井戸の底 / 岩倉文也

詩に憑かれ
詩に焼かれ
やがて厖大な背後から立ち昇る
幻影の水鳥たち
みな
奇妙に片羽を欠いている
炎のためか
昏睡のためか
うらがえされた言葉に
迂闊にも触れてしまったためか
おれは
残存する産声をしらない
残存する叫声をしらない
どこまでも
つづく行列はいつも影に見える
水飛沫あがり
詩はいつしかべつの生きものに置換される
そうして
始まったこの猿芝居
たとえおれが
いなくなったとしても井戸の
底で喜劇はつづくのだ

男「だからと言って、ここはあまりに暗い」
女「暗いから、どうしたの?」
男「見えないんだ」
女「嘘よ」
男「……」
女「あなたは最初から、

最初から見えてなどいなかった、何も
読みさしの本を忘れて
海に飛び込むことをためらった
ためらえば、多くが損なわれると知っていて
水鳥
際限なく墜ちつづける、それは
栞となっておれの
永遠を小刻みに寸断してゆく
音のない
夢のない
ながい揺蕩いのなかで、このまま

男「見えもしないのに、なお、在りつづけること。井戸の底で、喜劇をつづけること。愛もなしに。拍手もなしに。それが、叶わない祈りに対する、唯一の抵抗になると信じて」