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巫蠱(ふこ)第十八巻【小説】



▼そとの世界せかい

「しかし素性すじょうかくすにはお粗末そまつ偽名ぎめいでは」
 
「わざとだろうな。楼塔皇(ろうとうすべら)がたときに大規模だいきぼきつね嫁入よめいりがこったことにしても、できすぎている」
 
戦闘せんとう回避かいひしたこともか」
 
「それはおれたちの努力どりょくだ。とにかく、現在げんざい彼女かのじょたちをさぐ必要ひつようがあるな」

茶々利ささりシズカ①

「じゃ直接ちょくせつむか。だがおれひとりだとかえされるな」
 
………………
 
 あれから数日すうじつかれちゃをすすりながら、ある人物じんぶつっていた。
 わせ場所ばしょは、国境こっきょうから南東なんとうすすんださきにある街道かいどう沿いの茶屋ちゃやまえ
 
 びともなくて、こえをあげた。
 
「シズカさん!」

茶々利ささりシズカ②

 かれ……茶々利(ささり)をシズカとんだのは、重要人物じゅうようじんぶつにかこうとしてかみやぶいてしまったれい兵士へいしだった。
 
 ともあれ茶屋ちゃやのなかにはいせきく。
 
「あの、さきほどはおもわず」
にしなくていい。堂々どうどうばれたのはひさしぶりだよ。おれってそんな名前なまえしてたなって」

茶々利ささりシズカ③

「シズカとびたいならべばいい」
「……はい!」
 
 そして茶々利ささりもといシズカたちは軽食けいしょく注文ちゅうもんする。
 
「それにしても、う……とうさんもシズカさんが現場げんばはなれるのをよくゆるしてくれましたよね」
 
現場げんばなんてえず移動いどうするものさ。それを上司じょうし有能ゆうのうだよ」

茶々利ささりシズカ④

 ――と、ここで。
 
「うちの筆頭ひっとうにシズカくんのつめあかせんじてませたいところだ」
 
 とつぜん会話かいわんでくるこえがあった。
 
 ふたりはこえこえたほうにける。自分じぶんたちのいていた食卓しょくたく空席くうせきだった椅子いすだれかがすわっている。
 
「もうひとりのびと到着とうちゃくか」

草笠くがさクシロと刃域じんいき宙宇ちゅうう

「あなたもわせを? はじめまして。
自分じぶんはシズカさんの部下ぶかの草笠(くがさ)クシロです」
 
「ご丁寧ていねいに。わたしは刃域宙宇(じんいきちゅうう)。おとといシズカくんに紹介状しょうかいじょういてほしいとたのまれてた。
 
「なにせ上質じょうしつなたまごのからをくれるとうからな」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ①

(たまごのから……なんの隠語いんごだ)
 
