確かにね。キミの書いたノートいくつか読んでみたけど、『哲学は死の練習である』とか『幸福追求という病』とか『心理学についての考察』とか、こういうものを読んでも、とくに心癒やされるものはないし、実生活で活かせるって話でもないからね」
春日東風「そうなんですよ」
アイチ「わたしは嫌いじゃないけど。ただ、なんていうか、すごく普通のことしか書いてないよね」
クマ「いや、アイチ。それはキミだからそう思うわけであって、この人の書いていることは、あんまり普通のことじゃないよ。文才が無いってこともあるけど、内容が一般的じゃないから、読まれていないんだ」
アイチ「そうかな? どのノート読んでも、あんまり当たり前すぎると思うんだけどなあ」
クマ「たとえばね、世の中の人はたいていが幸せになりたいと思っているわけだ。それを、この人は、幸福追求は病気だなんて言うんだから、そんなの受け入れられるわけないじゃないか」
春日東風「はやまりましたかね」
クマ「はやまったかもしれないね。もうちょっとソフトに書けば、もう少しは読まれたかもしれない」
春日東風「文才が無いので」
クマ「やむをえないよね。でも、キミは別に、どうしても、たくさんの人に読まれたいってわけじゃないんだろう? そんなような趣旨のことを書いていたじゃない。あ、これこれ、『あなたはまずあなたのために書きなさい』
春日東風「……確かに、どうしても多くの人に読まれたいってわけじゃありません。書くことで満たされるという気持ちはありますし。まあ、分かる人にだけ分かってもらえればいいわけですからね」
アイチ「あの、でもさ、分かる人は分かっているんだから、別に読む意味は無いんじゃないの?」
春日東風「…………え?」
アイチ「分かる人は分かっているわけだから、あなたのノートを読んで新たな発見があるわけじゃないでしょ? だから、そういう人は読む意味が無いと思うんだけど」
春日東風「…………」
クマ「アイチの言うとおりだ。つまり、キミのノートは、それが分かる人にとっては既に分かっていることなんだから読む意味は無いし、分からない人にとっては分からないんだからまして読む意味は無かったわけだ」
春日東風「そ、そんな……じゃあ、わたしは、一体、何のために書いているんですか?」
クマ「だからもっぱら自分のためにだろ。じゃなけりゃ、ボクは知らないよ。ボクが書いているわけじゃないもの」
アイチ「あ、でも……分からない人があなたのノートを読んで分かるようになるっていうこともあるかも」
クマ「普通はそうだ。というか、人は、そのために他人の書いたものを読んでいるんだろう。それを読むことで、知らなかった知識や技術を得る。でも、この人の書いていることは知識とか技術とかの話じゃないんだ。だから、読めば分かるなんてことにはならないと思うよ」
春日東風「しかし、考えるきっかけくらいにはなりませんか?」
クマ「さあねえ、みんな、考えたいことしか考えないからね。恋人の作り方とか、お金の儲け方とか、人間関係を楽にする方法とか。そういうことを考えたい人に、テツガクとか何とか言っても、響くのかな」
春日東風「どうすればいいんでしょうか?」
クマ「ボクに聞かれても困るよ。キミ自分でも言ってたじゃないの。理想の読者を想定して書くってさ(『あなたは次にあなたの大切な一人のために書きましょう』)」
アイチ「そもそも書かなくてもいいかもしれないしね」
春日東風「いや、それは……しかし、まあ、わたしもたまにはそんなことを思いもするのです。自分が分かったことをわざわざ他人に語る必要は無いのではないかと」
アイチ「それでも書くのはどうして?」
春日東風「やっぱりそれは読んで分かってもらいたいということになりますか」
アイチ「分かってもらえなさそうなのに?」
春日東風「そうですね。でも、1万人に1人くらいは、分かってもらえるかもしれないし、その1万人に1人が一番初めに読んでくれるかもしれないわけで……」
クマ「それが縁だよ」
春日東風「縁ですか……」
クマ「そうさ。まあ、ボクなんかは、キミのことをちょっとだけ、すごいと思っているところもあるよ。ボクは分からない人とは話したくないと思っていて、まして書くなんてなおさらだからさ」
アイチ「わたしは話すのさえ面倒くさくなることがあるよ」
春日東風「絶対にいいことを書いているという自負はあるんです!」
クマ「いや、書いている人はみんなそうさ。そうじゃなきゃ、わざわざ書いたりしないよ」
春日東風「それもそうか……ああ、書き手として、わたしが幸福になることはあるのだろうか……」
アイチ「幸福追求することは病なんじゃなかったの?」
春日東風「追求しすぎることはですよ! ちょっとくらい追求してもいいでしょ」
クマ「キミは、自分がしたいと思ってそれが実現したら、幸せかい?」
春日東風「なんですか、いきなり……それは幸せですよ、もちろん」
クマ「キミは読んでもらいたい文章を書きたいと思って、読んでもらいたい文章を現に書いたわけだよね」
春日東風「ええ」
クマ「だとしたら、キミは自分がしたいと思ったことを既に実現しているじゃないか。だったら、書き手として幸福なはずじゃないかな」
春日東風「えっ……あっ、い、いや、しかしですね……読まれていないんですよ?」
クマ「読むかどうかっていうのは、読み手の意志だよね」
春日東風「そうです」
クマ「キミは他人の意志を自由にすることはできないね」
春日東風「……できません」
クマ「キミは不可能なことを意志することはあるのかな?」
春日東風「いえ、ないです」
クマ「だとしたら、他人に読んでもらうことはそもそも意志しないわけだから、読まれなくたってキミは不幸にはならないじゃないか」
春日東風「…………」
アイチ「書きたければ書けばいいし、書きたくなければ書かなければいいんじゃないかな。自分が何かするのに、他人を気にするのって、好きじゃないな」
春日東風「ううっ……」
クマ「ボクもアイチと同じ考えだな。書きたければ書けばいいじゃないか。もしも、その内容が真理なら、それはロゴスに通じていることだ」
春日東風「ロゴス……ですか?」
クマ「そうさ。万物の理法……って言ったら難しげだけど、要は、この世界がこの世界として存在するその存在の仕方のことだよ」
春日東風「…………」
クマ「真理はロゴスの現れなんだよ。キミが真理を語っているなら、それは、ロゴスがキミにそう命じているということさ。読まれるかどうかなんてことは気にせずに、どんどん書けばいいさ」
アイチ「もしかしたら読んで分かってくれる人もいるかもしれないしね」
春日東風「分かりました。書きたくなくなるまで書き続けることにします!」

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