黒髪がつやつやの年頃は、そう長くはない
結婚式を終えた31歳の私は、カールした茶髪を切りに、美容院へと向かった。
気分転換を兼ねて、行ったことのない初めてのサロンをチョイス。
儀式が終わったとばかりに思いっきりざっくりと切ってしまいたい気持ち、いつも見知った人の慣れたチョイスとは違う空気をまといたかった。
そんな私が選んだお店は、おひとりさま専用のサロン「ぱいんゆ」。
完全予約制、サロンには1人しか入れず、美容師さんとの1対1だ。
エレベーターを降りるとすぐにサロンの空間が広がる。
そこにはポツンと一つ回転式のサロンチェアがあり、周りにはアンティークの調度品や雑貨が並ぶ時空かけ離れたかのような特別の空間。
髪をオーダーする私。丁寧に切り、私の髪の悩みを聞いてくれる。
すると、美容師さんは言った。
「40代ってね、いやでもみんな白髪染めを始めるんですよね。実は素の黒髪でいる時期ってそんなに長くないんですよ。」
私はその言葉を聞き、ふと想いを巡らせた。
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どんなに染めても染まりの悪い髪。いくら強い技法を試しても1ヶ月もするとすぐとれてしまうパーマの数々。
人から見ればそれはとても羨ましくも見えるほど、ものすごくしっかりとした直毛だった。でも私にとってはそれが疎ましくて仕方がない事実でもあった。
雑誌を眺めてはゆるふわなカールの茶髪に憧れ、パキッとしたオレンジカラーやピンクブラウンにドキドキ。
挑戦してみるもそれは儚い一時の夢で、髪に残るのはいつもバサバサの質感、目も当てられないほどの枝毛だった。
あれほど憧れていたけれど、私は自分を痛めつけていた。
なりたい姿、憧れるデザイン、でも私の素の姿がそれを嫌がっていたのかもしれない。
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それからというもの、私は髪を染めてパーマをかけることをやめた。
少しづつ少しづつ…。染色で残った色、中途半端な癖毛のように残ったカールは、3ヶ月ごとに切り落としていく。
髪のグラデーションは茶色からダークブラウンに。
そしていよいよ黒髪のストレートに整ったのは、あれから2年後のことだった。
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黒髪にしてよかったこと、それはたいそう手入れが楽になったこと。
朝は櫛をとおすだけでOKなことも。
余計な手を加えていないから、つやつやと栄養が行き渡り、どこへ行っても元気な黒髪を褒められた。
サロンへ行く頻度も減った。その分、日頃のシャンプーやトリートメントなどのメンテナンスを大切にするようになった。
合わせるお洒落の雰囲気も同時に少しづつ変化していった。流行や派手さに憧れ、真似してみたこともあったけれど、どんどんとシンプルにナチュラルに変化をしていった。
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学生時代の校則が厳しく、お洒落を束縛されていた私。
大学生になったとたん、「やった!もう何をしても良いんだ」の気持ちで、いろんな髪型や色に挑んだ。
髪の毛に手を加えていた私は、オシャレを楽しみたいから髪型を変え、色を変え、「あの雑誌に出ている髪型」「友達が染めているあの色」「人気のスタイリストさんがいる美容室」と駆け巡っていた。
でも思っていた以上に髪は泣いていた。
お洒落を重ねること。
それは自分を着飾ることでもあったけれど、一方でありのままの自分を塗り替え、痛めつけていることだった、のかもしれない。
若い頃は、見た目や楽しさや表面的なことなど、どうしても目の前に流れてくることが一番楽しい。
でもこの小さなひとつの美容室で出会った美容師さんの言葉で気づいた。
「本当の私の髪」である時間はもう少ないのだ。素の自分をもっと愛おしく大事に味わいたい。
と。
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ただの面倒くさがり、と言われてしまえばそれまでなのだけど、私は今の黒髪ストレートヘアがとても好きだ。そして1年1年と、年を重ねることに増えていく白髪を気にしながらも、なお地毛でいることが。
もしかしたら40歳をすぎて、いよいよまた髪の毛を染めたい、と思う時が来るのかもしれない。
その時までは、このありのままの誰も何も手を加えていない、愛すべき自分の髪を愛おしく抱きしめようと思う。