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VOL.9)看板広告はバカにできない

ある日「化粧品メーカーのキャンペーンがある。大きなプロジェクトになるから、お前も参加しろ。」と上司から声がかかった。やってきたのは「D通」という広告代理店の「営業マン」と「企画マン」。それと「化粧品メーカーの企画担当者が2名」。
 
カンタンに話をすると「百貨店の小さなショーウィンドウ」を「2つ」お金を払うから貸してください。といったような話だった。ハッキリ言うと「花王さん」。商品というのは「ハンドクリーム」
 
「ニベア」という「全身保湿クリーム」と、「アトリックス」という「手荒れ専用のハンドクリーム」。このキャンペーンをするとおっしゃる。「一気に全国展開でもするのか?」と思ったが、そうじゃなかった。
 
「この3ヶ月」は「東京のこのエリアのこの店舗」。次の3ヶ月は「東京と埼玉のエリアの商圏が重なるこの店舗」。その次の3ヶ月は「東京と千葉のエリアの商圏が重なるこの店舗」。といった具合に「場所を移動して展開していく」という。
 
最初の打ち合わせで、大まかな動きの話を聞いた。そして、2回目の打ち合わせで、先方の会社にお邪魔した時には「営業本部長」さんと「西武鉄道」の「広告媒体担当者」と「日本交通事業社(国鉄・JR)」の「広告媒体担当者」も同席していた。

そして、その席には「グループ会社」の「スーパーマーケット SEIYUの商品部長と、担当バイヤー」まで来ていた。打ち合わせには「東京近郊」の「30くらいのエリア」に「色分け」されてある大きな地図が持ち込まれた。

「○月○日から、○月○日まで、このエリアでキャンペーンを行います。駅にはポスターをできるだけ多く。もしくは大きいものを掲示したい。」「近郊の百貨店のショーウィンドウにも【商品のパッケージ】を拡大したものを置きたい」。

この期間「花王の営業マン」は、このエリアの「薬局、雑貨店」に一気に営業をかけます。「SEIYUさんには、このスケジュールより3〜4週前にエリアの店舗への導入をお願いしたい。その時期の、お試し販売要員の準備もできています。」
 
営業部隊は2つ。「ニベアチーム」と「アトリックスチーム」。勝者となったチームには「ボーナスにプラスする報奨金」を各エリアごとに用意しています。東京がスタートしたら、時期を少し遅らせて、次は「大阪」。その次は「名古屋」。

その次は「福岡」「札幌」「広島」「仙台」といった具合に、時期をずらしながら全国の「エリア」を1つずつ潰していきます。という説明と同時に、大きな模造紙に「展開時期」が綿密に書かれた「大きな表」と「色分けされた地図」が何枚も貼り出された。
 
こんな「泥臭い」うえに、なんとも「壮大な実践計画」の話を聞いたのは生まれて初めてだった。全国いっせいに「ドカン」と広告を展開するのではなく「1つのエリア」で使った広告物を、次の場所に「動かしていく」という計画。
 
期間中、鉄道の駅の「上り線」側には「ニベア」を展開。「下り線」側には「アトリックス」を展開。こうやって一箇所に「同じ広告物」を集めるという工夫までされることになった。この戦略名は「ドミナント・ローラー作戦」
 
後に、これが「ランチェスター戦略」という「マーケティング理論」に基づいた戦略だということを学ぶことになった。いわゆる「1箇所に徹底的に集中」して「その箇所のシェアを徹底的に上げていく」という方法。
 
百貨店のショーウィンドウには「丸いフタ」が大きく拡大された「丸いパネル」。その前に置かれた低い台の上に「実際の商品」が山積みされるといったパターン。ポスターは「フタ」を真上から撮影し、超拡大したもの

つまり「大きなポスター」の中に「丸いフタ」がドカンとマックスサイズで拡大され、余白のところに「斜め」から撮された商品がチョンと載っている。という実にシンプルなものだった。
 
「ニベア」は「ブルー」。「アトリックス」は「グリーン」。デザインは、まったく同じものだったが「色」が違うだけで、こんなに「印象」が違うものかとビックリした。

「ニベア」のポスターには「潤いクリーム。」とだけ白い部分にコピーが書かれ、あとは「青い丸いフタがドカン」と大きく拡大されて載せられていた。

「アトリックス」のポスターには「手荒れを防ぐ。」とだけ白い部分にコピーが書かれ、あとは「緑の丸いフタがドカン」と大きく拡大されて載せられていた。

さらに驚いたことも予定されていた。いわゆる「主要都市」でない「地方」では「駅で展開する」のではなく「野建ての看板」をいくつも用意し、それを大掛かりに「引っ越し」させながら全国の全てのエリアを、ひとつずつ塗りつぶしていくという計画まで立てられていた。
 
