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刈谷メソッド_07「ボードゲーム制作の流れ」

 そんなわけで稟議書が通り、めでたく企画が承認されましたので、ついに具体的なゲームを作る話に移っていきたいと思います。
 と書いておきながら、今回は「制作の流れ」というわけで、結局抽象的な話をします。すみません。


 あ、あと補足というわけではないですが、過去のテキストを読んで
「そりゃおめーはそういうお花畑みたいな話を実現できとるのかもしれんが、こちとら周囲の環境がそうしたことを許してくれんのじゃ」
「意に添わん仕事の仕方をせざるを得んのじゃ」
「世界はいつも美しいわけではないんじゃ」
 など思われる方もおられるかもしれません。
 大丈夫です。
 わたしも常に理想通りのムーブができているわけではありません。
 状況が許してくれないことも多いですし、後悔することはもっと多いです。また「こっちの方が正しいはずなのに」と思いながら大きな流れに従わざるを得なかった場合も、全部無駄だったかと言われればそんなこともなく、「あ、オレの考えの方が間違ってたわ」ということも多いわけで。人間だれしも完璧ではない。むしろ自分の間違いを素直に認め、より良いやり方を取り入れられる自分でいたい。
 わたしが書いているのは、基本的に「こうした境地を目指したい」「こうした境地を目指すスタッフになってほしい」という指針です。
 ですので「あんたはそういう素晴らしいお立場かもしれんですが、あっしはそんなこと言われても無理っすわ」という受け取り方をせず、道を歩む同志として、「そーゆー考え方もあるのか」「オレのやり方に取り込める部分もあるな」といった受け止め方をしてもらうのが良いんじゃないかなーと思います。
 わたしのやり方や考え方が絶対の正解で、みんながみんなその通りにすべきとか、欠片も思いませんし。


 という断りを入れまして、本題に戻ります。
 まずはゲーム制作に必要な要素を整理しておきましょう。

「ゲームルール作成」
「テストプレイ」
「ルールブック執筆」
「ルールブック編集」
「イラスト」
「グラフィックデザイン」
「印刷所とのやり取り」
「制作進行(スケジュール管理)」

 また直接的なゲーム制作作業とは言えませんが、現実として下記の要素も考慮しなくてはなりません。

「輸送周りのやり取り」
「物流関係のやり取り」
「広告宣伝周り」
「在庫管理」

 時間は有限ですから、上記を順番にやるわけではなく、同時並行的に処理していくことになります。
 このあたり、企画書や稟議書の作成も含め、ざっくりタイムスケジュールを書いてみます。


◎企画スタート前
 インディーズゲームや持込みされた作品を実際にプレイしながら、商品化すべきかどうかを検討する時間がそこそこ続く。

◎企画スタート直前
「企画書作成」
「稟議書作成・提出」(印刷所から見積を取る必要アリ)

◎企画スタート
「ゲームデザイナーさんと交渉」
「契約書の締結」※

◎ライセンス許諾を得たら
「イラストレーターさんと交渉・イラスト発注」
「グラフィックデザイナーさんと交渉・業務発注」
「印刷所からテンプレートなどを取得」※
「ルールブック執筆」※
「テストプレイ⇒アイデア出し」(無限ループ)

◎1~2か月後
「ルールブック執筆完了⇒ルールブック編集スタート」
「イラスト完成⇒グラフィックデザイン作業本格的にスタート」

◎ルールブック編集完了
「ルールブックのグラフィックデザインスタート」

◎グラフィックデザイン作業完了
「入稿」
「校了」
「輸送スケジュール確認」


 ……ざっとこんな感じです。
「※」部分を補足します。
 まず契約書ですが、結ばずにすませていた時期が長かったので、なあなあになっている場合が多いところです。わたしは書籍の編集者だった期間が10年あり、書籍では契約書を交わすことがほとんどなかったので、そのへんの意識が希薄でした。
 ですがどんな問題が起こらないとも限りませんので、今後はこのタイミングで結ぶのが一般的になってくるかと思います。お金で揉めることは考えづらい(お金の話はメールなどの文面に残している)のですが、言語や販売エリアの話は曖昧になりがちな部分ですので、最初にしておくと後で「どーしましょう」とならずにすみます。

 次にテンプレートとは何かと言いますと、グラフィックデザイン作業をする上での型紙のようなものです。ダイラインと呼ばれたりもしますね。主にパッケージ周りで重要になるのですが、どこまでグラフィックを用意すべきかということを示すものです。
 これがないとグラフィックデザイナーさんはパッケージやルールブック、カードやボードのデザイン作業をフィニッシュできません。

 ルールブック執筆は、ゲームデザイナーさん本人がやることも多いですし、そもそもインディーズなどで市販されている物であれば、元のルールブックが存在するのでそれをベースにします。ただまったく新規のゲームである場合、最初から編集者が執筆することもあります。

