見出し画像

刈谷メソッド_10「イラストレーターさんの選択」

 ゲームデザイナーさんにライセンスの許諾をいただくことができたら、ついに企画が実際に動き始めることになります。いわばここまでが準備段階で、ここからが真にクリエイティブな編集活動となります。

 すでに印刷所さんからは見積もりを取っているはずですので、新しく連絡を取るのはイラストレーターさんとグラフィックデザイナーさんです。

 ゲームデザイナーさんとやり取りをしている段階で、イラストレーターさんにあたりを付けていることも多いですので若干順番が前後することもあると思いますが、そこは大きな問題ではないでしょう。

 さて。
 ボードゲームのイラストレーターさんを選ぶ際、どういう基準が存在するでしょうか。
 まあズバッと言えば「商品が売れる」ことですが、「この人に描いてもらえばこれくらい売れる」なんてことが数式ではじき出されるわけではありません。

 かみ砕いていきましょう。
 次のアプローチは「お客さんのニーズに合っている」ことであり、「お客さんに欲しいと思わせるイラストである」ことです。まだ抽象的ですね。

 ニーズを知るには、そのお客さんの特徴を知らなくてはなりません。
 ところがまあ、ボードゲームというのは非常に幅の広いものですので、「ニーズを知る」と言っても千差万別です。
 結局は、個々のタイトルの特徴に合わせたイラストを選ぶことが重要になります。

 そうしたシチュエーションごとの差であるとか、90年代からのニーズの変遷といったことを語っても長くなりますし、ここで結論を書きましょう。
 現在求められるボードゲームのイラストの方向性は、4種類あると思います。

・キャラクター系
・絵本系
・絵画系
・デザイン系

 キャラクター系が一番わかりやすいでしょう。いまの日本にあふれているものです。
 古くからのボードゲームマニアは好まない方向性ですが、日本で一般的なカルチャーなだけあって、最近ボードゲームを遊ぶようになったユーザーにとっては、もっとも違和感なく受け入れることができる方向性です。
 特にメインの対象が高校生~20代の男性となるような、そこそこの戦略性を持ったボードゲームなどは、ビデオゲームの文脈と同じ方向性である、キャラクター系のイラストを用意するのがもっともニーズに合致する可能性が高いでしょう。
 アークライトが手掛けたゲームで言えば、『モンスターメーカー』や『ダブルナイン』、最近発売されたばかりの『マグノリア』がこの方向性ですね。
 やや本論とずれますが、『Dr.STONE』や『五等分の花嫁』といった漫画原作のゲームも、当然ここに含まれます。逆に言えば、こうしたキャラクター系のイラストを受け入れられる層が増えてきたことで、IP系商品のポジションも変わってきたと言えるかもしれません。

 絵本系、絵画系、デザイン系は、実はターゲットのベクトルは似ています。要は万人受けする方向性ですね。
 先にも書いたように、ボードゲームというのは非常に幅の広いものであり、タイトルによっては老若男女いろいろな人が遊ぶことが考えられます。そういう商品の場合、イラストも万人受けするものがベターです。両親が子供と遊ぶのに、ちょっとエッチなイラストや滅茶苦茶怖いホラーテイストのイラストなどはまったく適切ではありません。可愛い動物の絵などであれば、誰にとっても安心です。
 アークライトが手掛けたゲームで言えば、『タイムボム』や『ちんあなごっこ』、『どうぶつババ抜き』などが絵本系になります。近年はここを狙った商品も多いですね。

 万人受けを狙いながらも、やや年齢層が上の商品では、絵本系だとずれてしまうので、絵画系やデザイン系を選ぶことが多くなります。
 問題は絵画系のイラストの場合、誰にどう頼めばいいか、なかなか難しいところですね。キャラクター系のイラストを描かれる方は非常にたくさんおられますし、絵本系のイラストを描かれる方も無理なく探すことができますが、絵画系のイラストを商業的に描かれている方を見つけるのは難しい印象です。
 そうした方からのイラストの持ち込みがあったりもするのですが、今度はそうしたイラストを使うタイトルがなかったりして、やはりなかなか難しかったりするという。
 アークライトが手掛けたゲームで言えば、『ビンジョー×コウジョー』や『遥かなる喜望峰』、4月に発売予定の『フォグサイト』などが絵画系になるかと思います。

 デザイン系はすでに書いた通り、万人受けを狙いながら年齢層高めの商品などで需要がありますが、特にアブストラクトのゲームなどは(テーマがないので)必然的にほぼデザイン系のイラストになります。
 アークライトが手掛けたゲームで言えば、『渡る世間はナベばかり』や『The FIFTEEN』、『ミリオンヒットメーカー モザイク』などがこの方向性です。


 ……基本から順番に語らなければならないとはいえ、けっこう当たり前の話ばかりであまり内容がないかもしれませんね。

 ではここで、わたしがイラストレーターさんを探す方法を披露しましょう。
 ズバリPixivを使います(笑)。
 いや、Pixivがなかったころは地道にネットサーフィンをしていたのですが、Pixivができてからはそれしか使っていません。
 ぶっちゃけたことを言いますと、書籍の編集時代から言えば20年近く編集をやっているので、すでに一緒にお仕事をさせていただいた方も多く、「これならあの人がぴったりだな」となることが多いですし、若いスタッフに「候補を探してみて」と指示することも多いので、最近は自分で新規のイラストレーターさんを探すことは少ないです。
 ですのでもしかしたらイラストレーターさんを探すのに、Pixivよりも良いツールがあるのかもしれませんが、そのへんは正直研究不足です。まあそのへんは各自勉強してみてください。

