恐怖の正体 その3

頭を落とす姿勢

恐怖の正体は胴体。
これが一応の答え。しかし、そう簡単には受け入れられないと思う。それは当然。そして、それぞれがまた、本当の正体とは何か、と問い続ける事で、結果として恐怖を気にしないで動き続ける、という力を与えてくれる。
ただ、私の中では確信。恐怖が出てきたなら、すぐに、頭を落とし、身体を縛られないようにする、それが決まった。

恐怖は胴体に生まれる。ならば、その胴体を切り捨てればいい、それぐらい単純。とはいえ、胴体には仕事をし続けてもらわなくてはならない。食事をとり、栄養を得て、要らないものを出す。
そして、手足を動かし続けるために、胴体はその中心、支えとなっていなくてはならない。
仕事は与え、切り捨てる。なんと横柄な事だろう。しかし、胴体もわかっている。一度恐怖に襲われてしまえば手足、頭もろとも死んでしまう事を知っている。だからこそ、有事の時には喜んで切り捨てられる事が出来るようだ。

首について

では、改めて「頭を落とす姿勢」を成立させる際の「首」の使い方について説明をする。
首が重要、しかし、首を大切にしてはいつまでも捨てられない、頭は胴体に縛られたまま。恐怖に襲われれば思考は止まる

首は背骨だ。これは当たり前な事。仙骨から腰椎、胸椎、頚椎とつながり、頭がある。
恐怖は背骨を通って頭を縛る。だからこそ、頭を落として、脳を自由にさせてあげたい。この時、カギになるのが「どの首で切るか」だ。

首の骨は7つ。これは人間として決まっている事。医者、治療家、身体に関わるものならだれもが知っている事だ。しかし、この首をうまく使わなくてはいけない仕事が減ってしまった。構造は覚える事が出来ても、経験を失ってしまっている。
機械やコンピュータが仕事をするようになり、私たちの身体がどうであれ、成果を出すようになってしまった。成功するかどうか、運の力が幅を利かせてきている。

私の稽古は単純。とにかく、身体に新しい動きを見つける稽古をしている。そして、首には7つの骨があり、それをどうするか、これまでもずっと、考えてきた。
しかし、まさか、「捨てる」とは思いもよらなかった

稽古が進み、より困難な状況を、と求めていった時、たまたま出てきた姿勢が「頭を落とす姿勢」だった。
その時に生まれてきた日常感。目の前には恐怖を生み出すものがあるにも関わらず、それを気にしない自分がいた事に気づいた。
経験をして認識を得ればそれを再度、意志の力で再現できるようにするだけ。この時、あれこれ首を動かしてみて結局、「捨てる」という事だと気づいた。

首を捨てる時、背骨の一番先っぽ、頚椎の1番と言われるところから落とす。ただ、1番は頭蓋骨ともつながっているとも聞いたので、実質的には2番かもしれない。まぁ、とにかく、首の付け根は意識をしないように、動かさないようにする、という事に注意をすれば難しくない

ただ、難しい人もいる。それはこれまで首を大切にしてきた人たち。
仙骨から延びる背骨。正中線を形作るもの。そのラインにチャクラもあり、先輩、師匠、先師をたどれば何千年もそれを大切にしてきたならば、簡単には捨てられないはず。

教えを守るのは大切だし、意味がある。ただ、命ある今この瞬間、出来ない事があり、それに苦しめられている、としたならがむしゃらにやれる事をやってもいいと思う。
その経験を通して、選択の幅を広げてみて、その上で信じたいもの、守りたいものを決めたら、より、真剣に人生を生きられるはず。

頭を落とせば胴体を捨てられ、恐怖が消える
これが伝えたい事だ。自分の中の気持ちがどれほど変わるか、これは経験をしてみなければわからない。
そもそも、私が怖い、と思っているものも、他人は怖くなかったりする。自分の中に生まれた恐怖と向き合い、実験をする。これが一人稽古だ。

次回は頭を落とした事で思考が主役になった事で生まれてくる動きを紹介していきたい。

【稽古予定】参加受付中
5/22(土)神奈川川崎稽古
5/29(土)甲野善紀浜松稽古

5/8(土) 浜松
5/9(日) 名古屋緑区
5/12(水) 名古屋緑区
5/21(金) 名古屋熱田
5/26(水) 名古屋緑区
5/27(木) 瀬戸ヒーリング
5/28 (金) 名古屋東山

詳細はウェブサイトで。
カラダラボ ウェブサイト

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