気配の消し方 その3

子供の時からずっと、臆病で過ごしている。人と争うのは苦手。それなのに、たまたま武道の家に生まれ技を学んでしまった。知ってはいるが使えない、というのはなかなか苦しい。言いたい事を言えず、心の奥にためてしまう。身体が硬いのはそんな影響かもしれない(笑)。

思いがけず、前回、「骨盤は立ててはいけない」、と書いてしまった。言葉にすれば形が生まれ、方向がでる方向性の違いは争いの種になりかねない。
しかし、身体感覚を言葉にしているうちに自分でも気がつかなかった無意識の思いが外に出てきた。骨盤を立てれば背骨が生きる。ただ、背骨を生かすには首の太さ、丈夫さが必須人との物理的衝突の中ではそれは維持できない。ならばそれを選んでは楽しく過ごすことなどできない、そんな確信が出てしまった。

組織を作れば争いにもなる。ただ、一人稽古ならまぁ、争いになったとしても流していける。相手にもされない。もし、それでも、向かってきてくれるなら、その術理を試してもらえる。一対一、身体を向き合わせて立ち合えば身体感覚が伝わる。
私が知らない背骨、体幹の使い方を見せてくれる事もあるだろうし、私が言う首の弱さを認めて、背骨を捨てる、という使い方の意味も分かるかと思いう。
稽古会ではそれぞれが持つ確信を衝突を通して確かめていく「研究」をしている。もし参加する機会があれば、ぜひ、遠慮なく、確かにしている信念を形にして研究材料として欲しい。

気配を消す姿勢

話がすぐに道にそれる。丁寧に形としての姿勢を残しておきたい。とはいえ、これもまたすぐにバージョンアップがあるはず。ただ、根っこは同じ。より細かいコツを聞くにしても、根本としての姿勢が必要。

日本と西洋は違う。東洋と西洋との違いではなく、日本と西洋だ。同じ東洋でも中国は椅子の文化。長い時間をかけて大陸の中でせめぎあい、争いを勝ち残った者は身体も丈夫。
対して日本は島国。早くから世界と「孤立」している。孤立したのにはいろいろと意見があるだろうが、私は「弱かったから」だとみている。追い出されるようにしてこの島国住み着いた

元々の弱さがあり、さらに老いがやってくる。資源も乏しく、台風地震など自然の猛威もある。強くなろうとしても無理だ。
だからこそ、自然と知恵を働かせられたのではないだろうか。そしてその知恵は「弱さ」を生かす事で働きを生む身体の性質を見つけた。これから話す姿勢はそんな思いをベースにしたもの。

まず、一つ目、「頭を落とす」
これにより、胴体を捨てる事が出来、気にしなくてもよくなる。威力はすごいが、これが一番大変。背骨、骨盤、インナーマッスル。どんな栄養を取るか、なども必要ない(笑)。良いと思う事、悪いと思う事、そのすべてを捨てなくてはならない。とにかく、胴体は忘れたい

頭を落とした姿勢はがっかりして見える。確かにそうだ。絶望感だって見える。しかし、それは胴体を切り離した直後だから。胴体という親を亡くし、落ち込むのは当然。しかし、それを受け入れれば自然と頭が動き出す。胴体では難しかった「後ろ」にだって頭は動く。胴体という親にはできなかった事を頭という子供は簡単にやってしまうのだ。

頭を落とせば自由になる。胴体の動きと比べたならこれでも気配は消えるが、これで満足してはいけない。さらにもっと自由になれる
頭は動くが、その頭もさらに捨てる。何を見るかを考えるのではなく、目が見たものに引かれ事も出来るようになる。これがまた、速いのだ。

ただ、ここでも終わらない。本当に人の身体は精妙だ。「外にあるもの」に引かれて目が動くのだが、それは「外にあるもの」の存在を認めるきっかけになる。普段見えていなかったものを見て、それに任せて動きを作る。「気配の消し方」シリーズのポイントはここ。

外にあるもの、それは「空気」、そして身体には「大気圧」という力がかかる。大気の存在を認める。言葉にすれば当たり前だが、それを身体で表現できていなければ、知ってはいるけど、わかっていない、という事になる。なかなか「わかる」というのは難しい。まず、「わかっていない」、という事を受け入れなくてはいけないからだ。