 Pixivで企画に合ったイラストレーターさんを探す方法ですが、やみくもにクリックしていてもたどり着きません。
 キーワードを入れて探すのもいいですが、手っ取り早いのはデイリーやウィークリーのランキングで上位の方をクリックすることですね。そうした方は普通、絵が上手いはずです。
 次にその人がブックマークしているイラストを見ます。上手い人が気に入っているイラストなので、普通、上手いイラストが並んでいます。探せばその中に、今回の作品のテーマに近いイラストレーターさんがいたりします。
 いなかったら、その中で一番気になるイラストをクリックし、その人のページに移動します。そしてやはりその人のブックマークを見ます。

 そして「この人はいいかも」と思えるイラストレーターさんがいたら、プロフィールを見ます。
 わたしの感覚……なのでけっこう古いですが、当時のわたしの感覚では、1/3がお仕事募集中のイラストレーターさん、1/3は海外の方、1/3がメアドなど連絡先が載ってない方という印象です。

 連絡先が載っていない方は、連絡しようがないのでそれで終了です。おそらくビデオゲームの会社などに所属している方々で、趣味で描いたイラストをアップしているだけで、仕事をする気がない(余裕もない)方々だと思われます。特に背景とかが無茶苦茶上手い人が多く、「仕事してくれないかな~」と思うことも多いのですが、まあ諦めるしかありません。

 海外の方は、海外の方というだけでハードルが非常に上がります。コミュニケーションを何語で取るかということも問題ですが、原稿料をどこの銀行に振り込むのかという話もあります。経理に「やっといて」と振って済ませられるならいいですが、そのへんの処理を自分でやるとなると負担は馬鹿になりません。
 細かいニュアンスが伝わるかも不安ですし、最悪連絡がつかなくなった場合、どうやってイラスト原稿を回収するかも問題です。いやまあ、日本人のイラストレーターさんでも、自宅までイラストを取りに行ったことは1回しかありませんが。
 ともあれいろいろハンデがあるのは事実で、「それでもなおこの人でなければならない!」という強い必然性がない限り、日本人のイラストレーターさんを選ぶのが無難です。
 ちなみに海外の方も本当に皆さん上手いですよね。特に韓国の方は、リアルテイストのキャラが痺れるくらい上手い印象です。台湾の方は昔から多かったですが、いまは大陸の方もずいぶん増えた気がします。

 お仕事募集中の日本のイラストレーターさんだった場合、サクッとブックマークさせていただきます。
 そうした作業を半日ほど繰り返すと、10人くらいのイラストレーターさんをピックアップできるはずです。
 そしたら次はその方々の作品をいろいろ見させていただき、本当に企画に合った方は誰かを吟味します。絵柄の幅の広い方も多いですので(リアルタッチからディフォルメまで)、どの画風が企画に合うかという点もチェックします。
 そのあたりは、メールで依頼文を書く時にも重要になる(「○○のイラストの右のキャラクターの雰囲気が今回の企画にぴったりだったのでメールさせていただきました」などなど)ので、きっちり検討すべきです。

 そこから4~5人に絞り込んだら、部署の他の人の意見や営業部のメンバーに共有して、意見をもらいます。そして最終的な順番を付け、もっとも企画に合致していると思われる方から順番にアタックしていきます。
 断られたら第2候補、その方にも断られたら第3候補……という話ですね。

 ちなみにギャランティ、つまり原稿料ですが……センシティブな話なのでここでは詳しく書きません(笑)。

 ひとつ言えるのは、条件によっていろいろ変わるということです。
 パッケージであれば、「背景があるかないか」「キャラを何体入れるか」などでも原稿料は変わってきます。「背景ナシでキャラクター1人のバストアップ」というイラストと、「夕日に染まる池袋の交差点を背景に、3人の女子高校生たちが楽しそうに飛び跳ねている」イラストでは、原稿料が一緒にならないのは理解できるかと思います。
 逆に言うと、原稿料の折り合いがつかない場合は、単に原稿料を上げる以外にも、イラストの密度を下げるという手段もあります。もちろん密度を下げると魅力も下がる傾向にありますので、バランスが必要です。要素が少なくても魅力的に見せるテクニックというのもありますが、当然ながらテクニックを持っている方しか使えませんし、多用はできません。

 要素を削って魅力的な絵を……という意味で、自分の仕事で比較的うまくいったと思っているのが、藤田香さんが描いてくださったカバーイラストです。

(『ライトノベル作家になる』 著:榎本秋)
https://amzn.to/3s5RPUN

 このイラストの発注意図などをつらつら書こうとしたのですが……本稿とあまり関係ないので割愛します。ちなみにこのイラストの場合、原稿料を削るために要素を削ったわけではありません(笑)。書籍に要求されるイラストを考え抜いてここに至っただけです。あくまで「要素を削ってもパッケージイラストとして成立しないわけではない」「ただしテクニックが必要になる」という例として挙げさせていただきました。


 なおイラストレーターさんに出す指示ですが……基本的にあまりごちゃごちゃ言いません。
 原則その方の力量を見込んで発注させていただいているわけですから、大まかな方向性と絶対外してはいけない要素を伝えたら、他は自由に描いていただくのがわたしのやり方です。もちろんイラストレーターさんが悩まれた場合などは、いろいろアドバイスさせていただきます。
 わたしが重視するのは、「いかに気持ちよく描いていただくか」ということに尽きます。
 アイデアも出しますが、「○○さんの方で思いついたアイデアがあれば、いろいろ試していただいてかまいません」という話はお伝えします。実際、その方が楽しいイラストになることが多いです。

 イラストの指示の具体例は……正直ケースバイケース過ぎて、なかなか一般論に落とし込めません。なんだかこんな話ばかりで申し訳ありません。
 でも本当に、「相手を尊重する」以外に普遍的な話ってあるかな……? というのが本音です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?