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犬のかたちの愛する妹へ

ずっとこの文章を書くか迷っていたよ
私の言葉で表現しきれるとは思わないし、陳腐になってしまうのが怖かったから
でも、この三日ずっとゆきの話をしてたんだ
ママやパパや弟たちと
動物病院の先生とも
そして、ゆきのことを知らない人達にはたくさん教えてあげたんだ
あなたがどれほど可愛く優しく賢く気高かったか

だからこれからゆきの話を何度でもすると思う
表現しきれるとは思わないけど、表現しない理由にはならないからね

ゆきは犬で篠原家の末娘で15年間私の妹で相棒だったね、これからもね
死ぬことは大きな出来事だったけど、案外何も変わらなくて犬じゃなくなっただけだね

みんなゆきのことを大切な家族だと思っていたけれど、私が一番最初にゆきはうちの家族だって気付いたんだよ
昔から目利きでね
まあ、ラブラドールレトリーバーが可愛いからと、これまた目利きのパパが決めていてね
ゆきを一目見た瞬間、ありとあらゆる生き物の中であまりに可愛すぎると思った
ゆきしかありえないって一瞬でわかったよ
ママも黄色いバスケットから、ゆきが飛び出してきた時に「うちの子だ」ってわかったんだって
「ゆき」って名前になったのはそれより後のことだけどね
私や弟がうちに生まれてきたのと同じくらいの奇跡を経てゆきも家族になったんだよ

ゆきは三角形の大きな耳が可愛いよね
向きも大きさも形もこれ以外はない良い耳だよね
アーモンド型の大きな目もたまらなく可愛くて、そして優美なんだよね
それでいて寸胴で脚が太短いところは良いポイントだったね
これでスラッとしていたらちょっと美しさが近寄り難過ぎちゃうところ、ゆきはバランス感覚がさすがだね
それに小柄の小太りが一番健康なんだって小柄で小太りのママがよく力説してるよ
だから15年と4ヶ月驚くほど健康に過ごせたのかもしれないね

最近のゆきのことを思い出すと、穏やかで誇り高く、自分のことはなんでも自分でできる立派な大人だったけど、まあ、せいぜい2ヶ月くらいの話だね
その2ヶ月ですら、ママの大学院の宿題とか食べていたみたいだけど
それ以前の15年間は年よりずっと子供っぽかった
うちの大事な可愛い末娘

強いて言うならうちに来て1週間くらいの赤ちゃんの時が一番大人だったかもしれないね
知らない環境で独りになって、大人しくいい子でトイレもちゃんとできたけど、夜はキャンキャンって子供の声で鳴いてたね
でも、すぐに弾丸のように部屋中を走り回っていたね。ゆきもみんなが家族だってわかって安心した?
あまりにも力強く走るから、弟はずっと怯えて、ソファの背もたれのところにしゃがんでいたよね
でも、友達にはゆきを自慢したかったから、ソファの背もたれで小さく震えながら「可愛いだろう?」って余裕ぶって言ってたね
ソファの背もたれに座れるくらい小さなキューピー人形みたいだった弟がちょっと悪そうな顔した180cmの大男になって、外国で一人暮らしできるようになるなんて思ってた?
私とゆき、お姉さん組二人で見守ったかいがあったというものだよね
弟はゆきのことを妹だと思っていたけど、ゆきは弟だと思っていたよね
私はゆきに賛成かな
ゆきを新潟から連れて帰ってきた日、ゆきは新幹線料金がかかったけど、弟はまだかからなかったしね


ゆきは目につくものはなんでも食べたね
おもちゃもベッドも絨毯も椅子も机も小枝もうんちもセミも何もかも
ゆきが変なものを食べちゃうたびにみんなはブルーな気持ちになっていたんだけど、怒ると大層不服そうな顔をしていたね
夜ケージを抜け出してシジミの佃煮をケースごと食べているのを見つかった時には逆ギレしたのにはこちらも驚いたよ
ゆきはいつも腹ペコでゆきに食べられないものは何もなかった
まさか15年と4カ月、最後の一日まで食欲を失うことなく走り抜けるとは恐れ入りました
ママもとうに50歳を過ぎているのに大カツレツ定食を食べて「さっぱりしてるから食べられた!」とか言うよ
きっとゆきはママに似たんだね
私は食べるだけ食べる家族が恐ろし過ぎてストイックに体重を維持していたけれど、ゆきみたいに健康に生きられるなら小太りも悪くないと思ったよ
パパは今日もママに肉を食べさせるのが好きだよ
ゆきはパパにたくさん焼き芋をもらったね
パパはゆきが一度元気をなくしたことがあったけど、お芋をあげてから急激に元気を取り戻したと誇らしく話していたよ
ゆきはどうだったと思う?
お芋貰えればなんでもいいか
いつか焼き芋の健康寿命延伸効果を研究してみようか
みんなお芋に大興奮するゆきを見るのが大好きだったよ。ゆきがもっと食べたいと思うのと同じくらいみんなもゆきにもっとお芋をあげたかったけれど、少々太り過ぎちゃったからね
お芋なのに獰猛な肉食獣の顔をして食べるんだよね