こういう話をすると「なんだよ。ぢぢぃが古い時代の話を持ち出してきただけだろう?」などと思う人がいるかもしれないが、実のところ「そうでもない」。確かに、インターネットが、これだけ普及している時代に、こんな「古びた話」が役にたつのか?と思って当然だ。
 
しかし、この戦略を、しっかりと活用して「この時代」に大きくなった3つの代表的な会社がある。ひとつは「マクドナルド」。ひとつは「セブンイレブン」。もうひとつが「スターバックス」だ。
 
だからこそ「古びていようと、このランチェスターの理論」は「エリアを1つずつ塗りつぶしてシェアを上げていく」という企業にとっては欠かせない「業績アップのやり方」だと言える。
 
現在、この「花王」の「ニベア」という全身保湿のクリームと「アトリックス」というハンドクリームは、どこのドラックストアにも横並びで置いてあります。この一大キャンペーンで ハンドクリームの市場シェアの30%以上を獲得している。
 
そうそう、ひと昔前に、この戦略で事業規模を大きくしていった会社が「穴吹工務店」という「マンション分譲企業」。「マンションならサーパス」と書いた野立ての看板をJR沿線・国道沿いに鬼のように建てて、そのエリアを攻略し、一定シェアを獲得したら次に引っ越す
 
都会での「駅のポスター広告」田舎での「野立て看板広告」をバカにしてはいけない。そして、ドミナント型のローラー戦略を用いる時「ポスター広告」「看板広告」をデザインする時には「1つの鉄則」がある。
 
それは「色をメインに展開する」ということ。「色+書体」=「ブランドイメージになる」ということ。「白バックに色文字」ではない。これは失敗パターン「色バックに白文字」しかも「オリジナルなフォント」
 
「オリジナルなフォント」というのは「パソコンにあるフォントではない」ということ。もし「パソコンのフォント」を使うにしても「どこか加工してあって印象的になっている」ということが重要なポイントになります。
 
たとえば「マクドナルド」の場合「赤バックに黄色のMマーク」という「一度見たら忘れない色と形」。たとえば「セブンイレブン」の場合は「緑バックにオレンジとアカで7というマーク」。
 
たとえば「スターバックス」なら「緑の丸い女性マーク」という「一度見たら忘れない色と形」。こういう「視覚的なデザイン記憶効果」をおさえたうえで戦略化していく必要があるということだ。
 
そういう意味で「ニベア」と「アトリックス」の「都心での駅ポスター」「地方でも野建て看板」で「色と独特の書体の印象を与えた上で集中的に営業展開をする」といった方法は、実に「理にかなった方法」だった。
 
「見たことがある」「見た記憶がある」という「デザイン」を用意しておくのは、こういう戦略には、かなり重要なポイントになる。そして、これは「店舗の看板」についても同じことが言える。
 
店舗の看板というものは「遠く」から「うちの店はここにあるぞ」という「存在」を示すもの。空は青いと思う人も多いようですが「地平線の角度」になると「白っぽいグレー色」になります。
 
つまり「遠く」から「白バックの看板」を見ると「空と同化」して「文字部分しか見えない」。逆に「色バックの看板に白文字」であれば「空と同化すること」はなく「看板の面積=アピール効果」となる。という話です。
 
こう考えると「色々な色」を使えば使うほど「記憶させる効果」が落ちていってしまうことも想像できます。最も効果的に「この印象記憶効果」を活用しているデザイン「コカ・コーラ」のようです。
 
他のメーカーの自販機を探し当てるのは、難しいにしても「コカ・コーラの自販機」だけは遠くからでも「存在を認知」できます。これに追従しているのが「サントリーのBOSSの自販機」
 
この2社の自販機以外「どこにあるのか?」「遠くから どのブランドの自販機か?」といったことは、非常にわかりにくくなっています。こういった「戦略的なこと」を理解しているデザイナーさんも少数ですがいらっしゃいます。
 
こういう「マーケティングを学んだデザイナーさん」ほど「色数の少ない、印象的なフォントやマーク」を駆使した「どこかで見たことがありそうなデザイン」ブランドマークを仕立て上げます
 
逆に、こういった「マーケティング戦略」を学んでいないデザイナーさんほど「カッコイイ」けれど「印象に残りにくい」「色数の多いマーク」「グラデーションなどを使ったマーク」を作ってしまいやすいのです。
 
これは「看板」に限ったことではありません。この「デザイン戦略」は「Web上」でも成立します。「デザイン」は「マーケティング戦略」と平行して活用するもの。それは時代やツール・メディアが変わっても同じなのです。

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