瑠璃色
袖無かさね
その頃、私の瞳は瑠璃色だった。でも、私はそれに気付いていなかった。
「ねえ、知ってる?あなたの瞳の色はみんなと違うのよ。」
そんなこと、誰も私に言わなかったから。
私には、周りの子供たちが冷たく笑って振り向く理由が分からなかった。実際、気にもしていなかった。彼女たちはああいう笑い方をするのが素敵だと思っているのかもしれない。そんなことよりも、私は、忘れ去られた花壇のかわいた土や、アスファルトに散らばった茶色い枯葉が気になった。
だから、私の瞳は瑠璃色のままだった。彼女たちはそれを美しい色として定義しなかったから、私の瞳は、ただ、周りの子供たちと違う変わった色、でしかなかった。
ある日、前に立っている大人が言った。
「皆さん、瞳の色が同じお友達と手をつないでください。」
その時に初めて、私は、自分の瞳がみんなと違う色であることを知った。その大人は、一人ぼっちになった私を気の毒がったけれど、この状況を作った犯人が私を気の毒がる理由が分からなかった。その頃の私には、理由が分からないことが多すぎた。
その日から、私は、彼女たちの瞳の色を見ると、チクリと心の奥が痛むようになった。チクリ、チクリ。彼女たちは針を持っていて、その針は私を狙った。そして、私を薄く軽くした。
だから、私は、瑠璃色の瞳をやめた。そう決めた。
すると、冷たく笑って振り向く彼女たちはいなくなった。私を気の毒がる大人もいなくなった。ああ、そういうことだったのか。確かに私は一度針に狙われたけれど、それは瞳が瑠璃色だった時の話だ。もう、違う。瑠璃色の瞳をやめられるくらい、私は賢くなった。そう考えて、私は薄く軽くなった瑠璃色の瞳の自分を、脱ぎ捨てた。
そうして、瑠璃色の瞳をやめたことさえ忘れかけていた頃、新しい友達が私に聞いた。
「あなたの瞳は何色?」
何色に見える?何色がいいと思う?戸惑う私に、彼女はきょとんとして、もう一度私に聞いた。
「あなたの瞳は何色なの?」
彼女が何を聞きたいのか、私には分からなかった。私は自分が賢くなったと思っていたから、彼女の質問に答えられないことに苛立った。そして、聞かれることが怖くて、その話題を避けた。でも、彼女は時折、私の顔を覗き込んだ。「あなたの瞳は、何色?」と。
瞳の色を聞かれると、怖い。その奇妙な感情からいよいよ逃げられなくなった時、私は、薄く軽くなった瑠璃色の瞳の自分を脱ぎ捨てたことを思い出した。
チクリ、チクリ。
チクリ、チクリ、チクリ。
脱ぎ捨てた自分が、賢くなった私を攻撃した。薄く軽くされた自分は、そんな私を許していなかった。賢くなった私は、許されていないことを知っていた。
瑠璃色から流れた。チクリ、がなくなるまで。賢い勘違いしていた私を笑えるまで、流した。ごめん。ごめん。ごめん。痛かった、ごめん。
「そう、私たちの瞳はみんなと違う。」
とても違う。
「この色を真似できる人は、いない。」
そう決めた。
私の瞳は、瑠璃色。
おしまい
photo by chin.gensai_yamamoto
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