刈谷メソッド_09「メールの書き方②」
そんなわけで、今回は前回のサンプルメールを参照していただきながら、どういうことに気を付けてメールを書くかを語っていきたいと思います。
0:相手は誰か
まず最初に、誰に送るメールかが重要になります。
「当たり前の話で文章長くするなや」と言われそうですが、編集としてはこのことが重要です。
と言いますのも、印刷所さんや権利関係者さんと事務的な話をする場合と、クリエイターさんとの付き合いは、おのずと違うからです。
ぶっちゃけクリエイターさんは非常に繊細です。もともと世界に対する感受性が高いからクリエイティブな才能が発揮される部分もあるでしょうし、多くの場合会社組織に守られていないという不安定さも、彼らが繊細になる理由のひとつではないかと感じています。
事務的なメールは内容の正確さが重要ですし、特別相手と仲良くなる必要もありませんので、失礼でなければむしろ簡潔なほどよいくらいのものです。
問題はゲームデザイナーさんや作家さん、イラストレーターさんに対するメールです。ここでメールが事務的に過ぎると、「何か怒ってるのかな」「嫌われてるのかな」「作家を消耗品として扱う系の編集さんかな」などと思われてしまう可能性が出ます。
クリエイターさんと付き合う上で、そうした感情を持たれることは、もっとも避けるべきことだと考えています。
「避けるべきことのひとつ」ではなく、「もっとも避けるべきこと」です。
クリエイターさんとの信頼関係は、良い商品を作るうえでもっとも根源的な要素です。すべての前提と言ってもよいでしょう。
わたしも言うほど長い編集キャリアがあるわけではありませんので、もしかしたら作家と編集が互いに不信感を抱えながら傑作が生まれた例とかもあるのかもしれませんが……まあ、そうした例は基本的に作家さんが鋼の精神力で作り上げたのでしょう。もしくは編集という業務が明確に定義されていなかった時代とか。
とにかく一般論として、繊細なクリエイターさんとの付き合いは、繊細に行う必要があります。
下記に書くメールの技術は、基本的にそうした繊細なクリエイターさんにメールを送る際の話として受け止めていただけたらと思います。
1:件命の後ろに()で名前を書く
人にもよると思いますが、現代社会においては、毎日うなるほどのメールを受け取ります。スパムメールも多いですね。
ccで自分のメアドが含まれているだけのこともあり、件名を見て「自分には関係ないな」と思ったら開きもせずスルーといったことも、往々にしてあります。
そうなってくると、人間見落としてしまうこともあるわけですね。軽いメールならともかく、進捗確認のメールをスルーされると地獄ですので、わたしは件名に自分の名前を入れ、スルーされにくくする工夫をしています。
ただその理屈、初めてメールする相手の場合は成立しないのでは? おっしゃる通り! 成立しません。
なのでそのへんはケースバイケースですが、わたしは最初から付けることが多いです。最初は「(刈谷)? 地名か?」などと思われるでしょうが、次回以降「(刈谷)? あー、あのメールの人か」となっていただけることが期待できるからです。
2:「○○さま」と、漢字を開いてひらがなにする
「メールだと文面が事務的で冷たく感じる」というのは、よく言われることです。「だからメールより電話だ」というのは、オジサンの主張としてよく聞く言説です。ただまあ、わたしからすれば「柔らかく書く努力をしようぜ」という話になります。
「柔らかく書く」テクニックのひとつが、「漢字をひらがなに開く」ことです。
具体的に、わたしは下記のような漢字は開く傾向にあります。
・様 ⇒ さま
・私 ⇒ わたし
・事 ⇒ こと
・一つ ⇒ ひとつ
・最も ⇒ もっとも
・頂く ⇒ いただく
・出来る ⇒ できる
ただこのへん、何か決まりがあるわけではありませんので、最終的には個人の感覚ですね。
個人的に「私」って、すごくかしこまっているように感じるんですね。なのでわたしは開きます。「わたし」にすると若干フレンドリーに感じませんか? 感覚ですけど(笑)。
メール冒頭の「○○様」は特に気を付けて開きます。受け取る人にとって、(このメール、何か違うな)という最初の違和感になるからです。
例えば日本人に一番多い苗字である佐藤でいってみましょう。
・佐藤様
・佐藤さま
前者はいかにも正式な文書という感じですが、後者は友達に送るメールような雰囲気を感じませんか?
