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二人から咲かす夢の花

「家族皆で、楽しい食卓を囲み続けたい」

僕が、子どもの頃からずっと願い続けてきたこと。

楽しい食卓が、全くなかったわけじゃない。

けれど、皆が楽しめて笑顔になれるような食卓が、"ずっと続くこと"はなかった。

父と母は楽しそうに笑っていても、祖母は楽しくなさそうにしていたり、祖母や父だけが楽しそうで、母や僕は黙々と食べていたり・・・

どれだけ『美味しいもの』を食べさせてもらっても、『食卓を囲む皆が楽しくなること』は、稀だった。

最低でも誰か1人は、我慢をしていたように思う。

同じ食卓を囲んでいても、各々が、せめて"自分1人だけの美味しさ"を味わおうと、苦心していたように思う。

「美味しい食事よりも、楽しい食事をしたい」

大人になって、改めて家族と向き合い出してから、伝え続けてきたこと。

ただそれだけのことなのに、毎日続けるとなると、大変だ。

食卓を囲む1人1人のクセや個性があるし、日によって、ご機嫌や心の状態も移ろうから。


・・・だけど、僕はこの夢を咲かせたい。

希望の道筋は、見えている。

自分がやるべきことは、分かってる。

だからこそ、同じ食卓を囲む家族1人1人の変化を見逃さず、孤立させたくない。

バラバラで在りたくない。

「俺は肉がスキだ」
「私は野菜がスキ」
「あたしゃ魚がスキだよ」

1人1人のスキが違っていてもいい。

多様であっていい。

その上で、同じ食卓を囲み、互いの微笑みが溶け合うことが大切だ。

「美味しい食事」のために誰か1人が笑顔を忘れてしまうような環境を、放っておきたくない。

智恵と信頼と仁(愛)を、欠かさずに。


智恵をもってして、流れ出しそうな心を繋ぎ止めたい。


信頼をもってして、粋な想いを養う土壌を育みたい。


愛をもってして、笑顔咲く花を芽吹かせたい。


・・・僕がこれまでに選択してきたことの全ては、この願いに通じていたのだと、今ならそう思える。

そして、この夢は1人じゃ叶わない。

しかし、ただ周りに誰かが居てくれればいいわけでもない。

自分は自分で、相手は相手で、互いが溶け合わないと、決して叶わない。

まずは1人から水を注ぎ始め、根を張りながら、2人から初めて咲かすことのできる夢だ。

家族が増えれば、もっと大きくすることもできる、壮大な夢だ。


咲いた花を枯らしてしまわぬよう、優しさに溢れた水を注ぎ、希望に満ちた光を照らすことを忘れずにいたい。

夜に呑み込まれそうな時は、日常に木漏れる温かみを頼りに、1人じゃないことを確かめたい。

朝陽を待ち侘びて、花木を芽吹かせよう。

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他者の日常を想像し、共に、非日常を創造したい。

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・・・読んでいただきありがとうございます(*^^*)



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