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ライターになった自分から、大学時代の私へ

文章に対する後悔


もっとたくさん文章を残しておくべきだった。ライターになって7カ月目の私の一番の後悔だ。

文章を紡ぐ仕事に就くまで、私の中で一番の表現技法は言語でも美術でもなく「音楽」だった。
私の中で音楽は、考える前に心で感じるもの。
目に見えないのに、言葉では言い表せない情景やディティールを心の手で触れられる最強の「表現技法」。

音大時代の私はとにかく音を紡ぐことにだけ注力し、一番人生で一番貴重で多感だった時期の言葉を残していなかった。

残せる芸術と残せない芸術

音楽は「生」の芸術。
心に移入する力はあるものの、残せない。
もちろん録音すれば残せないことはないが、奏者が全身全霊をかけて出す音と空気感は1度きりのものだ。
これは音楽の醍醐味であり、同時にデメリットにも感じられる。

対して文章や絵は残せる芸術だ。
言葉を厳選し推敲を重ねることで、当時の情景を鮮明に思い起こさせる文章も作れる。
文章を書く過程で感じたことについて振り返り、より深い思考にも繋がる。

それに気づいた今、日記やブログの大切さを噛みしめている。

「文章に残すなんて恥ずかしい」と思っていた頃の私へ

「感情を文章に残すなんてナルシストみたいで恥ずかしい」「文章よりも音楽のほうが伝わるし」
そんな風に考えていた大学時代の私に伝えたい。

今のあなたにしか感じれない感情、情景をしっかり記録してほしい。
大勢の前で自分が創りあげたものをさらけ出す怖さ、本番前の特別な緊張感、コンクールで落ちて悔しかったこと、体を壊すまで弾いた時のこと、ショパンの音楽から自分が読み取った感情、この曲を通じて何を伝えたかったのか、友達の演奏を聴いて思ったこと…。
今は気づけないかもしれないけれど、どの状況も大事じゃない感情なんてない。

最初は拙い語彙でもいい、誰にも見せなくてもいい、書きなぐってもいい。
感情のままに、自分の好きなままで文章を残すこと。
どうか文章を通じて自分の感情と向き合って欲しい。
それはきっと、あなたの心と音楽をよりよくしてくれる。
これが、ライターの私から音大生の私に伝えたい「文章の大切さ」だ。

もう大学時代には戻れないけれど、この発見をこれからも大切に伸ばしていきたい。

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