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【対談】烏丸ストロークロックの道草 第1回 次元を超える「神楽」なるもの (八卷寿文×柳沼昭徳)《前編》

京都の劇団・烏丸ストロークロックが、創作・上演とは角度を変え、メンバーと劇団の「今」を発信していくための新企画「烏丸ストロークロックの道草」。ジャンルを超えた方々との対話を介し、自らの思索や課題、めざすべきところを見出し、発信するという新たなチャレンジです。第一回目のゲストは宮城県仙台市を拠点に、多彩な活動を展開するアーティスト・八卷寿文さん。劇団代表・柳沼昭徳を「神楽」と結び合わせた、深い視座と経験知から湧き出る言葉に耳を傾ける時間をシリーズの始まりとします。
"烏丸ストロークロックの道草"について

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八卷寿文(やまき・としぶみ)
1956年仙台市生まれ。
高校卒業後フランス留学、リトグラフを学ぶ。
帰国後、1977年より舞台照明の仕事に就く(東京)。1980年
より画家として生活(岡山)。その後、仙台市へ戻り宮城教育
大学に所属、美術家としてのインスタレーションや、舞踏と
のコラボレーションを各地の街頭や野外でおこなう。自身の
活動と並行し、仙台市市民文化事業団職員として、「せんだ
い演劇工房10-BOX」工房長、「せんだい3.11メモリア
ル交流館」館長を歴任。10-BOX工房長在任中、神楽など東
北の無形文化財を地元に広く紹介していくことを目的に、移
動組立式の神楽舞台の製作を提案・主導し、東北の神楽団体
を招聘するなどのイベントを開催。(現在は、毎年10月に仙
台市歴史民俗資料館敷地内にて、「れきみん秋祭り」として
開催)。この経験から、東日本大震災にて被災した雄勝法印
神楽の復興プロジェクトにも携わる。
2001年、日本照明家協会奨励賞受賞。2006年、宮城県芸術選奨。

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柳沼昭徳(やぎぬま・あきのり)
劇作家・演出家。1976年京都市生まれ。
近畿大学在学中の1999年に「烏丸ストロークロック」を旗
揚げ、京都を拠点に国内各地で演劇活動を行う。作品のモチ
ーフとなる地域での取材やフィールドワークを元に短編作品
を重ね、数年かけて長編作品へと昇華させていく創作スタイ
ルが評価されている。近年では地域に伝わる神楽や祭、山伏
文化とその精神性に触れ、『まほろばの景』(2018)は日
本古来の感覚を呼び覚ます作品として反響を得る。また、
俳優・スタッフには関西外からも多く人材を起用、ワーク
ショップや市民参加型の創作も多数手がけ、団体や地域の
垣根を越えた活動の中で、地方都市での持続可能な創作の
形を追求している。第60回岸田國士戯曲賞ノミネート。
平成28年度京都市芸術新人賞受賞。

《前編》現代演劇を補完する神楽の成り立ちと表現

神楽との「出会い」を導いた人

柳沼 ここ5年ほどの自分の創作を振り返ってみるに、ほぼ全ての作品が神楽に直接的もしくは間接的な影響を受けたものなんです。そのことの根源にあるのが八卷さんとの出会い。八卷さんとのご縁がなければ、僕は神楽に出会っていなかったかも知れない訳で。
八卷
 興味はあっても、ここまでグググと神楽に踏み込んではいなかったかも知れないね。
柳沼
 僕にとっての「神楽の師」です。
八卷 柳沼さんとはいつも、走りながらすれ違い様の会話をしてきたような気がして、実は何を喋ったのかよく覚えてないんです(笑)。「コレだけは言わなきゃ」ということをポンと渡して別れ、次の機会も同様にということの繰り返しで、でもだからこそ普段とは違うフックのかかった会話ができていたのかも知れない。
柳沼 だとしたら、本当に有難いですね。
八卷 昨日は岩手県花巻市の早池峰(はやちね)神社例大祭宵宮に行き、一緒に早池峰神楽を見たでしょう。僕は東北に生まれて東北が大好きで、国内外で野良犬みたいな暮らしもしたけれど(笑)、神楽に関しては東北のものしか見たことはないんです。でも、それで十分だと昨夜も思ったな。
 日が暮れていくと空が暗色のグラデーションになり、足元から闇が迫って来る。逆に神楽舞台は、その闇の上に明るく浮き上がって見える。その光景は寺山修司や宮沢賢治、土方巽らの作品、ドロッとした闇を内包する東北ならではの表現のルーツを、今に伝えているんじゃないかと思うんですよ。あれは日本の、忘れてはいけない多様な表現要素の一つじゃないかな、東北びいきが過ぎるかも知れないけれど(笑)。
柳沼 そんなことはないと思います。あの硬軟取り混ぜた表現と、そこから生まれる観客との一体感や活力がうねり、それが集落や人にみなぎる感覚は、僕にとっても他では味わえないものでした。
八卷 神楽をつくり、舞う人は命懸けで純粋に臨んでいる姿を、観客は案外気楽に、笑ったり野次を飛ばしたりしながら観ているでしょう? 反面、子どもたちが夢中になって観ているうちに、手近な木の枝を剣に、大きな葉っぱを扇のように使って舞を真似始めたりする。それは古典芸能や文化遺産などというくくりを超え、その場で観る人にとって「かっこいい!」「面白い‼」と思えるからで、それこそが神楽の魅力の核心だと僕は思うんだ。

