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ヨシミ

【概要】
市民からの通報案件『ヨシミ』の調査が中止となるに至った経緯を報告する。

【経緯】
2024年4月30日 15:42 学会の怪異相談窓口へ市民(Nさんとする)から通報が入る。
通報内容は「家に気配がする、飼っていた生き物の霊かもしれない」というもの。
ペットを亡くした飼い主がしばらく家の中でペットの気配を感じる、または物音などをペットの霊だと認識することはよくある。その場合、ペットの気配と共に過ごしていく飼い主も多いが、その気配が本当にペットによるものなのかを調査してほしいと学会へ依頼するパターンがある。
受け入れがたい喪失感を抱いている人間が、全く別の深刻な怪異汚染のことを喪った存在の気配として思い込もうとする危険性があるため、学会はNさん宅の安全性を確かめるため調査へ向かった。

Nさん宅は住宅街から少し離れた場所にあり、雑木林に入り込むように建っている。家の中は日中でもあまり光が入らず、空気が淀んでいる。
Nさんは70代男性、現在はひとりで暮らしている。気配がする時の状況について聞き取りを行っている最中にも、誰も居ない空間へ向かって「ヨシミ」と何度も呼びかけるなどの行動がみられた。
飼っていたペットについて調査員が尋ねると、Nさんは「まだ教えられない」とした。調査には支障がないため、Nさんの精神面に配慮しペットについての質問は避けた。

怪異汚染の数値を計測するため全ての部屋に入る許可を取ろうとしたところ、Nさんは「いかん、ヨシミがおるけ」と答えた。調査員が入ることを許されたのは居間、台所、トイレ、風呂場、小さな物置部屋のみであった。廊下を含め許された全ての箇所で測定をしたが、怪異汚染の数値はどれも微弱という結果になった。

次に、Nさんが学会へ通報するに至った“気配”についての聞き取りを行った。
Nさんの回答自体は、寝てる時に見られている、空気が違う、なんとなくそう感じる、といった曖昧なものであったが、それらを話している時のNさんは対面していた調査員の背後の何かを目で追っているような様子であった。
調査員は振り向かず、Nさんを見たまま今何か感じますかと問いかけるも、Nさんは確実に何かを目で追いながら「ヨシミが見よる」と小さく呟いた。この際怪異汚染の数値を再度測定したが、変わらず微弱であった。
Nさんの口数も少なく、調査に必要な手がかりが不足していたため、Nさんの精神状態を注意深くチェックしながら「ヨシミ」についての聞き取りに入った。

※これより先は諸事情により調査員の直筆メモをそのまま書き起こしています。

[ヨシミのこと]
・ドアに鍵
・すり抜けて廊下を4回這いずる
・昼間はよく動く
・最近はっきり見えるようになった
・足音だと思っていた音→床に頭を擦り付けていた
・基本の動き 膝を立てて座り込んだ姿勢のまま床を這う
・口を大きく開けている
・立ち上がり歩く日が増えた
・背が高く痩せていて手足が枝のよう
・走ることがある
・「ヨシミ」 と言う
・出られないように、ドア
・ドア

・昔飼ってた、

・ひがあつひきまね(解読不能)

・ヨシミ




『ヨシミ』の件を担当していた調査員はこの日一度学会施設へ戻る。その際調査員の様子に違和感を持った別の職員が怪異汚染の数値を測定するが特に異常はなかった。
担当調査員が自分の書いたメモを見るとNさんに『ヨシミ』についての聞き取りをしている記録が残っていたが、その時の記憶が抜け落ちていた。またNさん宅から学会施設へ帰るまでのこともよく覚えてない様子であった。担当調査員の安全を考慮し、他の調査員数名が翌日Nさん宅へ再度調査に向かう運びとなった。

翌日調査員数名は、担当調査員から正確な住所を引き継ぎNさん宅を訪ねた。
そこには朽ちた民家があり、人の気配は無かった。家の中は異様に黒く、昔火災が起きてそのまま放置されたような状態だった。
担当調査員に確認を取ると、場所や外観は間違いなく昨日訪れたNさん宅であると回答した。改めて怪異汚染の数値を計測するも、初日同様“微弱”であったため、念のため中に異常がないか確認作業をした。
外からの光が入らず、煤だらけの黒い家の中は照明をあててもなお暗かった。順に部屋を確認していくと、かつて何の部屋だったのかも分からない部屋がほとんどだったが、一室だけ妙に状態の良い部屋を発見した。

