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巫蠱(ふこ)第十六巻【小説】



▼そとの人間にんげん

 用意よういされていた椅子いす旅人たびびとがすわると、かべこうにいるひと自分じぶんせきいた。

「まずコウさん、あなたは偽名ぎめい使つかっていますか」
「よくかりましたね」
全員ぜんいんおな質問しつもんをしているだけです」

 透明とうめいかべ細長ほそながいすきまがたてにいくつかあけられているので、こえつたわる。

▼そとの人間にんげん

越境えっきょう目的もくてきは」
ひとさがしです」

普段ふだんは、なにを」
組織そしき代表だいひょうを」

生年せいねん月日がっぴは」
「わたしの故郷こきょうには誕生日たんじょうび概念がいねんてる風習ふうしゅうがあります」

最近さいきん国際間こくさいかん緊張きんちょうについてどうおもいます」
「なにもおもいません」

「あなたのあいするくにおしえてください」
「ありません」

▼そとの人間にんげん

最後さいご質問しつもんです。あなたが現在げんざいっているものは、なんですか」
「かさです」

 実際じっさい旅人たびびと待合所まちあいじょにいたときからずっとそれを自分じぶんちかくにいていた。よごれもれもない状態じょうたいでたたみ、いまは椅子いす座面ざめんかせている。

「いつあめがふるかもかりませんので」

▼そとの人間にんげん

 かべこうの質問者しつもんしゃ表情ひょうじょうえず、うなずいた。
「わたしからの検査けんさ以上いじょうです。おつかれさまでした。偽名ぎめいけん追及ついきゅうしませんので、ご安心あんしんを」

 たいして旅人たびびとがり、かるれいをし、その部屋へやをあとにした。
 そとにひかえていたへい案内あんないされ、つぎ所持品しょじひん検査けんさける。

▼そとの人間にんげん

 旅人たびびと荷物にもつすくなかった。一本いっぽんのかさのほかは、ほとんどのままであった。危険物きけんぶつかく余地よちはないということで、所持品しょじひん検査けんさはすぐにわった。
 これで、国境こっきょう通過つうか許可きょかた。

「まあこうのくにでも検査けんさがあるとおもいますが」
 へいのひとりがもうわけなさそうにう。

▼そとの世界せかい

 太陽たいよう位置いちかぎり、いまは正午しょうごぎのようだ。このあと類似るいじ検査けんさけても日暮ひぐれまでにはうだろう。

 そう旅人たびびと判断はんだんし、国境こっきょうをまたいだ。

 しかし国境こっきょうせんがどこにかれているのかからなかった。あるいはそのせんんづけたのかもしれないが、とくになにもかんじない。

▼そとの世界せかい

 国境こっきょうせんじょうにあるのは小石こいし雑草ざっそうべつ場所ばしょでは街道かいどう石畳いしだたみ確認かくにんできるだろう。
 最近さいきんまで両国りょうこくなか良好りょうこうであったせいか、かべはない。

 緊張きんちょう状態じょうたいはいってからもかるさくさえもうけない。たがいに相手あいてこく刺激しげきしたくないのだ。
 一方いっぽうへいたちが肉眼にくがんでにらみ状況じょうきょうつづいている。

▼そとの世界せかい

 そういった、なんともえない視線しせんおお交差こうさするなかで、旅人たびびと国境こっきょうえなければならなかった。

 ただ、彼女かのじょつぎあしそうとしたときだ。

 前方ぜんぽうにいたひとりのへいが、きゅうふるえた。かれ自身じしん頭頂とうちょうをなでたあと、そらを見上みあげた。
 くもひとつない、快晴かいせいであった。

▼そとの人間にんげん

 どうやらわたった上空じょうくうから雨粒あまつぶちてきたらしい。

 旅人たびびと前方ぜんぽうにいるへいたちは、それを「天気てんきあめ」とった。
 一方いっぽう、うしろからは「きつねよめり」というこえがあがった。

 ちたのは一粒ひとつぶだけではない。旅人たびびとのうなじにもたった。二粒ふたつぶ……三粒さんつぶ……まだまだ、ふってくる。

▼そとの世界せかい

 土砂どしゃりになった。もはや「天気てんきあめ」ないしは「きつねよめり」の降水こうすいりょうではない。

 へいたちも、旅人たびびと以外いがい国境こっきょう通行つうこう許可きょかされたものたちも、あわてふためく。

 きゅう雨雲あまぐも発生はっせいしたわけでもない。人々ひとびと頭上ずじょうかぶのは太陽たいようのみ。まるで青天せいてんが、あめとしているかのようだ。

▼そとの人間にんげん

 平静へいせいもどしたへいたちが、あま宿やどりできる場所ばしょ一般いっぱんじん誘導ゆうどうする。旅人たびびともそれにしたがう。

 ここでだれかがさけんだ。
「御天(みあめ)さま!」

 雨音あまおとにかきされることなく、はっきりみみとどこえ。その絶叫ぜっきょうに、みなの表情ひょうじょうあおざめ、くもる。
「まさか『彼女かのじょ』が本当ほんとうに……」