 かんがえるクシロ。
 
 それに気付きづくシズカ。
 
最近さいきん白昼堂々はくちゅうどうどうたまごのからべる人物じんぶつ目撃情報もくげきじょうほうせられていた。くに食文化しょくぶんかからすれば、めずらしいからな。
 
「その正体しょうたいが、同席どうせきした彼女かのじょ接触せっしょく以前いぜんから検討けんとうしていた」

刃域じんいき宙宇ちゅうう

 シズカたちが軽食けいしょくをとる一方いっぽう、宙宇(ちゅうう)はちゃだけを注文ちゅうもんしてむ。
 
紹介状しょうかいじょうまえ確認かくにんだ。べながらいてくれ。これからふたりは、かのみ、わたしの仲間なかまうのだろう。
 
「みっつ忠告ちゅうこくする」
 
 ――みやげをわたすな。
 ――年齢ねんれいくな。
 ――ゆるすな。

茶々利ささりシズカと刃域じんいき宙宇ちゅうう

「刃域(じんいき)さん、言葉ことばどおりの意味いみなのか」
 
「シズカくんの疑問ぎもんかる。
本当ほんとうしいのに『らない』とうそをつくものもいるからな。当然とうぜんそんなおくゆかしいまわしじゃないさ。
 
「それと追加ついか忠告ちゅうこくだ。わたしたち個人こじん名字みょうじ単体たんたいばないほうがいい」

刃域じんいき宙宇ちゅうう

「この言葉ことばきじゃないがぶならした名前なまえだ。名字みょうじ名前なまえわせてもいい。
 
「ひとつの名字みょうじにつき姉妹しまい三人さんにんずついるのはっているだろう。名前なまえびじゃないとかりにくいんだ。
 
れしいなんておもわないし、おもわれないさ。
 
手始てはじめにわたしをてにしろ」

茶々利ささりシズカと刃域じんいき宙宇ちゅうう

★分岐点⇒[ありえないと思われる選択]

 それから三人さんにん茶屋ちゃやて、街道かいどうのはしを南東なんとうすすんだ。
 
 ひとどおりがすくなくなったところでシズカがあしをとめる。
宙宇ちゅうう。たまごのからだ。安全あんぜんべられるよう処理しょりしてある」
 
 ふくろをった宙宇ちゅううは、かけらをし、かんだ。
 
 砂利じゃりのようなおとがした。

刃域じんいき宙宇ちゅうう

 から彼女かのじょう。

「……たしかに上質じょうしつだ。ではシズカくん、約束やくそく紹介状しょうかいじょうわたそう。これをって葛湯香(くずゆか)のもとをおとずれるといい。

彼女かのじょ現在げんざい、之墓(のはか)と宍中(ししなか)の境目さかいめのそとにいる。わたしとてはいないが、かわいいかわいいいもうとだ」

茶々利ささりシズカと刃域じんいき宙宇ちゅうう

「さて取引とりひき終了しゅうりょうだ。クシロくんもシズカくんもせいぜいなないように」

った」
「なにかわすれていたか」

宙宇ちゅうう、なぜおまえは巫蠱(ふこ)になった」

「巫女(ふじょ)の全員ぜんいんうつもりか。まあ、からのおつりだ。理由りゆう単純たんじゅん世界せかいすべてを、軽蔑けいべつしたいとおもうから」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ②

 宙宇(ちゅうう)がったあと、クシロがくびをひねる。

世界せかいすべてを? どういう意味いみなんでしょう」

 眉間みけんにしわをつくり、だが口角こうかくをあげながらシズカがおうじる。

「あいつ、おれまえうそをつくのが無駄むだ見抜みぬきやがったな。だから抽象的ちゅうしょうてき言葉ことばでごまかしたんだろうよ」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ③

 シズカたちは宙宇ちゅうう指定していした場所ばしょかう。

「ここからさらに街道かいどう南東なんとうにたどってひがしれる。そしてしばらく直進ちょくしんしたのちに北上ほくじょうってとこか」

最初さいしょ彼女かのじょたちの西端せいたん、楼塔(ろうとう)にいくのはどうです」

「……いや、ひとまずはわれたとおりにしよう」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ④

 ふたりはたがいの認識にんしきにずれがないか確認かくにんいながら街道かいどうあるいていた。

「草笠(くがさ)は彼女かのじょたちをどこまでってる」

全員ぜんいん名前なまえかります。巫女ふじょ蠱女こじょかく十二じゅうにめい。『地名ちめい名字みょうじにとるさん姉妹しまいけいやっつ』とも説明せつめいできます。刃域じんいきだけは不詳ふしょうですが」

上出来じょうでき

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ⑤

巫女ふじょは『おももの』であり赤泉院せきせんいん桃西社ももにしゃ後巫雨陣ごふうじん刃域じんいき名字みょうじかんします。

「たとえば宙宇ちゅうう刃域じんいきだから巫女ふじょですね」

巫女ふじょを『みこ』ではなく『ふじょ』とぶのもおたが徹底てっていしよう。みをちかづけることで巫女ふじょは蠱女(こじょ)と対等たいとう関係かんけいであるとしめしている」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ⑥