 そのほか、テストプレイを繰り返してコンポーネントの仕様が固まってくると、印刷所に再度見積もりを取ったりもします。
 あと印刷所とのやり取りという意味では、入稿のタイミングがどうしてもずれたりしますので、「いつ入稿の予定だが、2日ほどずれる可能性もある」といった微調整を細かくやっておく必要もあります。
 
 実際のところ、ゲームデザイナーさんからライセンスの許諾を得た後は、

・とにかくテストプレイ
・必要があればルールブック執筆
・イラストレーターさんの進捗チェック

 という感じの日々が続くことになります。

 テストプレイはバランス調整もありますが、プレイ人数は増やせないか、拡張ルールは考えられないか、オリジナルの優れた部分はそのままに、もっとスッキリさせられる部分はないかといった視点でも行われます。
 特にインディーズのゲームはワンアイデアが面白いものの、洗練されていないといったことがままあります。「売れるゲーム」と「遊びやすさ」は圧倒的に関係が深いので、「ここの処理は無駄だな」と思えるところをいかに上手に削れるかということは重要です。

 イラストレーターさんのスケジュールは、お願いするイラストのサイズや点数、4色か1色か、背景はあるか、キャラは何体かなどで全然変わりますし、そもそもその方がお忙しい方か、そうでもないかでもまったく変わりますが……作業に取り掛かれる時期から1か月後くらいに設定すると、お互い心穏やかに過ごすことができることが多い気がします。
 パッケージイラスト(4色)1点、カード用カラーイラスト(4色背景ナシ)8点とかを2週間で描いてほしいといった話は、基本避けた方がいいと思います。なぜならイラストレーターさんも、仕事の依頼を受けて即座にその作品世界に入り込み、イラストを描く態勢に入れないからです。
 ……放っておくとガンガン突っ込んだことを書きそうになるので、詳細は後日書くことにします。今回は概観をざっと説明する回ということで。

 イラストレーターさんにイラストを描いていただいている間に、ルールブックを完成させ、編集を終わらせたいところです。イラストの完成と同時にルールブックをグラフィックデザイナーさんに渡せるとベストだからです。
 グラフィックデザイナーさんの立場で考えますと、やはりロゴを含めたパッケージとルールブックが重いウェイトを占めると思います。わたしはグラフィックデザイナーではありませんので想像ですが。
 そしてロゴとパッケージのデザインはやはり、パッケージイラストが完成したあった方が圧倒的に作業がしやすいはずで。逆にパッケージの方向性が決まると、その流れの中でカードのデザインやボードのデザイン、ルールブックの飾りなどの方向性が規定されていくはずです。
 そういう意味でやはり、イラストが完成するまではグラフィックデザイナーさんに仕事を進めていただきづらいんですね。逆に言えばイラストが完成するあたりから作業に入っていただけるよう、スケジュールが抑えられるとよいと思います。
 これも作業量によってまったく違いますが、2000円級のゲームでルールブックが8ページ以下(もしくはB5四つ折り両面程度)くらいであれば3~4週間、3000~4000円級のゲームでルールブックが32ページくらいであれば4~6週間くらいかかると考えてスケジュールを組んでおくと、関係者が幸せに過ごせる気がします。

 当然の話ですが、グラフィックデザインも一度発注したら自動的に完成するという風には進みません。やはりいろいろな案を出していただいて、ああでもないこうでもないとやり取りしながら進めることになります。途中、ゲームデザイナーさんや営業部の意見を聞いたりもして、方向性をすり合わせていく。
 ルールブックなんかはやはり、何度も何度もチェックしてチェックしてチェックし倒して、絶対に間違いがないように何度もやり取りをするので、相応の時間がかかります。
「6週間とか、時間かけ過ぎじゃない」と思われるかもしれませんが、実際には

1週目:作業開始
4週目:初稿UP>アークライトへ
5週目前半:アークライト側のチェック完了>グラデザさんへ戻し
5週目後半:修正を反映させた2稿UP>アークライトへ
6週目前半:アークライトのほぼ最終チェック完了>グラデザさんへ戻し
1日後:修正を反映させた3稿UP>アークライトへ
1日後:修正漏れのチェックのみ行い、グラデザさんに指示
1日後:最終稿UP>入稿

 みたいな感じで進行するので、グラフィックデザイナーさんがいわゆるデザイン作業に使える時間は、実はそこまで多いわけではありません。
 また先にも書きましたように、初稿をUPいただくまでにも何度か方向性をすり合わせる時間が必要です。複数案を出していただいて、方向性が決まってから全体を形にすることを考えると、そんな余裕しゃくしゃくの話ではないことがご理解いただけるかと思います。

