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クリエイティブか投資か起業か:クライアントワーク以外に地域と関わる、もうひとつのあり方を目指して

ある地域から歴史資源がまったく失われてしまったら、その地域は一体どんな姿になるのだろうか。新興都市がジェントリフィケーションの波に飲まれるように、歴史が失われたまちもまた砂浜に建てられた砂城がごとく流されてしまうのだろうか。僕はデザインリサーチという役割において、クライアントワークでも、作家的なアートワークでもない道を探っている。それが投資家的な、あるいはスタートアップのようなかたちであったとしても。

歴史が長い街には、地質学的な背景を持つ独自の産業と、それに伴う街並みが形成されている。京都も高岡も有松も、あるいは伝統工芸がまだ残る街はすべてこの法則が当てはまる。産業が形成された数百年でこの街並みが形成されてきたが、生活様式の変化についていけなくなった伝統工芸がなくなってしまったらそのまちには一体何が残るのだろうか。産業の撤退とともに街並みは失われ、地域のアイデンティティは削り取られ、生活の場だけが残るだろうと僕は悲しい想像をすることがある。

クリエイターたちは地域資源に拠る産業をおこなう人々となんらかの仕事をしていることが少なくない。それがその場しのぎの補助金事業でおこなわれていることを把握しながら、安全な地点で(時間は失われても身銭を着ることはないという意味で)場当たり的な解決しか生み出せていないことを自覚していたとしても。僕もその一員を担いでいたことがたしかにある。なし崩し的にメンバーに加わってしまい、恥ずかしい内容で、これっぽっちも利益が上げられず、今思っても反省しかない。この背景には、投げっぱなしの経済振興事業と、それに甘んじるコンサルの無責任さしかない。

僕はこの無責任な流れからいち早く脱したい。そのためにできるひとつの方法として、自分もまたさまざまなコストを負うことを考えている。具体的には、デザインリサーチャーとして参加する事業に対して100万規模の出資や投資をおこなったり、共同事業者として、時間もお金も投げ打つことも考えられる。補助金ではサンプルや設備投資しかできないけれど、実際に販売を行える商品の開発資金を賄える資金を投じた上で、事業に関わるこの方法は地域とフェアな関係を築き、また積極的に関わざるを得ない状況を自ら生み出すと言えるのではないだろうか。

そうした自省の念もあり僕は2018年8月末より、絞り染めで知られる有松で合同会社を立ち上げた。たかだか20万円程度しか投じられていないが(正直、家計的にはかなり厳しいのですが、、)、産地のキーマンたちと一緒にものを考え、できることを考えている時間は今まで以上にスリリングだ。自分の活動を通じてこの出資額を回収できるようになり、次なる投資と展開を考えていくようなこの役割は、クライアントワークやサラリーマンにはなかった緊張感を産んでいることは言うまでもないだろう。

これまでクリエイティブ産業は地域に対して、クライアントワークを通じてサポートに徹してきた。プレイヤーがまだ多数残る時代や、地域においては有効な方法かもしれないが、縮小がすすむ地域においてはすでにプレイヤーでありながら、サポーター的な広い視野と金銭的な責任を投じることが求められていると僕は考えている。デザインリサーチにしろ、創造的な編集能力と投機的な思索する力を生かして、その地域の個性ときちんと向き合い、地域継承的なプロジェクトを動かすことができるようになろうと思う。ますば100万円を投資できるような資金力を自ら貯めつつ、その資金を持って動かす事業をともに育てられるパートナーを探しながら。


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