これはひとつの例です。
こうした「柔らかい印象にする」ための細かい技術を積み重ねていくことで、読みやすくて優しいテキストにしていくのです。
3:砕けた表現を使う
これも「柔らかく書く」テクニックのひとつです。
もちろんやりすぎると失礼な文章になりますので、使い方には気を付ける必要があります。
具体的にサンプルで言いますと、冒頭3段落目。
> 今回○○さんが制作された『A』を弊社にてライセンスさせていただきたく、メールをさせていただきました。
この部分、「ライセンス契約を締結したく」といった表現の方がより内容が正確になり、ビジネス文書っぽくなります。ですがいかにも固い。
相手が企業さんとかであればむしろそちらがいいですが、相手がインディーズでボードゲームを作った方とかですと、いきなり固めの文章が送られてくると、身構えてしまう可能性があります。
もちろん相手によっては「ライセンスを許諾するかどうかの重要なメールなのに、なんかフランクだな」と逆に不審に思われる可能性もあります。このあたりはケースバイケースで正解がないので本当に難しいのですが、経験則的に、固い表現で緊張感を与えるよりは、くだけた表現で柔らかい雰囲気を出した方が、間違いが少ないように思います。
少し話がずれるかもしれませんが、「さま」と「さん」の使い方もくだけた表現の一環と言えるかもしれません。
わたしは最初の挨拶には「さま」と使いますが、本文中では「さん」とすることが多いです。理由はやはり「さま」の方が距離感が遠いと感じるからです。
4:敬語の使い方
柔らかい文章にするテクニックに欠かせないのが敬語です。
もちろん慇懃無礼という言葉もあるように、使い方には気をつけなくてはなりません。
自信がなければ、一度敬語の使い方の本などを読んで勉強するとよいかと思います。こうしたマニュアル的な本を読むことに対し、忌避感を持つ方も多い印象ですが(「マニュアル人間ができてしまう!」など)、そういう意見はある程度のスキルを身に付けてから言うべきでしょう。そういう書籍を読んで、「全部知ってることだわ」と思えるなら、「なるほどオレはこのジャンルは最低限のスキルが身に付いているようだ」という確認になりますし、ひとつでも「知らんかった!」と思えることがあれば、その後の人生にとってプラスです。
敬語の使い方も、正直ケースバイケースと言いますか、相手によっても受け取り方が違ったりしますので、なかなか「これが正解」という話はしづらいですが、原則としてとにかく「相手のことを尊重する」ということだと思います。相手のことを本当に重要な対象だと思って、繊細に文章を書く。
そのうえで、「親しみ」も込める。
最終的には、「実地で日々模索しながら自分の型を見つけてくれ」という無責任な結論になってしまいますね(笑)。
いや、ウチの部署のスタッフなら先方にメールを送る前に、直接添削をするのですが。こういう場所で一般論的正解を明示するのは難しいですね。マナー本とかを書く方のご苦労や凄さがしのばれます。
とにかく敬語の使い方としては、繰り返しになりますがまずは「相手を尊重する」。その気持ちを常に持って、あとは実践あるのみです。書いて書いて、推敲して推敲して、メール出して、そして反省と自己嫌悪が渦巻いて、それをなんとか次回に活かせるよう努力すると、そうして身に付けるしかないかなと思います。
5:作品の良いところを言う
相手が苦労して作り上げた権利物で商売させていただこうという話ですから、その作品のどこに惹かれて連絡させていただいたかを明確にしておく必要があります。
サンプルで言うと下記のあたりですね。
> 先日『A』を遊ばさせていただいたのですが、非常にシンプルで遊びやすいのに、□□を△△する部分など、あまり類例のないシステムに深い感銘を受けました。
基本的に、自分の作品を褒められて嫌な気になる人もいませんし。
また下記一文を添えることで、
>twitter上で話題になっているのをよくお見かけしますが、やはりユーザーの皆さまも、そのシステムから得られる体験の斬新さに強く惹かれていることが伺えます。
自分たちの主観だけではなく、市場調査をしたうえで判断させていただいているということを伝えることができます。
さらに
> この素晴らしいゲームをより多くの方に遊んでいただくべく、弊社にて『A』のライセンス商品を開発できたらと願っているのですが、ご検討いただくことはできますでしょうか。
という感じで、自分たちの会社で出し直すことの意義をお伝えするわけです。
6:イニシアチブを取らない(与える)
上記で抜き出したテキストに、「ご検討いただくことはできますでしょうか」という一文があります。
このあたりはイニシアチブを取らない工夫です。
「ん? イニシアチブは取るべきではないの?」と思われるかもしれませんが、こうしたメールにおいては別です。
イニシアチブ、つまり判断をする立場は相手に与えるべきです。
細かいことのようですが、「ご検討ください」とすると、指示・命令になります。
ですが「ご検討いただけますでしょうか」とすると、検討することそれ自体も相手の判断次第ということになります。
人間、強制されるのは嫌なものです。
それが安定と引き換えに、のびのび創作活動することを選んだクリエイターさんならなおさらです。一般の人なら気にならないようなことでも、気になる可能性があります。
そうした高圧的な印象を与えそうな箇所を繊細に潰して、あくまでイニシアチブは相手にあるというスタンスを取るようにすると、「この人は信頼できるかも」と思ってもらえる確率が上がります。
