巫蠱(ふこ)第二十二巻【小説】
巫蠱の動向を探るべく、ついに赤泉院の地に足を踏み入れたシズカとクシロ。人質となったシズカに代わり、クシロは筆頭巫女の赤泉院蓍と対面する。果たして彼等は無事に会談を終えることができるのだろうか……。
▼之墓簪と後巫雨陣離為火②
蓍たちは食事を終えた。
五人分の食器は、それを持ってきた簪が片付ける。
(お客を見に来たけど、むろつみに悪影響はなさそうだね)
彼女は赤泉院の屋敷から去ろうとした。
しかし玄関に続く廊下で、とまる。
向こうから後巫雨陣離為火が歩いてきたのに驚いたのである。
▼之墓簪と後巫雨陣離為火③
離為火は多くの時間を後巫雨陣の地の噴水のなかで過ごしていた。
その彼女が自分の土地のそとに現れることは、これまでほとんどなかった。
戸惑いの表情の簪に離為火が笑いかける。
「そとから来てるね、ふたり」
「そうだけど、なんで離為火が」
「ちょっと説に言われて」
▼之墓簪と後巫雨陣離為火④
「跡形もなく消したいものは誰にでもあるよね」
離為火の言葉に簪は悪寒を覚えた。
(まさかあのふたりを)
簪は自分の髪を手でこする。
「彼等は大丈夫と思われるし、手を出したら、げーちゃん本気でいなくなる気だよ」
「じゃあ消せないね。筆頭か身身乎の指示がない限り」
▼草笠クシロと赤泉院蓍④
……クシロは巫蠱の地を訪れることになった経緯を蓍に話した。
「なるほど雲なき雨と皇を同日に見たのか。しかも戦争の予兆とされる雲なき雨のあとも開戦には至らなかった」
「偶然でしょうか」
「皇がそこに居合わせたのは偶然で、あいつが御天をとめたのは必然と思う」
▼草笠クシロと赤泉院蓍⑤
「確認しとくけど、戦争を呼ぶ雲なき雨と御天は同義みたいなもんだろ、そとでは」
「宍中御天さ」
「さんは要らない」
「……宍中御天は筆頭蠱女の楼塔皇よりも人々に『思われて』いますよ」
「だが今回は皇が御天をくつがえした」
「歴代の御天を含め、前例がありません」
▼草笠クシロと赤泉院蓍⑥
「クシロは兵隊なんだよな。軍の人間として聞きたいことは」
「まず、国際情勢が危ぶまれるなか筆頭蠱女を国境に送った理由。
「楼塔皇は、無敵でしょう。他国と協力する気なら我が国も看過できません」
「あいつには『世界一えらくないやつ』の捜索を頼んであるんだよ」
▼赤泉院⑤
「巫女は蠱女と違って血統によっては決まらない。
「赤泉院の巫女は試験で選ばれる。
「その、次の試験問題を作成したくて一般の意見を聞きたいんだ。
「なるだけ権威を笠に着ないやつがいい。自分の思いを述べてくれるだろう。
「まだ先の話とはいえ思い立ったが吉日だからな」
▼茶々利シズカ⑤
蓍とクシロの会話は、部屋のすみでじっとしているシズカの耳にも届いていた。
(俺が国境で質問したとき確かに皇は越境の目的を「人さがし」と言った)
やや遠目の観察ではあるが、蓍が嘘をついた様子も確認できない。
(しかし草笠も筆頭巫女にひるまず、立派なものだ)
▼草笠クシロと赤泉院蓍⑦
シズカの視線を感じつつクシロは続けて蓍に問う。
なぜ楼塔皇は御天を、ひいては戦争をとめたのか。
「……みんなの思いを受けたんじゃないか。
「とはいえ皇も聖人じゃない。現場に居合わせたから阻止しただけ」
「戦略的な意図はあったのでしょうか」
「ないだろ、皇だし」
▼草笠クシロと赤泉院蓍⑧
「ありがとうございます。たくさんのいのちを救ってくれて」
「本人に伝えとく。皇のおかげという確証はないけど」
「みんなが彼女に守られたようにも思われるのです」
「文句はないのか。過去の件も、とめようと思えばとめられたはずだって」
「誰が恩人を責められます」
▼草笠クシロと赤泉院蓍⑨
「筆頭蠱女が御天をおおった事実は、なにを暗示するのでしょう」
「人々の思いがあいつに集まって、御天という自然崇拝の偶像を克服し始めたとわたしは思う」
「今後の巫蠱の動向に影響しますか」
「当然。わたしたちはもっと、わたしたち以外も信じるべきだと分かった」
▼赤泉院蓍⑰
「今後の方針については伏せさせてもらう。
「未定のこともあるし、外部の人間に情報をぺらぺら話すほどわたしもお気楽じゃない。ただ」
蓍は自分の座布団を動かし、体をシズカのほうにも向けた。
「そとに喧嘩を売る気はない。
「おまえらが一番ほしかった台詞は、これだろ」
▼茶々利シズカと赤泉院蓍①
「皇も思われる者にすぎない。
「あいつが関わっていようがいまいが、戦端がひらかれなかった決定的な要因は、巫蠱でなく実際に平和を思い続けた人々にある」