一方いっぽう蠱女こじょ巫女ふじょついをなすもの。皇(すべら)と、そして」
 クシロは小声こごええる。
「御天(みあめ)も」

かんする名字みょうじないし地名ちめい楼塔ろうとう宍中ししなか之墓のはかさし
さしみは『しろ』でなく『さし』だな。『おももの』の巫女ふじょたいし、蠱女こじょは『おもわれるもの』として存在そんざいする」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ⑦

仕事しごと以外いがいはなしもしよう。草笠くがさ小説しょうせつのたとえを使つかってれいのことを説明せつめいしてたよな。趣味しゅみなのか」

もですが手慰てなぐさみのいきです」

言葉ことば認識にんしき再生産さいせいさんだよ。直視ちょくししづらい彼女かのじょたちをるのにやくつ」

自分じぶんかみやぶりましたが。あれ、結局けっきょく仕事しごとはなしになってません?」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ⑧

 そんな会話かいわわしつつシズカとクシロは街道かいどうすすむ。

 馬車ばしゃ利用りようし、翌日よくじつには第一だいいち目標もくひょう地点ちてんたっした。そこでみちかれる。南東なんとうびる街道かいどうはずれ、ひがしかう街道かいどうえる。

 ると、そのみち左手ひだりて無数むすうわっていた。

「まるでなにかをまももりですね」

茶々利ささりシズカと草笠くがさクシロ⑨

 もりは、ずっとさきまでつづいていた。右手みぎて風景ふうけいすすめるたびわるのに、左手ひだりて景色けしきはどこまでいってもおなじまま。

 クシロはひだりながら「……」とつぶやきつつあるく。

 シズカはくびみぎにやってはいったものをう。
宿駅しゅくえき民家みんか殺風景さっぷうけい花畑はなばたけ……」

草笠くがさクシロ①

 かぞえるのにきたクシロは、あくびまじりにびをする。

「でも密度みつど尋常じんじょうじゃないですね。みきみきのあいだなんてどもしかとおれないはばですよ。……おや?」

 をこすりかれ左斜ひだりななまえ視線しせんける。
 なにかのかげもりからすっとあらわれて街道かいどう石畳いしだたみんだのだ。

草笠くがさクシロ②

 クシロはちいさな人影ひとかげ遠目とおめにみとめた。
街道かいどう沿いの民家みんかにでもんでいるどもかな)

 とうどもはあたりを見回みまわしたのち、クシロのほうにかってきた。
 かれまえまり、右手みぎてして一言ひとこと
べて」

 その中指なかゆびひとゆびのあいだにはっぱが、はさまっていた。

草笠くがさクシロ③

「どうしてぼくっぱを」

 クシロがをかがめ質問しつもんすると、そのどもは素直すなおこたえた。

「わたしたちのことをりたそうなかおがみえたので」
「わたしたち」

可能性かのうせいおもっていました」
おもう」

言葉ことばかた的確てきかくですね。おさっしのとおりわたしはもりけたさきものです」

後巫雨陣ごふうじんえつ

「わたしは説(えつ)。巫女(ふじょ)のひとりです。

「このっぱは、ちょうどこのもりこうにある後巫雨陣(ごふうじん)のえている植物しょくぶつからもいできたもので、べられます。おくものおもってください。

我々われわれとはなる世界せかいきるあなたがたへ」

(つづく)

▽次の話(第十九巻)を読む

▽前の話(第十七巻)を読む

▽小説「巫蠱」まとめ(随時更新)

