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少女とクマとの哲学的対話「老害を排除してクリーンな社会に」

〈登場人物〉
アイチ……高校2年生の女の子。
クマ……アイチが子どもの頃からそばにいる人語を解するヌイグルミ。
老人……古稀を越した男性。

老人「全くもって嘆かわしい世の中だ。年を取っているというだけで、バカにされ、疎外されるとは。今のこの社会を作ったのは誰だと思っているのか。わしらじゃないか。それを忘れてなに不自由なく生きている若者が、ただ若いというだけど、老人をバカにするとは!」
アイチ「そんなに怒ると、血管が切れちゃうんじゃないの?」
老人「年寄り扱いするな!」
クマ「随分、怒っているね」
老人「それはそうだろう。ヌイグルミには、分からない気持ちかもしれんがね」
クマ「キミは、若い人から尊敬されないことに怒りを感じているんだね?」
老人「そうだよ、ヌイグルミくん。わしらには、社会を作ってきたという自負があるんだ!」
クマ「なるほど。じゃあ、一つ聞くけど、社会というものはキミたちの世代の前には存在しなかったのかな?」
老人「なに?」
クマ「キミたちが作る前は社会というものはなかったのかな?」
老人「そんなわけないだろう」
クマ「そうだよね。キミが生まれる前から社会はあった。その時の社会はその時の社会に生きていた人が作ったわけだ。そうして、キミが死んだ後も社会は続く。その社会はその時生きるであろう人が作るわけだ。だとしたら、とりたてて、キミたちだけが社会を作ってきたわけじゃないんじゃないかな」
老人「お前はわしら世代の努力を否定するのか!?」
クマ「どの世代だって、それなりに努力はするものさ」
老人「……まあ、いい。それじゃあ、同じこの社会に住む者として、若い世代に言いたいのだ。もっと年上を敬えと。どうして人生の先輩を敬わないのだ。おかしいだろう。自分たちよりも年上の人間に尊敬の念を抱かないなんて」
アイチ「うーん、でも、単に年が上っていうだけじゃ、尊敬なんてできないと思うけど」
老人「なっ、なにっ!?」
アイチ「だって、尊敬っていうのは、何かすごいことをした人に対してするものでしょ」
老人「…………」
クマ「その通りだ。尊敬っていうのは、自分にはできないことをした人に対して抱く思いだ。年を取るっていうのは、誰にでもできることだ。言わば、自然現象だよ。誰も生きている限りは、年を取らずにはいられないんだからね。それでもって、尊敬しろなんて言われても、そんなことはできるはずがない」
老人「と、年を取るということは、それだけ人生経験を重ねて来たということだ。それに対する尊敬の念はないのか!?」
クマ「なるほど、人生経験ね。キミは他人の人生を生きることはできるかな」
老人「な、なんだと?」
クマ「他人に成り代わって、その人の人生を生きることはできるかい?」
老人「できるわけないだろう!」
クマ「そうだね。そうして、他人がキミの人生を生きることもできないね」
老人「当たり前だろう」
クマ「とすると、キミの人生はキミの人生、他人の人生は他人の人生ということになって、その二つには相互に関わりが無いということになる。キミがキミの人生で体験したことは、他人の役には立たないんじゃないかな」
老人「……では、わしらは、若者に軽視され続けるしかないと言うのか。そうなのか?」
アイチ「わたしは、わたしのおじいちゃんのことを尊敬しているけどなあ。おばあちゃんのことも」
老人「な、なに?」
アイチ「でも、それは別に年を取っているからじゃないよ。すごく心が広くて、理不尽なことを言ったり、したりしないから。わたしが何を言っても、生意気だとか言わないし」
老人「ううっ……」
クマ「老人が若者にとって尊敬される対象になるとしたら、それは、心の広さという点でしかあり得ないよ。人生経験なんてものは、そのうち、みんな嫌でもするもんだろ。だから、その量がどうこうなんて大した話じゃないんだ。その量を質に転化させることができたかってことさ。これは誰にでもできることじゃないからね。経験によって、自分の心を広げることができたか。心を広げるってことは、他人を受け入れるってことじゃないかな」
