三月物語~弥生、三月
「弥生(やよい)、三月」
弥生というわたしの名前が面白いのか、毎年この時期になると、野村守君はすれ違うたびに、そう言ってからかってくる。
高校に入学してから、三回目の最後の三月。
周りからは、いい加減慣れたでしょうなんて生暖かい目で見られるけれど、わたしは全然慣れてない。今だって、どんな顔をして言葉を返していいのわからない。
野村君は、同じ中学から、たまたま同じ高校に進んだ男の子だった。
高校1年生と2年生では同じクラスだったけど、3年では別のクラスになった男の子だった。
そして、あまり話しをしたことのない男の子でもあった。
卒業式の予行練習をしている寒い体育館で、ほかのクラスだった野村君とわたしは、偶然にも隣り合わせた。そして、彼は、わたしの顔を見ると、やっぱりお決まりのあの文句を言ってきたのだ。
「佐藤弥生、おまえ毎年、困った顔をするのな。いいかげん慣れろよ」
そう言いながら、野村君だって困ったような顔をしている。
だったら、私になんて構わなければいいのに。
話しかけなければいいのに。
「弥生」
野村君が言う。
それは、私の名前なのか。
それとも、三月のことを言っているんだか。
―――なんだか、もう。
心の中がざわざわとして、なのに切なくて、なんだか泣きたくなってくる。自分ではコントロールできないこの感情に、なんて言葉をつけたらいいのだろう。
「俺、三月が嫌いになりそうだ」
弥生、三月。
お別れの季節。
来年の今ごろ、わたしの名前をからかうこのひとは、わたしのそばにはいない。
遠い空の下で暮らしている。
淡く曖昧な想いを胸に秘めたまま。
弥生、三月。
わたしたちは別々の未来へと歩いていく。
短編目次