★IF[ありえないとおもわれる選択せんたく

茶々利ささりシズカと刃域じんいき宙宇ちゅうう②」より分岐ぶんき可能性かのうせい一割いちわり五分ごぶ

 三人さんにん茶屋ちゃやをあとにし、街道かいどう沿って南東なんとうすすんだ。

 しばらくあるいてシズカがう。

すこみちをしよう。宙宇ちゅうう、おまえにわたすたまごのから……それをあずけているところにいく。安全あんぜんべられるよう処理しょりたのんであるんだ」

素晴すばらしいづかい、いたるな」

 宙宇ちゅうううれしそうに、ひらでシズカのかた小気味こきみよくたたいた。

 とうのシズカはクシロと宙宇ちゅううれ、街道かいどうはずれた。

 人気ひとけのない小道こみちはいる。

 小道こみちはやしつづいていた。そのはやしのなかに小屋こやがあった。

「ここ、にわとり小屋ごやですか」

 クシロの言葉ことばどおり、そこにはたくさんのにわとりがいた。
 小屋こやかべ金網かなあみつくられている。そこにむにわとりたちの気性きしょうあらいらしく、えずごえをあげたりはしまわったりしている。

 にわとり小屋ごや比較的ひかくてきおおきいほうで、かべ金網かなあみでなかったら普通ふつう民家みんかにもみえただろう。

 そんな小屋こや中心ちゅうしんひと空間くうかんがあるようだ。

 金網かなあみごしにると、「小屋こやのなかに小屋こやがある」のだとかる。
 外側そとがわ金網かなあみかこわれたところがにわとりの、内側うちがわ漆喰しっくいでおおわれた場所ばしょ人間にんげん居住きょじゅう空間くうかんであるらしい。

 その内側うちがわ小屋こやいていたがひらき、なかから精悍せいかんからだつきをした壮年そうねんおとこた。

「こいつらが興奮こうふんしているとおもったら、茶々利ささりか」

 シズカはあやまって、かれかねにぎらせた。

たのんでいたたまごのからを。ようんだらすぐにる」

「ああ、あれならちょうど処理しょりわったところだよ」

 壮年そうねんおとこ自分じぶん小屋こやにいったんもどった。ふくろをってきて、シズカに手渡てわたす。

 シズカは感謝かんしゃ言葉ことばみじかべた。きびすをかえし、もとみちをふたたびむ。
 
 クシロと宙宇ちゅううかれつづく。

 小屋こやからはなれ、はやし小道こみち途中とちゅうたところでシズカがまる。

宙宇ちゅうう、たまごのからだ。あのおとこ素性すじょうについてはくわしくはなせないが、上質じょうしつなものを用意よういしてくれたことは間違まちがいない」

「なぜここでわたす」

「ひと区切くぎり、ついたようながしたからな」

結構けっこう理由りゆうだ」

 ふくろをった宙宇ちゅううは、かけらをし、かんだ。

 砂利じゃりのようなおとひびく。

 そこに――。

 宙宇ちゅううのうめきごえじった。彼女かのじょはのどをさえ、そのにくずおれる。
 声帯せいたいおくから、「が」とも「あ」ともつかないおとがしぼりだされている。

宙宇ちゅうう、どうしたんです。だいじょうぶですか」

 クシロは彼女かのじょ近寄ちかより、そのをさすりつつみゃくをはかった。

「おそらくからにあたったんです。はきだしてください」

 かれ宙宇ちゅうう気遣きづかいながら、シズカにもかおける。

「とにかくまずはにわとり小屋ごやもどりましょう。さっきのひとならなにかっているかもしれません。そのあとで医者いしゃに……」

「いや」

「シズカさん?」

「そのままでいい。おれ仕組しくんだどくだから」

 クシロはみみうたがった。

 そしてシズカはをたたく。一定いってい拍子ひょうしをつけて。

 するとかず、はやし木々きぎのかげからおとこたちがあらわれた。

 彼等かれらはクシロと同様どうよう、シズカの部下ぶか兵士へいしのようだ。
 合計ごうけい六人ろくにんいる。全員ぜんいん武装ぶそうしている。

「さっさとはこぶぞ」

 シズカの命令めいれい六人ろくにんうごく。

 うごかない宙宇ちゅううをかばうものは、ただひとり。

「あの、シズカさん、なんですか。説明せつめいしてください」

 ふるえるこえすクシロに、シズカは淡々たんたんこたえる。

むずかしいことはない。彼女かのじょたちとわたうには、これくらいしないと駄目だめなんだ。
すべてがめば解放かいほうするし、危害きがいくわえない。そのどくにしても一時的いちじてき行動こうどう抑制よくせいするもので危険きけんはない」