老人「あんな若者達を受け入れろと言うのか……」
クマ「別に賞賛しろって言ってるわけじゃないよ。嫌いなら嫌いでそれでいいさ。でも、嫌いな人もそこにそうやって存在しているってことを認めるんだよ」
アイチ「グリーンピースは嫌いだけど、この世の中からなくなれ、とは思うなってことでしょう?」
クマ「そういうことだね。人間生まれ落ちたときは何者でも無いけど、徐々に自分が何者かだと思ってくる。自分と他人っていう区別をつけるわけだ。そうして、ごちゃごちゃ、自意識をぶつけ合うようになるわけだけど、年老いることで、またそういう自分なんてものをなくすんだよ。それは若者にはできないことだ。そういう老人を見ると、若者は自然と尊敬する道理じゃないか。それなのに、『わしらを尊敬しろ!』なんて、若者じみた自意識を振りかざしているんじゃ、よっぽど尊敬なんてされるはずがないよ」
老人「……しかし、今の若者の態度は目に余るものがあるのだ。『老害』などといって、老人を目の敵にしている」
クマ「さっさと引退しないから、そう言われるんじゃないのかな。若者に未来を託して、隠居するんだよ。今の若者には任せておけんなんていつまでも出しゃばってないでさ」
老人「……ああ、わしは寂しいのかもしれん。どうしてこうなってしまったんだ……昔はこうではなかったのに」
クマ「若い人は年上の人を尊敬して、年上の人は若い人を愛するなんていうのは、理想の社会だよね。キミは昔って言うけど、まあ、昔にだって、こんな状態は存在しなかったのさ。だからこそ、『年上の人を尊敬しなさい』って話になっていたんだよ。それを命じるってことは、普通の状態なら、そうはならないってことなんだ。それは、なぜって、やっぱり、人間はただ生きることができるからなんだね。単に長く生きているだけじゃ、そんなことは何らの価値も帯びないってことを知っているんだ」
老人「それじゃあ、わしの人生は一体なんだったんだ……」
クマ「そんなことを今さら考えているのが、キミの人生が空虚だったっていうまさにそのことじゃないか」
老人「…………」
アイチ「そんなに悲しむことないんじゃないかな。だって、おじいちゃんは、がんばって生きてきたわけでしょう?」
老人「う、うむ……それは間違いない。努力を続けてきたし、人に恥じることはなにもしていない」
アイチ「だったら、そうやって生きてきたこと自体が価値なんじゃないかな。それは自分にとっての価値なんだから、他人に認めてもらう必要なんて無いと思うけど」
老人「…………」
クマ「その通りだね。誰に恥じることもない人生を送ってきたのだったら、それを誇りにすればいい。でも、それは、他人から尊重してもらいたいということじゃない。あくまで、自分の人生は自分のもので、他人の人生は他人のものだからさ。そういう風に、自分の人生は自分のもので他人によって語ることができないってことが、その人の人生に確かな価値があることの証拠だよ。誰に認められなくても自分で自分を認められるところに価値があるんであって、他人から認められるなんていうことに本当の価値なんてないんだ。だって、その他人が正しいなんてこと、どうして分かる?」
老人「……自分が正しいことだって、分からないかもしれん」
クマ「でもキミは誰に恥じることもない生き方をしてきたんだろ。だとしたら、正しく生きてきたってことじゃないか。正しさを知っているキミが、正しさを知っているかどうか分からない他人よりも、より正しいのは当然のことだ。だとしたら、キミは他人よりもよりよく自分のことを評価することができるわけで、他人のことなんて気にする必要は無い。もしも、キミが正しく生きて来なかったとしたら、正しくない人であるキミが、他人を責めるのは筋違いということになる」
老人「…………」
クマ「こういうことを考え進めていけるのが老人の特権じゃないかな。さあ、老害なんて言われるのが嫌なら、世の中なんてものから綺麗に身を引いて、人生というものが一体何なのか考えてみたらいいと思うよ。その方が、キミのためにもなるし、世の中のためにもなるってものさ」

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