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(3)出会い

須藤さん(仮名)と出会ったのは、

お互いが出演するイベント。

わたしより10歳くらい上の音楽家で、

その年齢のぶんかっこよさが増している感じの、

とても雰囲気のある、背の高い大人の男性という印象。

ステージではとても素敵に輝いて見え、

けれど話してみると、とても気さくで穏やかな、笑顔のやさしい印象の人。

彼の名前は知っていたけれど、

これまで接点がなく、

その夜は、

共通の友人もいたこともあって、

自然に打ち解けて、

そして家がとても近いこともあって、

打ち上げ後に、

二人でタクシーで帰る流れになったのでした

そのタクシーで彼はしきりに、

緊張するなあ

とつぶやいて、

あなたはきれいだから、ダンナさんはきっと心配でしょう、

と、ひとりごとのように言っていた。

(ちなみにわたしはとくに正当派の美人というわけではない)

わたしはその言葉を、なんとなくの自分への好意の現れとして、ちょっとうれしいような気持ちで受け取っていた。


彼とは初対面だし、妻子がいるのも検討がついていたけれど、

彼の名は前から聞き知っていて、

長く仕事をやってきているのに、

自分を大きく見せようとするところがなくて、

気さくでやさしくて、

話してみるとなんだかふわっと楽しくて、

そんな彼に好意的な気持ちを持たれるのは、ちょっとうれしいかも。


わたしのそのときの感情は、それ以上でも以下でもなかった。


その初めての出会いから数週間後、

須藤さんから、演奏会に来ませんか、その後良かったら一緒に飲みましょう、という誘いの連絡がきた。

わたしはもちろん、喜んで出かけた。


そうしてそこに集まった人たちと打ち上げで朝方まで飲んで、

それをきっかけに、数週間や数ヶ月に一度、気まぐれな感じで彼から演奏会の誘いが来るようになった。


そのたびに、わたしは彼の演奏会に出かけて、そのステージを楽しんで、

打ち上げにも参加して、いろんなメンバーや彼の仲間たちとどんどん打ち解けていった。


大勢でわいわい、深夜までいろんな話をしながら過ごして、

とはいえその時は、彼に特別恋の気持ちを抱くことはなく、

ただちょっとした日々の楽しみとして参加していたのでした。


そういうふうに妻、もしくは母親が夜出かけて、

ときに朝方まで飲んで帰ってくるというのは、

もしかしたら世間一般的には眉をひそめられてしまう感じなのかもしれないけれど、

もともと自由な考え方の夫の性質と、

普段わたし自身が自分の仕事で帰りが夜遅くなることもよくあったり、

年に何度か出張で家を何日も空けることもあったりで、

息子もそういう感じにはすっかり慣れていて、

家族的には夫も息子も母の朝帰りをまったく気にも止めない、

いつもの延長の感じではあったのでした。


そんな、打ち上げの何回めかのある日、須藤さんは酔って自分の仲間に、

「俺はかの子(仮名)さんが好きなんだ。」

と言いはじめた。


自分に家庭があることも、わたしに家庭があることもとくに意識していない、軽いようにも取れるノリで、周りのみんなに気持ちを言っていた。


周りのメンバーは酔っぱらいの戯言として苦笑して、わたしも、

「こんな素敵な人がわたしに好意を示してくれるなんてうれしいな」

くらいにしか思っていなかった。

自分から見ると彼はずいぶん年上であったし、現実感がなさ過ぎた。


 
そうして月日は経ち、何度も一緒にみんなで朝方まで飲んで過ごしたりしながら、

わたしは彼に対して、いつも柔らかで、笑顔がやさしくて、一緒にいると楽しいなあ、と感じていた。


そんなある夜、演奏会後にいつものようにみんなで飲んで、

次の店に行こうとするとその店が休みで、なんとなく解散、という流れになった。

それぞれが近所の人を誘い、連れ立ってタクシーに乗り合って帰って行き、

わたしと彼だけが同じ方向でふたり、残された。


「軽くふたりで飲みますか」

と彼が言い、静かなバーに立ち寄ることになった。


彼と初めて出会ってから、9ヶ月くらい経った頃のこと。

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