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巫蠱(ふこ)第四巻【小説】



宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ

 彼女かのじょ前進ぜんしんがとまったのは、そのひじが蓍(めどぎ)のおでこにたりそうになったときだった。

 十我(とが)は、ぼうっとしながらあるいたらしい。

 ほおからこぶしをはずしてあやまる。このごろむしたちが人間にんげんにみえてせつなくなるという。

「御天(みあめ)のことも、ごめん」

宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ

「あいつの廃業はいぎょうはだれの責任せきにんでもない」

かってる、問題もんだいはそれをぎりぎりであかしたことだ。

最後さいご仕事しごと規模きぼかんがえればもっとまえから御天(みあめ)は『そう』おもわれていたはず。

「なのに、誇(くるう)にもわたしにも相談そうだんしない。わたしたちは、気付きづけなかった」

宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ

 蓍(めどぎ)はすこしいてたずねる。

「宙宇(ちゅうう)はもう、そとにでた?」

「おとといに。岐美(きみ)ちゃんがってきた手紙てがみふうをあけて、すぐ出立しゅったつしたぞ」

 そうって十我(とが)はこぶしをふたたびほおにあてがう。

「ともかく、みんな、うちにきて」

巫女ふじょ蠱女こじょ

 いま十我(とが)は館(むろつみ)をおんぶして自分じぶんいえへと向かっている。蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)があとにつづく。

 めどぎ体力たいりょく人並ひとな以下いかであり、鯨歯げいははとてもたかいので、ねむそうなむろつみ背中せなかせられるのは十我とがしかいなかったのである。

「おねえちゃん……」

蠱女こじょたち②

 之墓館(のはかむろつみ)がたんに「おねえちゃん」とうとき、それはあねの簪(かんざし)をしている。

 十我(とが)にはあねというものがよくからなかった。

 三女さんじょとしてまれた自分じぶんではあるが、長女ちょうじょの御天(みあめ)も次女じじょの誇(くるう)も、いもうととしかおもわれない。

宍中ししなかくるう刃域じんいき服穂ぶくほ

 十我(とが)のいえでは、ふたりの巫蠱(ふこ)がっていた。

 宍中誇(ししなかくるう)という蠱女(こじょ)と、刃域服穂(じんいきぶくほ)という巫女(ふじょ)だ。

 刃域じんいき巫女ふじょ刃域じんいき以外いがいななつの土地とちをめぐりながららしており、いまは宍中ししなかにて居候いそうろうである。

宍中ししなかくるう十我とが

 すっかりてしまった館(むろつみ)を部屋へやのゆかにおろし、十我(とが)はあねの誇(くるう)にこえをかける。

「筆頭巫女(ひっとうふじょ)がきたぞ。用件ようけんは、まあ、いまさらか」

 いもうとつづいていえにあがろうとするふたつの人影ひとかげつけ、くるうう。

「わたしたちって、ほろびるの?」

宍中ししなか十我とが赤泉院せきせんいんめどぎ

「うんほろびるよ」

「蓍(めどぎ)!」

 あね反応はんのうるまえに大声おおごえをあげた十我(とが)であった。館(むろつみ)がていることをおもし、どうにかこえをおさえる。

「……宙宇(ちゅうう)にいかせたのは、それを回避かいひするためじゃないのか」

「ある意味いみではそうだな」

宍中ししなかくるう桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「誇(くるう)さん」

「なあに、鯨歯(げいは)」

「その『わたしたち』って、蠱女(こじょ)のことですか。楼塔(ろうとう)の三女さんじょさんがこわがってました」

「流杯(りゅうぱい)らしいね。でも鯨歯げいは、ひとごとみたいにってるけど、全滅ぜんめつするのは巫女(ふじょ)もだよ」

宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 ……ともあれ十我(とが)はふたりをいえにあがらせる。

 蓍(めどぎ)はきゅうにちからがけたようにぱたりとゆかにたおれた。

「すみません、あるきもれてきたとおもったんですけど」

「あやまることない。岐美(きみ)ちゃんがいろいろはなしてくれた。三日前みっかまえからあるいてたんだろ」

宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「おとといはにつかってのんびりしてましたけどね。ところで、うちの次女じじょさんはかえったんですか」

「きのうに。あした蓍(めどぎ)がくるんじゃないかってのこして」

「どうりで都合つごうよく十我(とが)さんとはちあわせたわけです。くずゆかがいない理由りゆうもそれですね」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは刃域じんいき服穂ぶくほ

