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なるべく生者が望ましい

「……俺はどうなるんですか」

 藤野央助は、青ざめた顔をハッと前に向けた。自らの失言に気づき、背中にはじっとりと嫌な汗が流れた。

「違うんです。何言ってるんだろう僕は、あはは……」

 机を挟んで正面に座る女は、ただ静かに笑みを浮かべた。女に媚びたような引き攣った笑いを浮かべる央助の手を取ると、哀れむような目で彼を見つめる。

「驚かせてしまってごめんなさい。でも貴方、自分で応募して来たんじゃない。ちゃんと家族にお礼も支払われる」
「う、受けます、分かってます」
「本当になにも心配しなくていいの。国がきちんと保障してくれるわ。貴方だってお金が欲しいのよね。お母様とニ人暮らし?」
「母は……その」
「あら、もしかして私がご家族に何かすると思って? そんなことしないわよ」
「い、いや。思ってません、大丈夫です」

 不意に、心地よい風が央助と女の頬を撫でた。外の立派な日本庭園から鳥の鳴き声が聞こえる。その和やかさとは裏腹に、縁側には一台のカメラがしっかりと二人を記録している。

「貴方は若いから、私のことは教科書くらいでしか知らないでしょうけど」

 女が突如立ち上がった。ぴんと背筋が伸び、その立ち姿からはどこか気品が感じられる。女に手を引かれ庭園にでると、池で鯉が悠々と泳いでいた。

「綺麗な場所でしょう。この場所、私の為の監獄なのよ」

 そういうと鯉の餌をばら撒いた。音もなく餌の粒ひとつひとつが沈んでいく。

「こんなことしても意味ないのにね」
「え……」
「あら。口が滑っちゃった。私ったら……」

 バシャバシャと派手な音をたてて鯉が餌を貪る。揺れる水面に、央助の姿のみがかろうじて見えた。

「ねぇ、貴方は私がヒトに『発見』されたときにつけられた名前、何だか知ってる?」

 央助は、乾いた口から無理やり唾液を飲み下した。ヒトと同じような姿をした女の黒い眼が輝いて見える。言うまでもなく、女は美しかった。

「絶滅危惧種の……に、ニホンキュウケツキ……」

【続く】

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