「いや、一時的いちじてき行動こうどう抑制よくせいするどく摂取せっしゅさせた時点じてんで、危険きけんでしかありません」

「もっともだ」

 ここでシズカは、木々きぎえだられたそら見上みあげた。
 それを確認かくにんした瞬間しゅんかん、クシロは宙宇ちゅううをかかえてそのはなれようとした。

 しかし、ほかのへいたちにみちをふさがれてしまう結果けっかわった。

おれがすきをせるのをっていたのか」

「なんで自分じぶんになにもってくれなかったんです」

「――それこそむずかしいことはない。なにもらないきみ一緒いっしょだとだましやすいとんだのさ、クシロくん」

 クシロはおどろいた。自分じぶんのかかえていた彼女かのじょ平然へいぜんがり、なにごともなかったかのように会話かいわんできたのだから。

「まったく……どく使つかったにもかかわらずへい十人じゅうにん用意よういするとはな」

 そういながらがった宙宇ちゅううたいし、シズカは渋面じゅうめんつくる。

六人ろくにんだ。草笠くがさおれのぞいて」

「いや、四人よにんのかげにせたままにしているだろう。用心ようじんぶかいことだ」

時間じかんあたえすぎたのか……。だがどくはまだいているはず。いまなら全員ぜんいんでかかれば、いくら刃域じんいき宙宇ちゅううでも」

「シズカくん」

 そのとき、宙宇ちゅううはためいきをついた。吐息といきには、最大限さいだいげん軽蔑けいべつがこもっているかのような抑揚よくようがあった。

きみれて十一人じゅういちにんだろう。たかが」

 わるやいなや、宙宇ちゅううからだちゅうく。

 彼女かのじょは、まず三人さんにんへい首筋くびすじんで、地面じめんたおした。
 そのまま小道こみちはずれ、はやしのあいだにはいる。

 やく三十さんじゅうびょう木々きぎのあいだから四人よにんぶんからだしてきて、シズカの足下あしもところがった。

 かんはつれず、宙宇ちゅううがふたたび姿すがたせる。それも、四人よにんからだんできたほうとは正反対せいはんたい方向ほうこうから。

 きょかれたのこ三人さんにんへいもあっさりと地面じめんしずむ。

 最後さいご宙宇ちゅううはシズカのまえ無言むごんった。

 かれおもわずあとずさりしたところで、あしをひっかけころばせた。

部下ぶかたちのことは心配しんぱいしないでいい。
言葉ことばかえさせてもらうと、一時的いちじてき行動こうどう抑制よくせいしただけだ。危険きけんはない」

 まわりで気絶きぜつしているへいたちを見回みまわし、宙宇ちゅうう愉快ゆかいそうにわらう。

「しかし精鋭せいえいあつめたな。それなりに時間じかんがかかった。シズカくんは有能ゆうのうだよ。油断ゆだんがない、ほとんど」

 仰向あおむけにそらながらシズカがつぶやく。

「おまえのちからを見誤みあやまったつもりはない。だからわざわざどくもちいた。人数にんずうもそろえた。どういうことだ。宙宇ちゅううどくかないのか。

「あいつがおれ裏切うらぎったともかんがえられない」

「……あいつとは、にわとり小屋ごやおとこか。わたしもそこまでまわしていない。

「それにわたしは無敵むてきでもなんでもないと自分じぶんおもっている。どくくさ」

「なに?」

「つまり最初さいしょからどくきのからをくちにしていないということだ」

「そうか、おまえが普段ふだんあるいているからべたか」

「いや、それは無理むりだな。わたしはシズカくんの用意よういしてくれた上質じょうしつなたまごのからっていなかった。すりかえようとしてもから状態じょうたいからきみ見抜みぬかれるさ」

