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『スパイの妻』のウラバナシ(2)

 発売から数日過ぎまして、もう読み終えた、という方もいらっしゃいますかね。高橋一生さん、蒼井優さんファンの皆さんは、無事、帯ゲットできましたでしょうか。

 僕の作品をいつも読んでくださっている方は、え、こういうのも書くの?と思ったかもしれません。帯欲しい勢のみなさんも、折角のご縁なので、小説もお楽しみいただければ大変幸いでございます。そしてもし気に入って頂けたら、他の作品も……ゲフンゲフン。

 まあ、著者名だけでも覚えて頂ければ、みたいなね。

 というわけで、今回はウラバナシ二回目。

■短い?

 さて、『スパイの妻』ノベライズのお仕事を引き受けまして、じゃあ何を基本に書き始めるかと言いますと、まずは脚本。当然、企画スタート時点では撮影もまだ進んでいませんので、すべては脚本をベースに小説の執筆がスタートすることになります。

 ということで、先方から脚本をいただきまして、担当編集さんと「どうノベライズしていくか会議」を開いたわけですが、共通して出てきた感想は、まず「短いよね?」というお話でした。

 要はですね、小説にした時、長編ですと、だいたい400字詰め原稿用紙で350~450枚くらいが目安になるわけですけれども、脚本を読んだ感じですと、それをそのまま忠実に小説に起こすと、たぶん300枚行くか行かないかくらいになるんではないかな?という感じがしました。

 ただまあ、二時間ないくらいの映像作品を小説化する場合って、どれだけ内容の濃い作品でも、基本的に長編小説にするにはちょっと「尺」が足りないんだと思うんですよ。なので、その分は今ある場面を引き延ばすのか、もしくは何か新しく書き足すのか、という話になります。
 今回は原作があるものの小説化ですので、大きくストーリーを変えることは出来ないわけなので、原作脚本に物語的な肉を足していこう、ということになりました。

■現代パートの追加

 僕が今回、真っ先に考えたのが、「現代パート」を追加することでして。

 今回の物語の舞台は戦時中の日本なもので、登場人物たちの思考や男女の結婚観など、現代とは少し違う価値観の中でお話が進行していくのですよね。戦時という異常な時代背景と、明治以降の家父長制が強く残る中で男女の恋愛模様が語られると、違和感を感じるという方も少なからずいらっしゃるかもしれません。
 映像版であれば、ヴィジュアル的に「古い時代の話」というのが伝わるので問題なかったりするのですが、小説版の場合は読者の方々が頭の中で物語世界を作ることになるので、ここは難しいなあ、と思ったところ。
 結構多くの「戦時もの」作品が、「回顧録」というスタンスを取っていたりするのですけれども、こういう戦中戦後の価値観の差異をどう説明するか、ということに対する一つのやり方なのかもしれないなあ、と思いましたね。

 ということで、登場人物たちが急に現代的価値観を持って物語世界に登場するわけにもいかないので、できる限りのクッションといいますか、一つの価値観の整理という意味もこめて、現代パートというものを設けてはどうかな、と思ったわけですね。
 現代パートからは、今の時代に生きる我々の価値観で優作や聡子の物語を俯瞰することになります。それでストーリーが変わるわけではないのですが、物語を読み解く上での「視点の提示」になればいいかなあ、と思いました。

■サブキャラクターたち

 今回、小説版ではサブキャラクターたちの物語を肉付けさせてもらいました。せっかくね、物語を少し足せる余地があるなら、サブキャラクターたちの過去や結末も用意してあげたいなあ、と思いまして。
 結果として、悲劇的結末を迎えてしまうキャラクターもいたわけではありますけども、、、