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2019年7月31日、八巻さんと訪れた、岩手県花巻市大迫町、
早池峰山のふもとに立つ早池峰神社。この日は年に一度の
例大祭の宵宮がとりおこなわれました。本殿での祭儀が行
われたあと、神楽舞台にて岳神楽、大償神楽(現在では、
この二つ神楽の総称を早池峰神楽と呼びます。)の奉納が
行われます。地元地域の人々と県外からも多く訪れる見物
客に見守られる中、奉納は深夜にまでおよびます。
(写真撮影:相沢由介)

現代演劇とは時間の概念が異なる神楽

柳沼 早池峰神楽を観たのは昨年に続き二度目で、他に福島県の福田十二神楽、宮城県の牛袋(うしふくろ)法印神楽を観ていて、法印系(修験者、山伏によって伝えられた神楽)をたどって早池峰にたどり着いた感じです。
 最初は「信仰と芸能」というところが自分の中で引っ掛かって。舞の振りにも、修験者が印を結ぶ所作などが取り入れられている。また一回で10番近く舞う神楽が、最終的には権現舞(東北地方の法印系神楽に観られる二人で演じる獅子舞)に集約されていく。あの神聖な時間と空間は、僕ら現代演劇ではやろうとしても叶わない憧れのようなものを感じています。
八卷
 芸術は信仰から発展・展開するものだけれど、それがいつか信仰から離れて芸術だけで独立していくべきだと、特に現代人は思い込んでいる節があるんじゃないかな。
柳沼
 確かに。
八卷
 それはそれで否定しなくてもいいことだけれど、日本には日本人独特の芸術があるのに、それを日本人が十分に分析できていないと僕には思える。合理性や科学的検証は抜きにして、気持ちと信仰、芸能が繋がっていて何が悪い、と。むしろそれを手放したら、日本人には何が残るのかと思う。
 「現代演劇には神楽が内包する時空間をつくり出せない」と柳沼さんは言うけれど、でもあなたが広島の演劇人と、地域の方の戦争・被爆体験を聞き取りながらつくった作品(広島アクターズラボ『新平和』)は、時間を超えて多くの人の想いが爆心地である相生橋(現在は平和記念公園になっている爆心地・旧中島地区へと渡る橋)に集約する。それは神楽に似ていているなと思ったんですよ。
 最初につくり、舞い始めた人々はもう存在しないけれど、神楽は現在まで何百年も連綿と続いている。時間を一方向に流れるものと考えると、時計の針が刻む「一瞬」の前にあるのは全てが過去で、逆に「一瞬」の先は全て未来ということになる。でもそれは科学的な考え方で、神楽や演劇の最中に流れる「想いの時間」の中では全てが現在に連なった、つまりは「今」になるんじゃないか、と。始まりや過去に何があったかを知らなくとも、神楽の舞手が舞い・舞わされる時間は常に「今」で、劇中の相生橋に流れた時間も、切り口は語り手の数だけ違うけれど、神楽の「今」と同じ質のものだと僕には感じられたんです。
柳沼
 八卷さんにそう言っていただけると、とても嬉しいです。

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・映像 早池峰神楽 岳神楽手作り村公演 諷誦の舞
・映像 福田十二神楽~2013年5月の祭~
・写真 広島アクターズラボ『新平和』(作・演出・構成:柳沼昭徳)
 2019年6月@広島市

集団の共通認識が芸術と表現を支える

八卷 神楽のリアリティは、人が思いつきでつくれるようなものではないというところがすごく大きくて。例えば東日本大震災という人知を超えた圧倒的なリアルも、神楽にある切り口で考えれば、いつまでも後代に伝えるべき「今」をつくることができる、その可能性があると思うんです。現代演劇で人工的に、そういった時空間をつくるにはどうすべきかには、大きな問題があるんじゃないかな。
柳沼
 『新平和』の原爆に関する話でいうと、禁じ手を「原爆そのものを描写しない」ということにしていたんです。原爆が投下され、炸裂して人間がどのような物理的外傷を負ったか、というようなことは劇中で描かない。それは昨今の原爆劇と呼ばれる作品群での不文律のようになっているんです。
 神楽もそうだと思いますが、作品以前に地域や共同体が前提として共有しているものがありますよね? その土地の共通言語や認識のうえに成り立っているというか。
八卷
 神楽は地域の人々の拠り所だよね。
柳沼
 だから例えば人智を超えた出来事、「巨大地震があり、起きた津波が町と人とを飲み込んだ」「戦争と原子爆弾で多くの人が傷つき亡くなった」ということが頭の中にあって、作品を観るならば神楽と同じことが起きるのではないか、と思うんです。
八卷 そうかも知れない。神楽の歴史でいえば、五穀豊穣を願っているのに大飢饉が来て人がたくさん亡くなる、その中でも喜びの舞を踊るということもある。非常に大きなショックを受けると、人間はDNAの中にそのことが刻まれるというけれど、そういうことの積み重ねがヒタヒタとあるのかも知れないね、つくる側にも観る側にも。

取材・文 大堀久美子
写真撮影 相沢由介

《後編》「つくる」ことを見直すための対話






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