開けたのは誰か

『開けたのは誰か』2024年９月 日本怪異調査学会会報誌より抜粋

【概要】
2024年８月、失踪中の調査員と一般市民が接触したとの報告を受け、一般市民への聴取を行った。

【経緯】
［調査員の失踪］
・1995年、民家Ｔへ調査へ向かう旨の報告を最後に、フリーの調査員 会員名：水谷知正 (ミズヤトモマサ　以下Ｍとする)と音信不通となる。
・過去、①1999年７月、②2006年11月、③2013年４月にＭの目撃情報あり。いずれもＭを知る調査員からの報告。
・報告内容
①Ｍと似た人物が失踪当時の服装(旧式の調査員用コート)のまま橋の上をひとりで歩いていた
②同様の姿で山に面した道路横の斜面をのぼっていた
③Ｍを名乗る人物と調査員が接触。「ただいま」と繰り返すＭに調査員はＭが自分の意思で帰ってきたと判断し保護するも、隙をついて再び姿を消す。のちに調査員の報告書にて「ただいま」ではなく正確には「タダキマ」という単語を発していたことが明らかとなる。

・2018年５月、民家Ｔへ別件の調査中に学会関係者の所持品を調査員が発見。その後、Ｍの所持品であることが判明する。
(以下、報告書から抜粋)
［民家Ｔで学会関係者と思われる荷物を発見。住民は詳細を把握していないが「ミケツモノ」「タビノモノ」と呼ばれ離れの倉庫に厳重に保管してあった模様。フィルムカメラ、大量のネガ、道具箱、旧式個人札など。

　
　
　

木製の道具箱は油彩セットの再利用、内部道具の種類から生物あるいは植物に関する怪異報告を担当していたと思われる。個人札については旧式の研究室にかけられていた物と形状が一致するが、学会に「二-三〇」という管理番号は存在しない。］

・2024年８月、一般市民とＭが接触しているところを調査員が目撃。一般市民に任意での聴取を行った。この一般市民とされる人物は■■■である(※個人情報保護のため一部伏せ字とする)

【聴取内容】
［一般市民の証言］
(録音音声からの書き起こし)
「またここへ来てしまいました。今回も散歩をしていただけなんです、ほんとに。こんなに暑いのに重たいコートなんて着てたら誰でも妙だと思うでしょう？　どうしたのかなって、ちょっとだけ目で追ったんです。そうしたらたまたま目が合っちゃって、うわヤバって思った後の記憶があんまり無いんです。どうしてそうなったのか、私はいつの間にかその人と何かを話しながら一緒に坂道を歩いていました。ゆるい上り坂です」
「はい、名前はたしか……ミヤモトマサカズ (※Ｍの本名　調査員は呪詛対策として偽名を使う)」
「え、確かにそう名乗ったはずですけど。律儀にフルネームで教えてくれるんだ、って思った記憶があります」
「そうですね、目立った行動というほどではないのですが、私がポケットから飴を出した瞬間に貰えると思ったのか『いただきます』って何度か言ってましたね。別にあげるなんて言ってないんですけど、お腹が減ってるのかなと思ってそのままあげることにしました」
「どこから来たか、ですか？　それは■■町の■■■宅の頑丈な頑丈な鉄扉あかない嵌められた何日経った鳴り止まないうるさいだまれなにを頂く静かにいただきますいただきますなにを、おれを、あああけ、あ………………。うーん、特に何も言ってなかったと思いますよ」
「あれ、私なにか変なこと言いました？」
「そうですか」
「なんですか、鉄の？　あぁ、それは、あいたんです」
「そう、あいたんです。あけられたんです」
「あいたんですよ、あけられたんです」
「あいたんです、あけられたんです」
(聴取の続行が困難な状況となったためここで終了)

【考察】
・調査員が聞いたＭの「タダキマ」は「イタダキマス」の可能性
・民家ＴにあったＭの所持品「ミケツモノ」は「御饌(ミケ)＝神へ供える食事　津(ツ)＝の　モノ＝物」であり、Ｍ自身が御饌となったことを表している
・同じく「タビノモノ」はＭが外から来た者(マレビト)であることを示している。マレビトはその土地の贄とされることがある
・市民がトランス状態となった証言をＭの身に起きた事実として仮定すれば、Ｍは蔵のような頑丈な鉄扉のある場所に監禁されていた可能性がある
・市民の証言「あいたんです」は鉄の扉が開いたことを指している

【あけたのは誰か】
「あいたんです、あけられたんです」には三通りの読み方が可能である。
①“一般市民”が鉄扉を開けることが出来た
②“何者か”が鉄扉を開けたところを一般市民が目撃した
③“Ｍ本人”が鉄扉を開けたことを一般市民がトランス状態となりＭ目線で代弁した

現在もＭは未だ失踪扱いとなっており捜索中である。
Ｍの身に何が起きたのか、何故数年おきに姿を見せるのか、それは何を意味しているのか、現時点では不明。
今後もＭに関する情報提供を求める。

※一般市民は聴取の後に元に戻り、精神状態に問題はなし。