私を地面へと押し付ける力はたまたま見つかった。頭を落とし成果を得た事で調子に乗り、もっと強さを手放したらどうだろう、と弱さを求めてみた。その姿勢が腰を曲げ、空気を背中に背負う姿勢だった。
とはいえ、ただ腰を曲げれば力は腰や膝にたまる。頭を落とした姿勢が身についていればいいのだが、聞いてしまったコツはすぐに使いたくなる。その前段階が出来るようになるのを待ってはいられない(笑)。

腰を曲げる姿勢は老人そのもの。しかし、私たちの頭は老人の姿勢をダメな姿勢としてみてしまっている。老人もまた、若い時の背筋を伸ばし、胸を堂々と張った姿勢に未練を残している。なかなか腰を曲げた姿勢に力を認め、それを心底求める気持ちにはなれない。
気持ちに引っ張ってもらえないのが腰を曲げた姿勢。だからこそ、淡々と姿勢を変えていくポイントを知らなくてはならない。

腰は曲げられるが、膝に体重を乗せてはいけない
頭を落とせば、重心は前へと行くが、単なる前重心ではなく、立体的に重心を見てほしい。
頭を落とした時、重心が腰からいったん上へとあがり、首をバイパスして頭が下へと落ちる。円を描くように重心が前へと進む。
腰を曲げるのはその次。頭を落としてからだ。首に力を入れないようにして腰を曲げると、肩甲骨の面あたりの背中に大気圧がかかるのが分かる。「わかる」と言っても、実際にそれで動かれた時の感触を比べなければ見逃してしまいかねないほど僅かなもの。しかし、そのわずかな大気圧が身体を押しつぶすように働き、上半身が前へと転がっていくようになる。この時の動きこそ、「気配のない動き」。

気配がないのは当たり前。自然落下を理想としているから。
カードを手に持ち、指を話せばカードは自然に落ちる。この時のカードには気配がない。それと同じだ。
理屈はわかっても難しいのは「健康すぎる」から

大気圧に苦しむ事なく立ててしまうから、腹や腰に力を入れて背筋を伸ばしてしまい、土台を作り、力強い腕に仕事を任せてしまいがち
自分よりも弱い相手にならこれでもいいが、自分よりも力強い相手にこれでは戦えない。

しかし、気配がなければ力の大小の問題はなくなる。常に、自分が好きなように動き、相手の反応を見る事が出来るようになる。戦い方ががらりと変わる。
どれだけ書いても、物足らない。言い忘れている事が次々に頭に湧いてくる。それでも、頭を落とし、腰を曲げれば最低限の姿勢がそこに出来上がる。その時、頭と胴体に「釣瓶井戸」のような重心の働きを見つけられたら相当いい。
うまく頭の重さが外へとでれば、「足裏が浮く」。浮くだなんて、と思うかもしれないが、身体の構造からみれば「当たり前」なものだ。

キリがないので「気配の消し方」はこれでひとまず終わり。
ただ、この先もある。気配を消すのに大気圧という「見えない力」を認識する必要があった。その力を背中に受け、動きに変える事をしなければ気配のない動きは手に入らない。
気配のない動きが身についてくれば「見えない力」を疑う自分は消えているはず。

この大気圧を原動力にする動きを手放してみた時現れてくるのが「両手の力」。左右という二つの力を生かす事で「イメージする」という力が現れてきた。次回からはそれについて書いていきたい。

頭を落として、目を自由にして、腰を曲げ大気圧に気づき気配を消すさらにそこからイメージ力を現実の世界にどう生かすか、これまでとはまるで違う世界の話をしている。来週22日、神奈川県川崎市で行う稽古ではこれらを一気に話をする。話は分からなくても、身体で動きを経験して、今後の稽古の手がかりとしてくれたらなぁ、と思います。

【稽古予定】参加受付中
5/22(土)神奈川川崎稽古
5/29(土)甲野善紀浜松稽古

5/21(金) 名古屋熱田
5/26(水) 名古屋緑区
5/27(木) 瀬戸ヒーリング
5/28 (金) 名古屋東山

詳細はウェブサイトで。
カラダラボ ウェブサイト


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