大型犬は短命だとか
最後は食欲がなくなってしまうとか
ラブラドールは2歳で見違えるようにいい子になるとか
他所で聞いていたことは全部違ったね
ゆきは色々例外だらけの異端児だった
とても利口だったから言うことはあまり聞けなかったね
そういうタイプの良い子だった

厳しいしつけで知られる訓練士の先生に匙を投げさせたなんて流石だよ。もしかして、初めてじゃない?
先生、ゆきはうちの子らしいね、って。うちの子らしく不真面目だねって。そう思われていたなんて心外だけど、確かにゆきはうちの子なんだよね
お座りの姿勢がピシッとしてないことなんて全然大した問題じゃないもんね
それをわかってるゆきはとりわけ聡明だったよ
待てっていってもよだれをダラダラこぼしながら徐々に近づいちゃうのも逆に利口だよ
今食べても5秒後に食べても変わらないなら今食べたほうがいいもんね。自分で何が正しいかを考えられるすごい子だ


でも、14年くらい前、パパとママが大喧嘩して、弟と私と一緒に家出をした時はいつも制御不能なくらいに自分の行きたい場所へとグイグイ引っ張って行くのに黙ってついてきてくれたね。やるときやるのが本当の賢さで最後の時も変わらずそれを貫いたね

それに年を追うごとにどんどん賢くなって、最後は布団まで自分でひいて、なんでも物を申せるようになったね

ゆきちゃんが眠った時、我が家で唯一まともな弟がいない割によく頑張ったでしょ
まさかうちの家族が一つの失敗もせずに成し遂げられるなんて思わなかったよ
それに最後の日までライオンみたいに大きく成長し続けたゆきちゃんを連れて帰れたのはうちの家族だったからだと思うよ
50代後半のお父さんは普通もっとおじいちゃんになっちゃうらしいよ
20代のお姉さんもあんまり重い物を持てないらしいよ
けど、鍛えていたからね。うちで一番小さいママもゆきのことを抱っこできたよ
バイキングみたいに強い家族の一番強い末娘

動物病院は最多出場だったね
変なものを食べる趣味がある以外はずっと健康だったけど、ママはご存知の通り心配性だからね
先生たちも看護師さんたちもみんなゆきのことが大好きだったって
ずっと残ってくれた先生も休みなのに駆けつけてくれた先生もいるんだよ
ゆきは人望が厚かったんだね。たくさん私たちの知らない人間関係を築いてたくさんの人に愛されていたね
とびきりいい性格でとびきり可愛かったからね

ここ数年、私はゆきがいなくなることがすごく怖かったんだ
ゆきは12歳の時に子宮蓄膿症の手術をしたし、ご近所の犬はみんなゆきより先に死んでいったし、顔が白髪になったり、走らなくなったりしたからね
大事な可愛い可愛いゆきがいなくなってしまったら耐えられる気がしなかったんだ
自分がどうなってしまうかまるで分からなくてずっと怖かったの

でも、いま、驚くほど穏やかな気持ちでいるよ
あまりに可愛過ぎたから、とてつもなく寂しくて少しでも気をぬくと人前でも泣いてしまうんだけど、それでも全然苦しくないよ
あまりに可愛すぎたからずっと寂しくて、今もゆきに会いたくてたまらないんだけど、悲しいのとは違うんだ
寂しさで胸が押しつぶされそうなんだけど、確かにこの気持ちは苦しさじゃないんだ

それは紛れもなくゆきが頑張ってくれたからに他ならないんだよ
ある日突然ゆきが死んだと知らせを受けていたら多分ずっとずっと苦しかった
ゆきが夜中や留守番中にひとりぼっちで眠っていたら受け止められなかった
でも、ゆきはみんなに十分お別れをする時間をくれたね
長生きしてくれたこともそうだけど、最後の日の立派さといったら
よく朝ママのことを起こして一緒にいてって伝えられたね。独りにならなくてとても偉いよ。そして、ママのことも一人にしなくて偉かったね
よく私が行った時に起きていてくれたね。最後にゆきと話せたことがどれだけ力をくれたか。たくさんゆきに話したいことがあったんだ
よく弟に悩んで決める時間をくれたね。ゆきのことを愛して愛して信じていたから決められたんだよ。きっと弟を強くしたね
よくパパが来るまで待っていられたね。絶対に泣かないパパも泣いていたよ。悪戯上手なゆきを「悪犬が悪いことしようとしてる」っていつもからかっていたけど、「悪犬は悪犬じゃないね、良い犬だね」って泣いてたよ
人間でいうと112歳まで生きたんだもん
死なないでなんて言えないよ
よくこんなに頑張ってくれたね。本当に本当にありがとうね。優しく気高く生きたゆきは最後神々しいまでに立派だったよ