その部屋は元々建っていた家にむりやり増築したような作りだった。外から見ると増築部分も燃えた形跡があったが、そこには燃えた形跡のない畳が敷かれていた。たまたま燃え残ったにしては状態が良く見えた。
畳の中央には真っ白な布団が一組敷かれ、側には煤けた鎖が落ちていた。
※この時、資料として何枚か写真を撮ったが、機材不良のためただの黒い画像となった。

慎重に周囲を調べると、布団の中には綺麗に束ねられた60㎝ほどのまっすぐな黒髪と、「■■ドロップス」とプリントされた市販の飴の缶がみつかった。
缶は開封済みのものであり、蓋を開けると乾いた白っぽい粉が缶いっぱいに詰まっていた。調査員たちはこれを遺骨であるとその場で推測した。
この際、現場にいた調査員全員が「もうおらん」という男性の声を聞いた。声は、特に煤で真っ黒になった部屋(居間だと思われる)の方からはっきりと聞こえた。
この時点でNさんの存在は確認出来ていなかったため、しばらく家の中や周辺の雑木林を捜索したが人の姿はどこにもなかった。
調査員たちは畳の部屋に戻り、髪の毛と缶を元の位置に戻してから警察へ全てを引き継ぐと同時に、学会での調査はそこで打ち切りとなった。




この件の調査が打ち切りとなってからしばらくして、最初にNさんと接触した調査員の個人端末に覚えのない音声が録音されていたことに気が付く。
音声には調査員本人が質問をする声も入っていることから、Nさん宅で“ヨシミ”のことについて聞き取りを行った際のものであることがわかった。

以下、音声の書き起こしを行った。
(ノイズが酷く、聞き取れる箇所は限られている)


(調査員)「では今は、な■■見え■ますか?」

(Nさん)「ヨシミ■、見■■」

(調査員)「目で追■■い■のが、■■■さんで■■」

(Nさん)「違う」

(調査員)「ヨシミ■んとは、いっ■■な■ですか?」

(Nさん)「■■■■(酷いノイズ)な■■と思■■る」

(調査員)「な■か■■た■ことはあ■■■か?」

(Nさん)「ヨシミが■■って■て、うれしかった」

(???)「んあなぁあ」

(調査員)「なん■■■■(しばらく酷いノイズ)」

  (※ここでノイズが消えクリアな音質になる)

(Nさん)「この子が、遠くへ行けたらいいとおもう」



Nさんの言葉を最後に、マイクに人の手が触れるような音がして録音は終了した。
音声データとしてNさんの存在は確認できたが、不明な点があまりにも多い。またNさんとやり取りをした調査員の記憶が消えるなど、怪異汚染の影響を受けている可能性が高いにも関わらず、計測した数値に反映されないのが不可解な点である。

“ヨシミ”とは何なのか、Nさんは何者なのか、両者はどのような関係性なのか、なぜ学会へ通報してきたのか、畳の部屋にはどのような意図があったのか。
全てが謎のままこれ以上の調査を断念したため、考察ではなく憶測として『ヨシミ』に関する一連の流れをまとめる。


【憶測】
・“ヨシミ”を部屋に閉じ込めていた
・来客などには部屋の物音を飼っている生き物(ペット)として説明していた
・“ヨシミ”は何かしらの障害を持つ人間であった可能性
・Nさんは“ヨシミ”が遠くへ行けたらいいと願いながら閉じ込め続けていた
・“ヨシミ”が亡くなってもその気配は家の中に在り続けた(畳の部屋は供養の意?)
・Nさん(火災で亡くなった可能性)も家の中に在り続けた
・“ヨシミ”の身を案じて家に閉じ込め続けるNさんの生活が煤の家で繰り返される
・Nさんは第三者(調査員)を介入させることで延々と続くループを絶ちきろうとした
・“ヨシミ”は今、遠くへ行っている可能性がある


怪異汚染の計測結果が伴っていなかった点について、特定の条件で正確な数値が出ない危険性があるため、現在原因を調査中である。

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