宍中ししなか御天みあめ

 まって彼女かのじょ戦争せんそうのまえにあらわれる。くもなきあめをふらせ、人々ひとびとまどわすという。存在そんざい自体じたい凶兆きょうちょうおもわれている。

 御天(みあめ)というむかしから忌避きひされてきた。その世界せかいう「きつねよめり」は彼女かのじょかげかくすための言葉ことばでもある。
 なお当代とうだい御天みあめ何代なんだいかはからない。

▼そとの人間にんげん

分岐ぶんきてん[ありえないとおもわれる選択せんたく

 ……そのむべきひびかせる絶叫ぜっきょういて、避難ひなんれつからはずれる一般いっぱんじんがひとり。
 かさをったれい旅人たびびとである。

 避難ひなん誘導ゆうどうするへいあやまったかとおもうと、みなの制止せいし言葉ことばかずにこえ発生はっせいしたほうにはしりだした。
 ひとりちつくしているさけごえのぬしにり、かさをひろげる。

▼そとの人間にんげん

 旅人たびびとは「だいじょうぶですか」とか「いてください」とか、そんなこえかけをしなかった。かさを相手あいて頭上ずじょうしたまま、「商人しょうにんさん」とぽつりとった。そしてつづける。
彼女かのじょかおでもましたか」

 相手あいて一瞬いっしゅんだけいて言葉ことばかえす。
「いいえ、旅人たびびとさん」

▼そとの人間にんげん

 ぼうちになっているかれ旅人たびびとっていた。きょうの午前ごぜん会話かいわした商人しょうにんだ。こえおぼえていた。かお記憶きおくしていた。名前なまえわすれたので、「商人しょうにんさん」とびかけた。

 かれ旅人たびびとのことをおもしたようで、やや表情ひょうじょうゆるめてつぶやく。
「わたしは御天(みあめ)さまのかおりません」

▼そとの人間にんげん

彼女かのじょさけんだ理由りゆう単純たんじゅんです。『そこにいる』とおもわれたからです」
「なるほど、この天気てんきですからね」

 みきった青空あおぞらのもと、まだ土砂どしゃりは、やみそうにない。

旅人たびびとさん、あなたですか」
「はい、わたしは旅人たびびとです」
「……あなたが御天(みあめ)さまなんでしょう」

▼そとの人間にんげん

おもみですよ、商人しょうにんさん。わたしはあなたのびかけにおうじてここにたのではありません。おぼえのあるこえみみはいったからになっただけです」

 旅人たびびとくびをまわして、うしろをる。
「ともあれ、あま宿やどりしましょうか」

 ひとかげがふたつ、あめにまぎれてちかづいてくる。

▼そとの人間にんげん

 人影ひとかげ正体しょうたいは、この天候てんこうのなか避難ひなん誘導ゆうどうをおこなっていたへいたちだった。

 商人しょうにん旅人たびびと彼等かれらについていく。案内あんないされたのは、ややおおきめの頑丈がんじょうそうな建物たてものへい屯所とんしょのひとつを避難ひなん場所ばしょとして開放かいほうしたらしい。
 その屋根やねのしたにはいったところで、迷惑めいわくをかけたと商人しょうにんびた。

▼そとの人間にんげん

 れい声高こわだかさけんだこと。異常いじょう土砂どしゃりのもと避難ひなんもせず旅人たびびとへいたちに余計よけい手間てまをかけさせたこと。
 以上いじょう謝罪しゃざいしたうえで商人しょうにん自分じぶんさがしにてくれたことへの感謝かんしゃ言葉ことばくわえた。

 へいたちは返答へんとうわりに微笑びしょうする。
「ずぶれでしょう。ぬぐい、しますよ」

▼そとの人間にんげん

 あめれたからだをふいたあと、旅人たびびと商人しょうにん屯所とんしょのなかの広間ひろまにとおされた。そこでは、ほかの避難ひなんしゃたちが大勢おおぜいうずくまっていた。

 そのあいだをって、あいている空間くうかんさがすふたり。

 ちなみに旅人たびびとのかさは、屯所とんしょ玄関げんかんにあった「かさて」にいてきている。

▼そとの人間にんげん

 すでにかべぎわひとでうまっていた。しかし広間ひろまのちょうど中央ちゅうおう位置いちする場所ばしょにはだれもいなかった。

「ここでやすみましょう」

 そんな旅人たびびと提案ていあん商人しょうにん首肯しゅこうする。
(きょうったばかりで、しかもさきほど問題もんだいこした自分じぶんたいしてみょうやさしいもするけれど……)

▼そとの人間にんげん

 ふたりはそのこしをおろす。おたがい、しばらくだまっていた。じる旅人たびびと。うつむく商人しょうにん

 周囲しゅうい人々ひとびと会話かいわこえる。

「……もし『彼女かのじょ』があらわれたとしたら」
「……そのさけんだやつがいたとか」
「……がふれたのか」
「……もう兵隊へいたいさえられただろう」

▼そとの人間にんげん

兵隊へいたいに……?)

