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人生の主人公の話と、ついでに今度やるイベントの話

数年前に『苦役列車』という映画を観た。
2012年公開。森山未來主演。原作は有名な小説らしい。

べつに面白い映画だとは思わない。人に勧めたいかといえば、ちょっと微妙だ。

けれどこの映画は、服の繊維に定着してしまった油染みのように、ぼくの頭にこびりついて離れない(イケてる比喩表現)。

なぜこんなにも印象に残っているのかといえば、この映画の主人公は、ぼくが知る限り最低の主人公だからだ。

舞台は昭和の末期。主人公の貫多は、日雇い労働で日々の生活をなんとか乗り越えている青年だ。幼少期に父親が性犯罪を起こしたことから家庭崩壊を招き、その後も鬱々とした青年時代を過ごしてきた。

性格は卑屈で、自分に舞い込む不幸を全て自分が置かれている環境のせいにしてしまう。

そんな貫多が作中で出会うのは、バイト仲間の日下部や想いを寄せる古本屋の店員・康子。貫多は彼らの素直でひたむきな姿に次第に影響され、次第に人間らしい気持ちを取り戻していく。


・・・


わけではなく、恵まれた友人関係もうまく機能せず、貫多は鬱屈とした性格のまま、どうにもならない毎日を過ごしてしまう。何も変わることはなく、映画は終わりを迎える。


今でこそ色々な素晴らしい作品に触れて見識が広がったが、ハリウッド映画のようなダイナミックな展開の映画しか知らなかった当時は、この映画に衝撃を受けた。

いやいや、こんな映画アリなんですか、と。

まあ結論としては、アリなのだ。

いやいや、ぼくは青かった。つらい過去を乗り越えて、魅力的なメンタリティを手に入れられなければ、”主人公”にはなれないと思っていたし、そんな主人公としての生き様を持ち合わせていないことは、恥ずかしいことだと思っていた。

そんなことねぇわな。

ぼくは、なんとなく過ごしただけの大学を出て、ちょっと面白そうな広告業界に足を踏み入れて、自分の理想と業界が合わなかったから辞めてしまっただけの、しょうもない人間だ。何者かと問われれば何者でもない。

なんとなく生計は立っているが、ただそれだけのしょうもない人生を浪費している。

友達も多くない。飲み会をワッと盛り上げるような社交性が欲しくないこともないが、ついぞそんなものは身につかず、悶々と周りに嫉妬するだけのメンタリティを持ち越して30代を迎えてしまった。やばい。

アンパンマンのような博愛の精神は持ち合わせていないし、悟空のような素直さも、セーラームーンのような勇敢さもない(あれ、例え古い…?)。

でもまあ、貫多よりはちょっとだけマシだ。

だから、勝手に主人公を名乗って、自分の人生を物語として仕立て上げて、胸を張って生きていいのだ。お天道様にも顔向けできよう。


こんなことばかり言っていると「ただの逃げだろ」と言われてしまいそうだ。それを否定するのは正直、難しい。

ただ、本音を言うなら、ぼくはもう愛に満ち素直で勇敢な(ベタな)主人公像にもう魅力を感じなくなってしまった。どれだけダサくても、オリジナリティのある間違い方をし続けている生き方が楽しくなってしまったのだ。

イベントについて

唐突だけど、イベントについて。

2019年10月14日。月曜、祝日。表参道でイベントをやる。
特段珍しい企画を予定しているわけでもなく、ベタによくあるトークイベントだ。
(イベントの詳細は末尾にて)

いきさつとしては、敏腕女経営者 兼 美容コンサルタントの中野さん(@central_field_)がお気に入りのメンバーを集めてトークイベントをしたいとのことで、まあ、そう言うならしゃあなしだなということで各人が乗っかった格好だ。

ぼくは曲がりなりにも広告畑の人間なので、登壇もするんだけど、それとは別にイベントの名付けとか、イメージビジュアルのデザインとか、そういうコミュニケーション周りのことも担当してくれという流れになった。

ガストでの打ち合わせ。話を聞いていると、登壇メンバーはただの「中野さんセレクション」であって、選定意図のようなものは特になさそうだった。

とはいえ、「ある一人が好きなメンツとして集めた」ということは、必然的にそこには何らかの共通項が生まれる。今回のケースでいえば、まあ一言でいえば全員がどことなく胡散臭い雰囲気を漂わせている。

宗教団体を束ねる父親と法廷で争っていたり、マルチ商法を叩いて売名していたり、同じくオンラインサロンを叩いて売名していたり。かくいうぼくも(売名のつもりはなかったけど)違法な個人ビジネスを叩いて遊んでいた時期はあった。
あとは情報商材販売に懲りてそれを叩く側とつるみ始めちゃった自称ジャーナリストとか。こんなメンツをすき好んで集める中野さんだって同罪だ。

ぼくらを一括りで表す言葉は何だろう、と考えた。わりとすぐに思いついたのは、「闇コミュ力」という言葉だった。

俗に「コミュ力がある」と呼ばれる人には、おおよそ万人に共有される、なんとなくのイメージ像がある。明るくハキハキした声でしゃべり、さりげなく周囲を引き立てる気配りができ、立場の弱い人にもある程度分け隔てなく優しくて、それゆえ周囲の人間から愛される。

ぼくらが棲息するツイッターの世界でも、「ポジティブな発信を心がけよ。さすれば純度の高いファンがつく」というような言説があったりする。間違ってはいないと思う。

けれど、今回のイベントの登壇者たちは、そういった正しいコミュ力とは違う能力を使って発信をしているように見える。

一番わかりやすいところで言えば、ぼくらは他人を攻撃することに対する抵抗感が薄い。

己の主義を押し通すために、博愛の心情を捨て去っている。それは正しくはないし、(話を蒸し返すと)主人公っぽくない。

けれど、各人がオリジナルな間違い方をしている。だからこそ、正しくはなくとも、面白い。

そういう「正しくないコミュニケーション能力」というものが概念化されてもいいんじゃないか。この能力は、ぼくのような「正しいことに退屈してしまう人」がもっと気持ちよく生きられる手助けになるんじゃないか。そう思った。

わかりやすく主人公らしい生き方をしている人には、主人公らしい結末が訪れる。しかし、ぼくらのような道を誤った主人公は、どんな結末を迎えるか分からない。分からないから面白い。

闇コミュ力とは、人生の予定調和を崩す力だ。

そんなことを考えていたのに、メンバーの一人が闇落ちの恐ろしさを思い知って会心してしまった。

ついでに、メンバー間で集客とかコンセプトの話で大モメしたりもしている。

現在進行形で予定調和が崩れている。超楽しい。


広告屋なのに宣伝トークが苦手なので上手なアピールができないが、もし正義を踏み外した生き方に心惹かれる部分があるなら、ぜひイベントへの参加を検討していただきたい。

間違い方に正解はないが、そのヒントは提示できるんじゃねぇかなと思う。


イベント詳細

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闇コミュ力をみがく会

2019年10月14日(日・祝) 14:30-16:30(14:20 OPEN)

参加費:5,000円

会場:G's Academy Tokyo Base
(東京メトロ表参道駅 徒歩3分 ブルックス・ブラザーズ2F)

登壇メンバー:
中野さん(@central_field_
宏洋(@hiroshi19890224
マスザワ内閣(@masunaikaku
たつのん(@tatsu_note
いしかわ(@73_568
アド(@ad__writer

▼参加申し込みはこちら▼
yamicommu.peatix.com


よろしくねー

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恐悦至極
11
たいしたものです。
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