さきほどより蓍の声量が大きい。
距離をあけて座している自分に向けた言葉と気付いたシズカは、軽くうなずいた。
▼そとの人間㉝
蓍はクシロに向き直る。
「聞きたいことは全部聞けたか」
「はい。筆頭蠱女と宍中御天の一件に付随して我が国の安全がおびやかされることはないと善知鳥さんには報告します。
「今後も開戦をさけるよう我々のほうで努力するのは当然ですが。このたびは本当に」
「……待て」
▼赤泉院蓍⑱
「ひとつ聞き忘れている。
「今回、御天が不発だった理由についてクシロとわたしは『皇が御天を上回った』という前提で話を進めてきた。
「しかしある視点が抜け落ちてもいた。『御天が皇を下回った』可能性だ。
「そこでクシロ、わたしに問え。『御天は、弱くなったのか』と」
▼桃西社睡眠②
(なぜ踏み込んだ発言を)
部屋のすみで待機しながら睡眠は思った。
隣にいるシズカにさとられないよう、表情を保つ。
(いま巫蠱の終焉の可能性を勘付かれたら客人を消す以外にない。
(隣室には離為火も来ている。鯨歯も失う。
(それとも蓍、『あえて』と思っていいのかな)
▼草笠クシロ⑦
(御天の影響力が落ちたとは思われない。
(でも昔から忌避されてきたその名を僕が口にできていることを考えると)
クシロは少々逡巡したのち蓍の要望通りの質問をした。
果たして「分からない」という答えが返ってきた。
くしくもそれは、きのうの十我と同じ台詞だった。
▼草笠クシロと赤泉院蓍⑩
「とはいえ」
蓍は自身のほおをかきながら口角をあげる。
「憶測を述べれば、わたしは御天が強くなったと思っている。
「今回あいつが失敗できたのは、自分の力を制御できるようになったからじゃないかと」
「成長したということでしょうか」
「身内びいきと笑ってほしい」
▼草笠クシロと赤泉院蓍⑪
笑みをたたえ、蓍は両手をひざに置いた。
「あらためて本当にもう質問はないか」
クシロは揺れた。自分にはまだ見落としがあるかもしれないと。
だが。
「ありますが、やめます」
「へえ」
「十我の虫占い。結果は『損』でした。
「だからここは、それを信じようと思うのです」
▼赤泉院⑥
「いま損を選ぶのはどうして」
「直感です」
クシロのその言葉を受けた蓍は、これで話は終わりでいいかとシズカにも確認する。
問われた彼は最低限の返答で、それを肯定した。
蓍は立ち上がる。
「お仕事おつかれ。あ、そうだ」
そとの泉を見る。
「ちょっと瞑想していかない?」
▼赤泉院⑦
……クシロは泉にもぐっていく。
(わたし、水底に沈んで物思いにふけるのが趣味で)
蓍の声音があたまに響く。
(おまえらも瞑想しないか。意図? ただの布教だけど)
シズカは「寒そうだから」とことわったが、クシロは水中で「思ったほど冷たくはない」と感じていた。
▼赤泉院⑧
潜水用の服は貸してもらった。
なかは、ほぼ透明。
そとから見ると水たまり。もぐれば満ちた井戸のよう。
壁の部分は固い土。
浅くはないが、深すぎるほどでもない。
クシロは水底を撫でた。
なにかが、たまっている。
(石でも土でも砂でもない)
水中で目をこらす。
(骨だ)
▼桃西社睡眠と鯨歯②
かくして客人たち、シズカとクシロは赤泉院の屋敷から出ていく。
彼等は去り際も、感謝の言葉を忘れなかった。
見送ったあとの玄関で、鯨歯は睡眠の二の腕をつついた。
「眠り姉、今回わたしら無言の置物やったね」
「それでよかったんだよ」
姉は妹の指をつつき返した。
▼巫女たち⑨
蓍は部屋に戻った。
さきほどまで隣室にいた身身乎と離為火が顔を出す。
「蓍姉様おつかれさまです。巫蠱が瀬戸際にあることは隠し通せたと思います」
「十我の予行演習に助けられた」
「筆頭、結局消さないの?」
「いや、あれは始末する。頼むよ離為火」
「そうこなくちゃ」
▼赤泉院蓍と後巫雨陣離為火①
ふところを探り、蓍は紙を取り出す。
宙宇が書いて客人に託していた紹介状だ。
十我に渡されたのち睡眠を介して蓍の手元に移ったものである。
「だと思った」
離為火は縁側を越えて小石を踏む。
人差し指と薬指で紙をはさみ、はじく。
すると溶けるように、それは消えた。
(つづく)
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読んでくださり、ありがとうございます!
2コマまんがも描いていますが、やっぱりこの小説を読んでもらえるのが一番嬉しく思います。
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