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池澤夏樹【すばらしい新世界】~SDGs時代に読み直したい一冊~

こんにちは、りょうこです。

書評をブログからnoteに引っ越ししてきました。

今回ご紹介する本はこちら。

池澤夏樹【すばらしい新世界】

ページ数 :714(解説除く)。

お勧め度(りょうこ調べ):★★★★☆

一言:じっくり楽しめる中編小説。技術系サラリーマンの主人公と一緒に、ヒマラヤの奥地まで旅することができる。悪人や人が亡くなるような事件は出てこない。風力発電が題材とされており、人間と自然・技術・宗教などについて考えるきっかけとなる。SDGsが叫ばれている今、改めて読む意味があると思える一冊。

あらすじ

技術系サラリーマンである天野林太郎は、途上国へのボランティア活動をしている妻アユミと、10歳の森介の3人暮らし。風力発電のための風車を設計するのが彼の仕事である

妻の提案が会社からも認められた林太郎は、風力発電機の技術協力にヒマラヤの奥地ナムリンという小王国へ出張することになる(ナムリンは物語上の架空の地名)。

ナムリンへ行くにはまず、日本から飛行機でネパールの首都カトマンズへ行き、カトマンズからポカラへ、ポカラで一泊し、次の朝7時の便でジョムソンへ。ポカラで一泊する理由は、ポカラからジョムソンの便は朝7時の1便だけだから。その時間帯でなければ風向きが変わって飛行機が山脈にたたきつけられてしまうというから恐ろしい。ジョムソンからナムリンへは、ポーターやキッチンスタッフを引き連れ、高地に身体を慣らしながらの馬での旅になる。

ナムリンへの道中や滞在でヒマラヤの奥地の文化や風習、宗教観に触れ、林太郎はそこに暮らす人々に深く惹かれていく。

そんな秘境への道中においても、衛星通信を用いてアユミと森介へのEメールは欠かさない。

そして、物語の終盤には、森介がひとりでナムリンまで林太郎を迎えにくるという展開に。

妻を愛し、子を大切に思う普通の技術系サラリーマン視点での、人間と自然、人間と宗教そして技術との関わりについて新しい世界の発見を描く、遠い世界を一緒に旅したような、ヒマラヤの風を感じられるさわやかな読後感が得られる作品。

手に取ったきっかけ

小説好きの母から、「技術系のあなたたちは面白いと思って」と貸してもらいました。※我が家は夫婦とも技術系です。

主人公が風力発電器を設計・開発するサラリーマンだからなのですが、もちろん技術系でなくても楽しめる小説です。

りょうこの書評

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林太郎がナムリンに風力発電器を立てる目的は、家庭に電気を引くためではありません。

土地の低い部分に流れている水を畑の上まで持ち上げて、灌漑(かんがい)を行うための電力を供給するためです。あらすじに書いたとおり、ナムリンへの道は長く険しいため、大型の建設機材を持って行くことはできません。小型飛行機で運んで行かれるサイズの風力発電器を、設計、開発して建設する必要があります。

現地の人たちは、家庭に電気がないことにそれほど困っていません。もし家で電気が使えたらどうするかという問い対し、「夜に電気をつけて、ラジカセで音楽を流し、そこにみんなで集まって、歌ったり踊ったりしたい」と答えます。その答えに林太郎は、人の幸せな暮らしとは何であるか思いを巡らせます。

また、林太郎の仕事は風力発電器を設置して終わりではありませんでした。動く機械は必ず壊れます。日本であれば、ある程度の教育の土壌のある国であれば、メンテナンス仕様書を置いて、数日研修をして開発者はその土地を離れられます。しかし、ナムリンはそうではありませんでした。そもそも電化製品を見たことがない彼らは、機械のメンテナンスをすることができません。周囲の地域には同じように途上国支援として設置されたものの、一度壊れてそのまま放置されている機械が残されているのです。

林太郎は、数ヶ月ナムリンに腰をすえて、見込みのある働き者の若者たちに「初等理科教育」を施し、修理ができる基盤を作ることを試みることにします。

林太郎の会社は、この小型風力発電器+教育パックを大量に売れると見込み、林太郎の長期滞在をとがめることはしません。このような、ボランティアではなく、日本の資本主義、日本の会社の価値観に乗った上での林太郎の活動に説得力があり、納得しながら読み進めることができます。(小説には、ボランティアでナムリンの支援をしている団体職員の方々も登場します。パワフルですてきな方々です。)

この小説は登場人物がみな魅力的です。悪人はいません。私は林太郎の案内役として登場する、日本語にも堪能なラム君が好きです。控えめで優しく博識なラム君に馬を引かれながらヒマラヤの山と山の間の道を歩いて見たいと思いました。

最後の冒険ブロックが必要かどうかは人によって意見が分かれるところかもしれません。息子がいる私は、ハラハラドキドキ、そして森介君の頼もしさにニヤニヤしながら読みました。

さて、林太郎の立てた風車は無事動き出します。ヒマラヤの強い風を受けて、力強く回る日本製の風車。くみ上げられる水、潤う田畑を思うと、胸をすく思いがします。

本書は2003年に書かれた、東日本大震災以前の本ですが、原子力発電について既に疑問が投じられており、風力発電にできることとできないことについて技術者林太郎の目線で語っています。

SDGs、再生可能エネルギーが叫ばれてる今、改めて読むと心に訴えるものがある小説だと思いました。


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