 その言葉ことばみみにして商人しょうにん気付きづいた。さきほど自分じぶんさがしにてくれたへいたちも、本来ほんらい自分じぶん拘束こうそくしようとしていたのではないかと。だがそれは回避かいひされた。
 なぜ。
 はっとしてのまえの旅人たびびと視線しせんうつすと、そのまぶたがゆっくりとひらいた。

▼そとの人間にんげん

「あなたがけてくれていなかったら、わたしは」
こえおさえましょう」

 旅人たびびと商人しょうにんはなしをさえぎる。
「みんないていないふりをしながらいているものです」
 そうみみちし、まわりのものたちをまわす。
かれてもいい話題わだいはどうです。たとえば、たがいの名前なまえとか」

▼そとの人間にんげん

「なおわたしはコウと名乗なのっています」
「まあ、あなたとは奇妙きみょうえんかんじますし、こちらも……あれ、でも旅人たびびとさん、待合まちあいじょでわたしの名前なまえばれるのをいてましたよね」
わすれたもので」
「では『余分よぶん』の『』といてアマリです」
「なるほど、今度こんどおぼえられました」

(つづく)

▽次の話(第十七巻)を読む

▽前の話(第十五巻)を読む

▽小説「巫蠱」まとめ(随時更新)

★IF[ありえないとおもわれる選択せんたく

「そとの人間にんげん⑫」より分岐ぶんき可能かのうせい皆無かいむ

 旅人たびびとうごかなかった。土砂どしゃりのなかでもあめにうたれるまま、っているかさをひらきもしない。

 避難ひなん誘導ゆうどうするへいたちが、なにやらはなっているのがこえる。雨音あまおとのせいで、詳細しょうさいまではからない。

 そのうちのふたりがあめこうにえていく。さきほど絶叫ぜっきょうこえてきた方向ほうこうである。

 しばらくして、ふたたび「御天(みあめ)さま」というだい音声おんじょうとどろいた。今度こんど悲鳴ひめいのようにもおもわれた。

 何回なんかい連続れんぞくしてそのさけばれる。こえのところどころに、すすりきのようなおとじる。

 おそらくあのへいたちが、こえぬしだまらせようとしているのだろう。当然とうぜんだ。ただでさえ緊張きんちょうたかまっている場所ばしょに、この不吉ふきつ異常いじょう気象きしょう。これ以上いじょう現場げんば混乱こんらんさせるわけにはいかない。へたすれば戦争せんそうにもなりかねない状況じょうきょうなのだ。

 奇妙きみょうなのはへいたちのこえとどかないこと。彼等かれら黙々もくもく役目やくめ遂行すいこうしているものとおもわれる。

 そして、じきにれいこえ途切とぎれた。

 へいふたりが、「かれ」をれてる。かおぬのかくされ、みえない。いや、どちらにしても、このあめのなかではちからないかぎかおからずとも無理むりはない。

 ただ、かれ口元くちもと様子ようすはみえた。ぬぐいらしきもので、さるぐつわをかまされた格好かっこうだ。なぜぬぐいが使用しようされているのか。それは拘束こうそくする相手あいて油断ゆだんさせるためだったとおもわれる。

 かれは、避難ひなんしている一般いっぱんじんのまえにわざわざれてられた。「こえ元凶げんきょうさえた」とへいたちは誇示こじしたかったのだろう。しかし、これについて歓声かんせい安堵あんどといった反応はんのうられなかった。

 旅人たびびと遠目とおめにそれをていた。ここで、「はや屯所とんしょはいってください」とほかのへいにせかされた。

 彼女かのじょは、ひらきもしなかったかさを屯所とんしょ玄関げんかんの「かさて」にした。

 おくすすもうとしたところで、そとからひとこえこえた。

御天みあめさま」「御天みあめさま」……

 こえはひとりのものではなかった。何重なんじゅうにもかさなっていた。

 へいこえくわわり、どんどんおおきくなり、そして。

 あめがやんだ。

 小石こいし雑草ざっそうのうえにたくさんの人間にんげんたおれている光景こうけい白日はくじつのもとにさらされる。れている彼等かれらのからだを、太陽たいよう直接ちょくせついている。

 どうやら戦争せんそうはじまったようだ。

 旅人たびびと屯所とんしょからた。ほかの一般いっぱんじんのほとんどは、なかの広間ひろまでうずくまったままだったが。

 かさてから、かさをく。ここでようやくそれをひろげる。

 なんの表情ひょうじょうつくらず、彼女かのじょあしす。そして戦場せんじょう隙間すきま轟音ごうおんのなかに、えていった。

(おわり)

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