 三人さんにんぶんの寝息ねいきがまじる。気付きづかないうちに誇(くるう)もねむりについていた。

 きているほうの三人さんにんは、ひざをつきあわせ、ひそひそはなす。

筆頭ひっとうは、ちゅーうに追加ついか手紙てがみをわたしたいようです」

かりました、わたくし刃域服穂(じんいきぶくほ)がとどけましょう」

宍中ししなか十我とが桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

「鯨歯(げいは)、宙宇(ちゅうう)への手紙てがみ中身なかみたか」

「いえ。わたしはただの祝意しゅくいだとおもってたんですけどね。追加ついかのほうは、楼塔(ろうとう)の次女じじょさんとはなしてからめたっぽいです」

「ぜーちゃんか。ともかく状況じょうきょう整理せいりしたい。ここ四日間よっかかんのこと、はなして」

宍中ししなか十我とが

 鯨歯(げいは)のはなしをまとめるとこうなる。

「……まず御天(みあめ)がきたから楼塔(ろうとう)に。

翌日よくじつ移動いどうなしでぜーちゃんとはなう。

三日目みっかめは後巫雨陣(ごふうじん)。

「きょうになって、ここ。

御天みあめ仕事しごとはすぐにわるものじゃないから、悠長ゆうちょうではない、か」

宍中ししなか十我とが

はなしくかぎり今回こんかいけんをまだらないのは……

「諱(いみな)には簪(かんざし)、玄翁(くろお)たちには流杯(りゅうぱい)、蓍(めどぎ)が睡眠(すいみん)につたえたなら身身乎(みみこ)のみみにも……

「鯨歯(げいは)、阿国(あぐに)は桃西社(ももにしゃ)か……

「そう……つまりらないのは阿国あぐにと、うちの筆頭ひっとうだけだな」

巫女ふじょ蠱女こじょ

 それから頬杖ほおづえをついてよこになる十我(とが)であった。

感謝かんしゃするよ、これで蓍(めどぎ)とはなすことがまった。る」

 たいして鯨歯(げいは)はうごかない。服穂(ぶくほ)に凝視ぎょうしされていた。だから鯨歯げいはうたのだ。

「ぶくほ。なぜ巫女(ふじょ)もほろびるんです」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは刃域じんいき服穂ぶくほ

「わたくしが誇(くるう)にふきこんだのではありませんよ」

「だとしても、こういうのにいちばんくわしいのは、ぶくほでしょう。

筆頭ひっとうはあすにでも追加ついか手紙てがみくはずです。だからいまのうちにいておこうかなと」

「……みじかめでよろしければ。わたくしもねむいのです」

刃域じんいき服穂ぶくほ

「巫女(ふじょ)とはおもものであり、蠱女(こじょ)とはおもわれるものである……これが巫蠱(ふこ)の過不足かふそくない説明せつめいです。

「ではいましょう。両者りょうしゃはいずれが、さきですか。

蠱巫こふ逆転ぎゃくてんさせないことからも、巫女ふじょのほうがさきにみえます。しかし蠱女こじょなき巫女ふじょはありえません」

刃域じんいき服穂ぶくほ

「蠱女(こじょ)のむしにあふれたさらなのです。そのさらがなくなれば、むしたちはちりぢりになるでしょう。

むしとはおもいの具象ぐしょうです。ちいさなおもいがまとまって、ひとおもいがまれます。さらにそそがれたむし凝集ぎょうしゅう……それが巫女(ふじょ)の正体しょうたい

「わたくしたちは蠱女こじょというさら寄生きせいしています」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは刃域じんいき服穂ぶくほ

「……なるほど?」

 服穂(ぶくほ)に凝視ぎょうしされたまま鯨歯(げいは)はこたえる。

「つまりおもうからおもわれるのではなくておもわれる存在そんざいがあるからこそおもうことができる、

「だからおもわれる蠱女(こじょ)がほろべばおもう巫女(ふじょ)もほろびると」

「……もうおやすみなさい」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 ときはおなじく、ところはわって。

 やすやすんでいた楼塔流杯(ろうとうりゅうぱい)は、ようやく目指めざしていた城(さし)のいた。

 そらをあおぐまでもなく、彼女かのじょつきほした。
 ここをまもる蠱女(こじょ)へのあいさつは、あしたにまわすことにした。

さし

 通常つうじょう、城(さし)のにいくにはふね使つか必要ひつようがある。

 一個いっこのちょっとしたやまってうみとしたような景観けいかんつ。
 しまんでもさしつかえない。

 砂浜すなはまはどこにもみえず、いびつないわ海岸線かいがんせんいている。

 ひとたびあがれば山道やまみちだ。おもに、いのししがでる。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 城(さし)のにおりたった流杯(りゅうぱい)は、木々きぎにかくれた小川おがわつけ、みずをすくってかおをはたいた。

 ゆびはらにあまったしずくを、かるくなめる。

「うん、ある」

 彼女かのじょ吐息といきやま空気くうきわれていく。そよかぜみみをゆらす。

 ときどきなにかがほえている。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 どこか寝付ねつけず、小川おがわのそばにあそんでいるカニをつんつんしていた流杯(りゅうぱい)だったが、とつぜん片方かたほうみみにはいりこんでくるおとがあった。

 くびをかたむけるひまもなく、それはカニ……の手前てまえさった。だ。

師匠ししょう!」

 彼女かのじょおとのしたほうにける。

さし射辰いたつ

 月明つきあかりは、やまかげられていた。だからひかりにむらがある。
 ゆみをかまえた狩人かりゅうどを、まだらにらしだしている。

 かってやや右斜みぎななしたをねらう体勢たいせいをとる。はつがえられていない。

 そばを数匹すうひきのいのししがとおりすぎた。

 それをってから、かまえをとく。

(つづく)

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