 宙宇ちゅううはシズカのふところにみ、ふくろをした。

「シズカくんはふたつの選択肢せんたくしっていた。わたしに普通ふつうのたまごのからわたすか、どくきをわせるか」

 彼女かのじょはシズカの頭上ずじょうでふくろをった。中身なかみのこすれるおとがする。

どくのないからわたすならみちすがらで問題もんだいない。あるいていたほうが便利べんりだろう。いざというときにわたしをぎょしやすいかもしれないしな。

どくきのからあるいていなかったのもかる。さすがに人目ひとめのある街道かいどうでわたしにたおれられたらこまるだろう。

最初さいしょからっているものをわたすとすれば、人気ひとけのないところにわたしを誘導ゆうどうする口実こうじつつくりにくい。

「そんなシズカくんの思惑おもわくかっていた。街道かいどうでわたしにかたをたたかれただろう。そのときにシズカくんのふところのふくろからからすこぬすんだ。さすがにまるごとぬすむとばれるからな。

「たとえ少量しょうりょうでも気付きづかれないよう拝借はいしゃくするのは不可能ふかのうおもうか。いや、そんなことはない。わたしがそれくらいできるとおもったからには。

「ともかく、そのときったからどくきのわりにべたというわけだ。

「わざわざくるしんでみせたのは、きみたちの真意しんい確認かくにんするため……というのはうまでもないか」

 シズカはりょううでをおおい、う。

おれ言葉ことばとは裏腹うらはら通常つうじょうからをすでにっていることをどうやって見抜みぬいた」

「わたしがどれだけたまごのから執着しゅうちゃくしているとおもっている。茶屋ちゃや時点じてんかっていたさ。

「それにもかかわらずべつ場所ばしょからりにいくときみった。なにかあるとおもわないほうがおかしい」

「……あとひとつきたい。からべたあとのおまえのくるしみは本物ほんものだった。どうおれをあざむいた」

だれかってっている。わたしは巫女ふじょおもものだ。自分じぶんで、くるしんでいるとおもむことも可能かのうだ」

 ここでシズカは仰向あおむけをやめ、右半身みぎはんしん地面じめんけるようにころがった。

おれけのようだ。おまえの仲間なかまにはどうとでも報告ほうこくしてくれ。ただし、にわとり小屋ごやのあいつも、そこらにのびているおれ部下ぶかたちも、当然とうぜんながら草笠くがさクシロも、おれ利用りようされたにすぎない」

「……報告ほうこくはする。だがざまにはわない。なぜなら」

 シズカのふところからったふくろをらしながら彼女かのじょみをつくる。

普通ふつうべられる上質じょうしつからも、きみ約束やくそくどおり用意よういしてくれていたから。これをってかえりたいが、いいだろうか」

「……ああ」

 宙宇ちゅううはシズカにける。ぎわに、どくきのからはいったふくろと、紹介状しょうかいじょういていった。

 呆然ぼうぜん地面じめんにひざをついているクシロにも彼女かのじょこえをかける。

「かばってくれたことにれいう。

「それとクシロくんの上司じょうし悪意あくいから今回こんかいのことをやったわけじゃない。

きみがシズカくんをゆるすかどうかはったことじゃないが、わたしはゆるしている。というより、最初さいしょから問題もんだいにしていない」

 そして彼等かれらだけが小道こみちのこされた。

 とおくから、たまごのからをかむような、砂利じゃりみたいなおとが、ちいさく、ちいさく、とどいた。

 それもながくはつづかず、あたりはすぐにしずかになった。

(おわり)

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