・津森泰治(演:東出昌大さん
 神戸憲兵分隊の分隊長で、ヒロイン・福原聡子の幼馴染である泰治。今回、いいキャラクターだったなあと思うんですよね。柔和な人柄の中に、軍人らしい冷徹さも併せ持った男。僕個人としては一番好きなタイプのキャラクターなもので、結構ノリノリで書いちゃった、、、。結果、ドラマ版よりかなり重要なキャラクターになってしまいまして。
 基本的には、福原優作というキャラクターの思想と、対極の思想を持った人間として、当時の価値観を「角度を変えて考える」という役割を担ってくれたかなと思います。
 途中経過を編集さんに読んでいただいた時に、最初に褒めてもらったところが泰治の出る場面だったので、ついつい終盤まで推してしまった、みたいなところはありましたけどもね。

・草壁弘子(演:玄理さん)
 中盤から物語を引っ掻き回す、謎の女・草壁弘子。ドラマ版ではかなり謎めいたキャラクターでして、小説版にする段階でキャラクター性も含めてかなり肉付けをした結果、満州国に住んでいた大陸系(ないし朝鮮半島系)の長身美女、という設定になりまして。これは、演じている玄理さんのヴィジュアル的なものというよりは、バックボーンを元に膨らませた設定ですね。僕の中では出自に裏設定を持たせているのですが、どこかでお話しする機会があるかは不明です。
 個人的にね、玄理さん、見るたびにお綺麗だなあと思う女優さんなもので、その個人的な気持ちを作中人物に転嫁して、「美人ですね」と言わせたのは完全なる私権の濫用であったと思います。お詫び申し上げます。

・野崎医師(演:笹野高史さん)
 ドラマ版では、終盤の重要な場面に登場する野崎先生。実は、このキャラクターに関しては、終盤のストーリーを少し改変する段階で「物語的に不要」になってしまったので、当初、小説版では登場させない予定でおりました。なんですけど、ドラマ撮影の資料や脚本に目を通しているうちに、多くの方がこだわりを持って作品を作っているのだよなあ、ということをひしひしと感じまして、原作脚本のキャラクターは出していこう、と方針転換をしたのですよね。
 結果、野崎先生には物語上重要な役割を担って頂いて、終盤のヤマ場のメインのポジションについて頂くことにしました。ドラマのラッシュ映像を拝見した時に、小説版のキャラクターとイメージが偶然似ていたところは、個人的に嬉しかったなあ。

・竹下文雄(演・坂東龍汰さん)
 竹下文雄については、小説版では「かなりの秀才」という設定を加えまして、秀才であるからこその苦悩だったり狂気だったり、というところを肉付けさせて頂きました。
 文雄は物語の中で重要な役割を果たすわけですけど、脚本の改稿過程を見ていると、「どういう結末を迎えるか」という点について、ドラマ制作陣も結構悩まれたんじゃないかなあ、と思います。表現や尺の制約もあったと思いますし。小説版では、僕なりに「竹下文雄のストーリー」に結末を持たせたつもりでいます。

・駒子、金村(演・恒松祐里さん、みのすけさん)
 福原家に勤める駒子と金村。この二人には、それぞれのストーリーというほどの肉付けは出来なかったんですが、めちゃ大変だったのは、「方言をしゃべる」ということなんですよね。非関西人の僕は、地域ごとのニュアンスや細かい表現の差異というのを判別するのも難しいですし、しかも古い神戸弁だもので。この辺の顛末はまた別の機会にでも。
 ドラマ版では、駒子が結構ぐっとくるセリフを言うんですよね。あのシーンはすごい使いたくて、小説版でもセリフを使わせていただきました。


 ドラマでは優作と聡子の物語を演出するのが役目のサブキャラクターたちですが、結構個性のあるキャラクターぞろいなんですよね。その個性をより強めて、いろいろ肉付けした結果、それぞれの物語に発展させることができたかなと思います。こちらもね、是非、ドラマ版と合わせて、どの部分が膨らんだのか、お楽しみいただければ幸いでございます。

 ドラマ放送まで一ヵ月を切りましたね。ドラマ版もぜひお楽しみに。





 

小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp