えむのこと  ~最後の一週間のこと 5/26 ~

5/26
日付が変わる前の夜の輸液だまりが解消されたので朝4時ごろ輸液をした。常夜灯と携帯のライトで手元を照らしたけどいつもと全然違う姿勢と寝不足からか針が皮膚と皮膚を貫通してしまった。輸液は1/1から自宅でひとりで1日置きにやってきた。自宅で輸液を始める際あらかじめ貰っていた失敗したとき用の針の替えが必要か病院に聞かれるたびに「わたし輸液失敗したことないんで予備の針減ってないんです~えへへ~」と調子に乗っていたがこの日は初めて輸液を失敗した。失敗したことなんてなかったから、昨年の年末に病院での輸液の練習の際教えてもらった針の交換の仕方をあまり覚えておらず動揺したがなんとか無事輸液できた。

強制給餌をしようかやめようか、葛藤が続いていた。えむが腎不全とわかってから「自分で食べる意思がなくなった時がそのとき」と思っていて、今がこれだと思っていたから。でもそんなの、あまりにも悲しい。

メルミルを水で薄め5mlのシリンジ1本分飲ませた。黒缶のかつおが大好きだしかつおなら喜ぶかもと思って。えむは優しいから拒否することなく飲んでくれたけどこれ以上はいらないというリアクションだった。これだけじゃえむの1日に必要なカロリーのなんの足しにもなってないのはわかっていたけど餓死なんてかわいそうだ。でも変に体力をつけたら最後の瞬間苦しめるのではないかと葛藤があった。

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強制給餌のとき真っ白でふわふわなえむの胸毛が汚れるのは絶対に嫌だったのでタオルでくるんだ。かわいい。

この時、新型肺炎の影響で基本的には自宅でのリモートワーク。社員間で交代をし毎日1人は事務所で作業をし電話等の対応をした。運の悪いことにこの日は出勤日でどうしても会社に行かなくてはならなかった。水が自力で飲めなくなったえむを置いて夕方まで帰らないなんてわたしの気持ちが耐えられない。先輩に頼み午後から出勤してもらうことになった。上司にも馬鹿正直に「飼っている猫がそろそろなので今日は午後からお休みをもらいます。」と泣きながら話した。いい大人が突然泣き出して明確に引いていたけど「仕事に迷惑はかけない」というわたしの言葉に納得してくれたようで「ペットとはいえ家族ですからね。しっかり見届けてあげてください。」と許可をもらった。泣きながら、でも今後長引いたら仕事にいけないことも覚悟していたので迷惑が掛からないようにととにかく仕事を片付けた。

信じられない速度で自転車をこいで職場から自宅へ戻った。自宅について何よりすぐにえむの無事を確かめたいのにこんなご時世で手洗いうがいをしなくてはならなくてワンワンと泣きながら手洗いうがいをした。きっと偶然だけどえむは玄関の方向を見て寝ていた。「えむ会いたかったよ、ずっとえむのこと考えてた。えむのこと大好きだよ」といいながら汗だくのままポカリ水を飲ませた。毎日毎日もっと早く帰ればよかったと思った。


えむの歯茎の異変に気が付いた。えむの下の犬歯は保護した時から1本は抜けている。残った犬歯周辺の歯茎が白く変色して引っ張ると歯の根っこが見えた。
いままで腎不全の悪化が原因だと思っていたけど食べられなくなったのも水が飲めなくなったのも歯が痛いせいかもしれない。

ここから数時間かなり悩んだ。
以前病院に歯周病の悪化に伴う痛みなどの弊害を緩和(治療ではない)させるには抗生剤の注射という選択があるといわれた。ただえむは過去口からの抗生剤の投与にことごとく失敗をしていて食欲不振、吐き気などの副作用に毎回悩まされた。抗生剤は腎臓に負担がかかる。歯ぐきから血がにじむことを相談したとき、食欲もあり体重も維持でき安定しているときだったのでバランスを崩すことはやめようと保留にしていた。
逆にもし抗生剤を打って口の痛みを少しでも緩和できたとしよう。もしかしたらまた自力でご飯を食べ水を飲めるかもしれない。甘えてくれるかもしれない。でも水が飲めなかったこの数日の事実は消えない。確実に脱水に伴う腎不全の悪化は進んでいる。そしてこれは「緩和」であって「治療」ではない。効果がなくなったらまた打たなくてはならない。苦しい時間を延ばすだけではないか。すべての方向にメリットとデメリットが背中合わせ。メリットしかない方向をどう探しても見つからない。わたしの気持ちもぐちゃぐちゃだった。生きてほしい。でも苦しみが長引くのはいやだ。ここで終わらせるのが一番楽かもしれない。でも、でも…。

それでもわたしは悩みに悩んで打つ方針で動物病院に電話をした。痛みが取れる可能性に賭けたかった。先生からの「やる意義はあると思う」という言葉にも押された。ただえむを病院に連れて行く気はない。わたしの手でやることになる。もしかしたら腎臓に負担をかけてとどめを刺してしまうかもしれない行為をわたし自身の手でやらなくてはならない。皮下注射なんてもちろんやったことがない。先生から「輸液をやっているならほかの人よりも慣れている絶対できる。」といわれた。うっそだーーーーと思いながら覚悟を決めて病院に向かった。
びっくりするくらい土砂降りの中、えむと一瞬でも長く居たいから早く帰れるように自転車で向った。病院についたらすぐに先生自身が受付に出てくれてやり方の説明をしてくださった。

処方してもらったのはコンベニアという抗生剤。効果が二週間持続する抗生剤。意を決してやってみたら輸液とは針と指の位置関係が全く違って戸惑ったけど無事に処置できた。

いまでも打ったことが正解かはわからない。ただ無茶苦茶に、頭が割れるんじゃないかというくらい悩んでやったことなので後悔はしていない。

えむのためなら土砂降りのなか自転車もこげるし、注射もできるのかと無敵な気分だった。

この後は比較的深く眠っていたと思う。夜中はテーブルの下のベッドから窓際やカーペットの上、部屋の隅などと寝たり起きたりを繰り返していた。えむが何を求めているのかわからなくて不安な夜だった。今思えばそっとしておけばいいだけなのにね。えむが起きるたびにわたしも起きてお水を飲ませた。


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