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『本日のメニューは。』のウラバナシ(1)

 さてはて、『本日のメニューは。』の発売から約一ヵ月ちょいが経ちましたが、どうでしょうか。みなさまのお手元にちゃんと届いておりますでしょうかね。先日、ありがたいことに増刷も決まりまして、もっともっといろんな方に読んでいただけるといいなあ、と思っておるところでございます。

 で、今回はそんな『本日のメニューは。』に関するウラバナシ。

 本作は飲食店をテーマにした短編集なわけですけれども、登場する飲食店にはそれぞれモデルになった実在のお店がありまして、ウラバナシ第一回目は、第一話「四分間出前大作戦」に出てくる「中華そば・ふじ屋」の元ネタなどについてお話をさせていただこうかなと思います。

■「四分間出前大作戦」は半実話

 集英社さんの『青春と読書』のエッセイでも書いたんですが、「四分間出前大作戦」の「入院中のパパにラーメンを出前する」というメインストーリーは、僕の友人が実際にやった「出前」が話の元ネタになっておりまして、つまりは半実話なんですよね。

 なので、「病院近くのラーメン屋さん」というロケーションも、実際のモデルがございます(ただし、現在お店は近隣に移転した模様)。
 一応ね、元ネタは友人のプライベートなお話なので、具体的なお店の名前は伏せますけれども、モデルのお店自体は、ラーメン専門店というより「昔ながらの中華飯店」という感じで、僕の作品だと『僕らだって扉くらい開けられる』に登場する、「三葉食堂」にイメージが近いかもしれないですね。

 「四分間~」作中では、登場人物たちがリレー形式で病院に一杯のラーメンを届けるんですけど、友人は弟とタッグを組んで、車なんかを駆使しつつラーメンを病院に届ける、ということをやってのけたそう。話を聞いた時は、なんて小説のようなお話か、と思ったものですが、数年後、自分がその話を小説にし、さらに数年後に文庫化されるとは思わなかったなあ。

 「四分間~」は、五編の短編中一番フィクションくさい話なんですけど、実は一番現実に近い作品であったりします。事実は小説より奇なり、ですね。

■「中華そば・ふじ屋」のモデル

 で、「四分間~」作中に登場するラーメン屋「中華そば・ふじ屋」は、寡黙な店主が営む、昔ながらの醤油ラーメンを出すお店、という設定。これは明確にモデルがありまして、僕の地元・仙台のラーメン屋さん、その名もずばり、「中華そば 富士屋」さん。 

 もともと、仙台市よりもっと北にある古川というところに本店がありまして、仙台市内のお店は分店だそうですが、僕が行っていたのは仙台店。「本町」という、家具屋街の中にひっそりとお店を構えていらっしゃいます。仙台駅から徒歩で行くとちょっと距離がありますけども、一応、地元の人間の感覚では徒歩圏内ですね。歩いて十五分くらいかなあ。「あほか!遠いわ!」という方は、地下鉄やバスをご利用くださいませ。

 作中の「ふじ屋」店主である稔は頑固店主っぽい空気を醸し出しているので一見さんは入りづらそうな店なんですけれども、モデルの「富士屋」の店主さんは全然そんなこともなく、物腰柔らかで、接客もとてもとても丁寧なので、ご安心を。

 ちなみに、作中の「ふじ屋」に貼られている「麺固めの注文はお断りします」という貼り紙は、モデルの「富士屋」さんに貼ってあるもののオマージュであったりします。中華そば店を舞台に小説を書く、というのが決まった時に、真っ先に頭に思い浮かんだのがその貼り紙でして。
 作中の稔は職人然としているのでそういう貼り紙もさもありなんという感じなのですが、接客もものすごく丁寧な「富士屋」さんに「麺固お断り」の貼り紙が貼ってあると、逆に「ここだけは譲れない」という職人魂がぴりりと際立つ気がしますね。

 もし、仙台にいらっしゃることがあれば、是非ね、富士屋さんに足を運んでみてはいかがでしょう。僕のおすすめはワンタンメン。昼時は行列ができることもある人気店なのでご注意くださいな。

■他にも色々なお店のエッセンスが。

 メインのモデルは仙台の「富士屋」さんなんですけど、「昔ながらの中華そば」というイメージには、いろいろなお店のエッセンスが詰め込まれている気がします。
 もともと、僕の生まれた東北はラーメンどころでして、隣県の山形はあっさり醤油ラーメン店の宝庫みたいなところですし、南隣の福島にも、喜多方、白河という聖地がありますね。

 そもそも、ラーメンと言えばこってりこてこて派であった僕に、シンプルな中華そば、醤油ラーメンの美味しさに気づかせてくれたのは、「半熟煮卵」を日本で初めて出したと言われる、「ちばき屋」さん。

 なぜか仙台に分店がありまして、学生時代は足しげく通ったものです。その後、僕は上京するわけですが、初めて住んだのはちばき屋本店のほど近くで、なんだか縁のあるお店だったんだなあ、と思いますね。ここもやっぱり、ワンタンメンおいしいです。

 ワンタンメンと言えば、荻窪の春木屋さんも、最初に食べた時に感動したラーメン。所謂「荻窪ラーメン」の元祖みたいなお店ですね。

 春木屋さんも、何故か暖簾分け店が福島の郡山市にありまして。なんだろう、中華そばは東北と親和性高いのかな、やっぱり。

 「四分間~」は僕が小すば新人賞を頂いてから一発目に書いた短編がベースになっているんですけど、最初の打ち合わせで「ラーメンの話を書こう」となった時に、当時の担当編集者さんたちと、じゃあイメージを膨らますためにラーメンでも行きますかあ、とかなんとか言いつつお邪魔したのが、浅草の「与ろゐ屋」さんでしたねえ。

 右も左もわからないド新人だった頃で、ちょっと緊張しながら編集さんと並んでラーメン食った記憶があります。

 と、短編の中にちょこっと登場するラーメン一杯にも、自分が経験してきたいろいろな味がダシとして出ているのだなあ、とつくづく思います。

 きっとね、読者の方それぞれがイメージするラーメン店があるんじゃないかなと思うんですよね。あの店をイメージしたよ!なんてのも聞いてみたいですよね。そして食いに行きたい。


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 ということで、今回は第一話「四分間出前大作戦」についてのウラバナシでした。僕はもともとラーメンバカなので、この話は書いていて楽しかったなあ。担当編集さんに「なんならラーメンだけで一冊書きたいんですけど」って言ったら、盛大に却下されましたけどもね。いつか書いてやるんだ。何なら自分で店を出したい。

 二話目以降のウラバナシはまたそのうちに。


小説家。2012年「名も無き世界のエンドロール」で第25回小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。仙台出身。ちくちくと小説を書いております。■お仕事のご依頼などこちら→ loudspirits-offer@yahoo.co.jp