こうしたことを重ねると、どうしてもメールが冗長になっていきますが……相手に不信感を持たれるよりは、よほどマシかなというのがわたしの考えです。
会社説明の部分のテキストですが、
>過去にゲームマーケットで話題になった日本人ゲームデザイナーさんの作品のライセンス化も多く手掛けさせていただいております。
という一文の考え方も同じですね。
あくまで「『手掛けさせていただいている』のであり、『手掛けている』わけではない」「当然ながら、あなたの権利も皆さん同様に尊重します」というスタンスを見せているのです。
7:会社説明について
あまり多すぎても何ですが、サンプル程度の分量の会社説明はあった方がよいかと思います。
webアドレスを載せるのを忘れずに。
ゲームマーケットについて触れているのは、会社の信頼を増すためのテクニックですね。
8:条件提示について
条件提示を書くとどうしてもメールが長くなってしまいますので、最初は省いてもいいかもしれません。
「もし興味がおありでしたらお返事ください。次のメールにて詳しい説明をさせていただきます」という形ですね。
お伝えする場合は、まずはやはり具体的な金額の提示が最初になるかと思います。
ゲームのルール部分についても、変更や追加を考えている場合は最初に触れておくとトラブルになりにくいでしょう。イラストも同様です。
そうしたことをお伝えする際も、原則イニシアチブを向こうに持たせることを認識しておくべきです。
サンプルテキストで言うと下記のあたりですね。
> なお拡張ルールは必須という訳ではありません。検討の結果、拡張ルールは蛇足ではないかと思われるなら、拡張ルールはなしとして、別の部分で価値を高めることを検討いたします。そのあたり、可能な限り○さんのご希望をくみ取らせていただけたらと思っておりますので、何かありましたらご遠慮なくご相談ください。
ただイニシアチブも、当然ながら何でもかんでも与えればいいというものではありません。
あくまでその商品が売れるかどうかについて責任を持つのは、会社側、ひいては編集者です。
商品が売れなかったときに、「いや、作者の意見を尊重した結果でして」など言ったところで、「だったら仕方ないね」などと思ってくれる人は1人もいません。むしろ「こいつ作家の責任にするとか最悪だな」と思われるのがオチです。
特にイラストやグラフィックは売り上げに直結する部分であり、作者の希望は考慮しつつも、商業的に譲れない部分は譲るべきではありません。
最後の部分で「ご相談ください」としているのはその表れでもあります。あくまで相談には乗りますが、「必ず言われた通りにします」という話ではないということですね。
サンプルテキストの以下の部分、
>『A』の世界観であれば□さんのイラストが非常にハマるのではないかと考えておりまして、事前にお話しさせていただきました。
これは「明確な反対意見がない限り、この方でいかせてください」という緩やかな意思表示です。もちろん作者さんの方にイメージがあった場合は、相談して商品にとってベストな選択は何かを検討します。
9:文章の締めについて
文章の締めは、単に「それではご検討のほどよろしくお願いいたします」でもいいのですが(そっちの方が簡潔ですし)、最後にもう一度ゲームの良かった点を繰り返すのも効果的かと思います。
これも繰り返しになりますが、自分の作ったゲームを褒められて嫌な気分になる人はいないわけです。称賛は、何度繰り返されても心地よい。
また繰り返すことによって、「どうしてもその商品を出したい!」という、通り一遍ではないこちらの熱意がさらに伝わりやすくなります。
末尾にあえて
>『A』はネット上でも非常に評判になっておりますので、もしかしたらすでに複数のメーカーさんからライセンスのご相談が届いているかもしれません。そうした場合など含め、我々返事は急いでおりませんので、ぜひゆっくりご検討ください。
といった一文を添えるのも、やはりイニシアチブを相手に与えるという哲学によります。
「あくまであなたの意思で選んでください」というスタンスですね。別に強制したくはないという。
「あなたの意思を尊重します」
「我々を選んでいただけるなら、後悔させることのないよう尽くします」
ということを全力で伝える。
そこがまず最初の誠意になると考えます。
実際の話、選んでいただけるかどうかは相手が決めることで、我々が決めることではありません。我々が選ばれない可能性も当然あります。そうした場合でも、当然ながら相手の判断を尊重する姿勢は崩しません。
自分たちが選ばれなかったとして、それもひとつの貴重な勉強の機会です。
誰が選ばれ、その結果どういう商品として出力されたかを検討するのは非常に意義深いことです。またそのうえで、我々であればどう出力したかを検討し、足りないところがあれば謙虚に反省する。
そうすることによって磨かれていくのだと思います。
今現在アークライトの国内ボードゲーム制作部がそれなりの信用を勝ち得ていると仮定して、その信用が未来永劫続くことはありません。いずれ新たな勢力が台頭し、古い価値観を押し流していくタイミングが必ず来るはずです。そうしたとき、変なプライドなどに固執することなく、素直に新しい優れた手法を取り入れ、柔軟にのびやかに変化に対応し、成長できる組織でありたいと思っています。
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