ゆきが家族になった頃はみんな子供みたいな家族で心配も多かったことでしょう
ママは大学院に行って研究者を密かに狙っているんだって
パパの今の仕事はロマンに溢れて最高に楽しそうなんだよ
負け続けで心配だった弟も海の向こうで強くなり始めたよ
私もたくさんかっこいい仕事が決まっているんだ
ようやくみんな大人になって安心できる家族になったね

ゆきは歳を取ってもこんなに可愛いなんてと思っていたけれど、死んじゃってもずっとずっと可愛いの、不思議なくらいにずっとずっと可愛いの
こんなに可愛さが変わらないなんて思わなかった
骨になっても大事で大事で本当に可愛いの

斎場の予約は私がしたよ。ゆきのお姉さんとしてしっかりしなきゃと思ってね
見てた?あんなに立派な斎場。私はネズミをたくさん飼ってるから、あの斎場がいいなって調べたことは何度もあったんだけど、まだ一回も予約が取れたことなかったの
ゆきは最後までラッキーガールだったね。お散歩日和のうららかな日で涼しい風が時折吹いて気持ちよかったね
ゆきの棺も私が作ったよ。ぴったりの大きさだった。そこに綺麗なお花とお芋を入れてね
お花屋さんもゆきのことを可愛がってくれてたんだってね
しかも、ゆきを見送った日は愛犬の日なんだって
あなたはどこまで完璧な子なんだろう

でも、ゆきが素敵に見送られた後、なんだか私は気が抜けちゃったんだ
今朝はゆきが目を覚ましたことに気付いてみんなに電話をかけようとしてるのに全然かけられない夢を見て起きたんだ
昨日もゆきが目を覚ます夢だった
甘えん坊なのは私だね
まだゆきに頼ろうとしていたよ。ゆきがいないとすごく寂しいの

今日は朝から大学院の授業があってよほど休もうかと思ったんだ
でも、行けたよ。質問までしてきた。
また私が不登校になったとゆきが思ったら心配するからね
小学校に行けるかどうかの毎日にゆきが寄り添ってくれたから、今こんなに寂しい日でも大学院まで行けるようになったよ
あの頃、学校に行きたくない私の涙はゆきのカステラの匂いの背中にすぅっと染み込んでいったね
今は泣いても学校にいけるんだ

ゆき以上の犬がいないことなんてわかりきっている
ゆきはそれだけ特別だった
でも、私はきっとまたいつか犬を飼うと思う
もし、この先結婚して子供が生まれたら、子供に何度もゆきの話を聞かせると思う
そしたら、子供も犬を飼いたくて仕方なくなっちゃうと思う
先のことは何一つ分からない
ゆきよりいい犬なんていやしないけど、ゆきも弟も同じだけ大事な弟妹なように、最高の家族は一人じゃないと思うから
だから、いつかまた家族になれる犬と出会えるかもしれない
ゆきにとっては姪っ子か甥っ子になるのかな
その子にも絶対何度も何度も話すよ
ゆきっていう素敵な犬が私の妹であることを
ゆきはずっとずっと私の自慢だからね


本当にあれからゆきのことをずっと話していたんだ
どれだけ可愛いかを思い出すと涙が出ちゃうんだけど、面白いことしか思い出せなくて、泣きながら一人で思い出し笑いをするんだ
最後のドライブも家族みんなでゆきの話をして幸せだったよ
楽しいこと面白いこと幸せなこと、ゆきの悪い思い出なんて一つもなくて、寂しいけど、その中は幸せで満たされているんだ
これだけ寂しいことだって幸せなことなんだ。どれだけ寂しくてもゆきに会えてよかったって、そればかりだよ

一日でも長く一緒にいたいって願っていたけれど、10年後でも20年後でも同じだけ寂しくなっただろうし、命が必ず終わる以上、最後をどれだけいい形で終われるかがゆきの最後の大舞台だったね
これ以上ないくらいに鮮やかだったよ
平均寿命を大きく超えて、最後まで健康そのものと言われて、スヤスヤ眠るように生涯を終えて、最後の一瞬までひとりぼっちにならずに愛されに愛されて過ごしたね

大好きだよ愛してるよ本当にありがとう、言葉では言い尽くせないけれど、ゆきがあと何十年生きて立って到底語り尽くせないからもう仕方ないよ
でも、愛しているって気持ちは言葉の回数じゃないからきっと伝わっているよね

15年と4ヶ月きっかり、いつも腹ペコで色んなものを食べて色んなところにいって色んな人に出会って最後までヘラヘラ笑って全く太陽みたいに素敵な生涯だったね!




#コラム #エッセイ #家族

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