 ちなみに、グラフィックデザイナーさんに確認したことはありませんが、実際にはもっと無茶なスケジュールの依頼が多いのではないかと予想しています。「3日であげてくれ」的な。
 ですが本稿で何度も繰り返してきた通り、わたしの考え方の基本は「いかにお客さんに満足いただくか」です。グラフィックデザイナーさんが3日で作業したものが最もクオリティが高いならわたしもそれで依頼しますが、まあ、基本そんなことはないわけで。

 イラストレーターさんも同じだと思いますが、仕事をする際、ギャランティは当然重要ですが、十分な仕事時間を担保してもらえる(=自分のスペックを発揮しやすい)かどうかも重要だと思うんですね。まあ、あまり時間をかけ過ぎると今度はギャランティとのバランスが崩れてしまうので(時給が1000円とかになってしまう)、長ければ長いほどいいという話ではないですが、ある程度まとまった時間が取れない仕事だと、今度は「このクオリティの仕事が自分の能力だと思われたくない」という話にもなるわけで。
 逆に「このギャランティならこのクオリティの仕事でいーだろ」といった割り切ったスタンスの方もおられるとは思います。

 お金も使えばその分原価に影響して商品の価格が上がることになりますので、それはそれでお客さんに優しくありません。
 なので最終的には「バランス」ということになってしまうのですが、無理矢理テキストにするなら

「ある程度満足いただけるギャランティとスケジュールを用意し、モチベーションを高めていただけるよう上手に付き合い、最終的にはギャランティ以上の仕事を引き出し、お客さんに還元する」

 着地点を目指すということになるでしょうか。

 ……おっと、また踏み込んでしまった。
 このへんも後日もっと詳しく書くようにします。


 ともあれこうしてグラフィックデザインが完成したら、ようやく入稿です。
 ちなみに印刷所さんとは、どういう形式で入稿する必要があるかなどを事前にすり合わせて、グラフィックデザイナーさんに伝えておく必要があります。
 このへん技術の進歩が目覚ましく、最近は「アウトラインを取ったPDFを入稿すれば大体OK」みたいな感じになっていて、昔覚えた細かい仕様は何だったんだと年寄りじみたことを考えてしまいますね。
 そんなわけで、いろいろ書いても1年後にはやり方が変わっている可能性があるので、ここではあまりゴチャゴチャ書きません。印刷所さんが導入しているハードやソフトにもよりますし、仕事をお願いしたタイミングで印刷所さんに確認するのが最も間違いのない方法です。

 入稿したら、数日後に送られてくる「こんな感じで進めるよ」という見本をPDFでチェックして、問題なければそれで印刷を進めてもらうことになります。工場が日本なら、実物を見てチェックすることができますが、アークライトの国内ボードゲーム制作部はほとんどの商品を中国の印刷所さんにお願いしていますので、実物ではなくPDFでチェックして終わることがほとんどです。
「実物を見ずに進めていいのだろうか」と最初は不安でしたが、いまのところ問題は起こっていません。

 印刷開始後は完成予定日を確認し、印刷会社さん、運送会社さんと話を調整して、いつ中国から日本に商品を出荷するかを決めていきます。
 受け入れる日本の倉庫にも話を通し、税関を抜けて入庫するのがいつくらいになるかが見えてくると、いつ検品するかの予定を立てます。
 検品して問題がなかったら発売日を確定させ、注文書を小売りさんに回し、どこにいくつ出荷するといった話を詰めます。
 注文を締め切って発送をすますとあとは発売日を待つだけとなり、発売日には小売りさんがお客さんに売ってくださると、まあそんな話ですね。

 そんな流れなので、入稿して見本をチェックして最終的なOKを出すと(ちなみにこの工程を校了と言います)、編集としての作業はほぼ終了となります。
 そのあとは広告宣伝や営業の戦略を考えるターンですが……。ぶっちゃけアークライトは広告宣伝の部分がへなちょこなので、あまり偉そうなことは語れません。
 まあ、そこにお金をかけてしまうと原価も上がるので、ボードゲームの事業規模的に、費用対効果としてどうしても効率的でなかったということは言えるでしょうね。
 ボードゲームの市場も少しずつ大きくなってきていますから(はたで言われるほど劇的に増えているわけではないと思います。毎年120%くらい? 十分劇的ですか。でも元の数字が小さいですしね……)、そろそろ広告宣伝への投資を真面目に考えるフェイズに来ているのかもしれません。
 ただまあそれでも、広告宣伝専門のスタッフを養うほどの儲けはまだない気がしますので、もうしばらくは編集スタッフが手弁当でやるしかないかなというところですね。

 というわけで、今回はボードゲーム制作の流れの概要でした。
 次回からは本当に具体的な話になると思います。たぶん。

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