巫蠱(ふこ)第十四巻【小説】
▼刃域宙宇④
皇(すべら)が去ったあと、宙宇(ちゅうう)はふところからふくろをとりだし、そのなかにはいっているたまごの殻のかけらをまた咀嚼し始めた。
さきほどは盛大に音をだしていたのに、今度はまったく音がでていない。
「わたしも、筆頭のあやつり人形じゃないさ」
▼宍中誇と刃域宙宇①
「あれ、そのせりふ……まさか造反するつもり」
そう声をかけてきたのは通行人のひとりだった。
宙宇(ちゅうう)は、とまどうことなく言葉を返す。
「だれがだ。わたしが筆頭に忠実なのは、自分の思いがあるからだ。刃域(じんいき)の巫女(ふじょ)としての。
「それは分かるだろう、誇(くるう)」
▼宍中誇①
宍中誇(ししなかくるう)は宙宇(ちゅうう)に近寄り、地面に腰をおろした。木に背中をもたせかけ、道ゆく人々に目をやる。
「わたしも宍中の蠱女(こじょ)として、がんばろうって思われるよ。
「御天(みあめ)はもうすぐ廃業だし、じつは十我(とが)も休業中。実質わたしが大黒柱ってわけ」
▼宍中誇②
「見てよ」
誇(くるう)はすわったまま言う。
彼女の視線を追うと、通行人のうちのふたりがにらみ合っていた。
「あの人たちが依頼主。すでにお金はもらってる。わたしの仲間にそれをあかし、見世物にする許可も。
「本来は皇(すべら)に見てもらうつもりだったけどね」
▼宍中誇③
にらみ合っていたふたりが、一瞬だけ誇(くるう)のほうに目を向けてきた。
いつ用意したのか、誇のひざには黒い紙が乗せられていた。
彼女が紙を指ではじくと、ふたりはにらみ合いをやめ、取っ組み合いのけんかを始めた。
ほかの通行人たちが遠巻きにそれを見ている。
▼宍中誇④
誇(くるう)は紙のうえで指をしきりにうごかす。
そして、けんかが最高潮に達する。そのとき彼女は紙を地面にたたきつけた。
するとけんかしていた両者が共に泣きくずれ、たがいにあやまり、許しの言葉をかけ合った。
見物人たちは口々に歓声をあげ、あたりは拍手につつまれた。
▼宍中誇と刃域宙宇②
熱気をふくんだ音のなか、巫蠱(ふこ)が会話をかわす。
「いつ見ても気持ちのわるい茶番だな」
「もー、宙宇(ちゅうう)ってば。仲直り以上にすばらしい光景ってないよ」
「いや、そこはいい」
「いいんだ」
「わたしが気に食わないのは、かんたんに人が許し合っていることだ」
▼宍中誇⑤
「思いっきりけんかしただけで仲直りできるほど人は単純じゃない……なんて思い込みだよ。それで、すべてがまるくおさまっても、いいんだよ。
「だから、わたしは伝え続けたい。
「人生も世界も、こてこての愛憎劇じゃなくて、へたっぴな三文芝居を演じていいんだってね」
▼宍中誇と刃域宙宇③
「……わるかった。言いすぎた」
「そうでもないよ。あのふたりの急な和解に関して、道ゆく人の全員が感銘を受けているわけじゃない。
「『わざとらしい』『気味がわるい』そう思うほうがむしろ正常なんだよ。そんな視点があるからこそ、世界は単なる脚本にならずに済んでいる」
▼宍中誇⑥
けんかしていたふたりが共に歩いていく。足をとめていた通行人たちも、ふたたびうごきだす。
誇(くるう)は、地面にたたきつけたままにしていた紙をひろいあげた。
「さすが絖(ぬめ)の手がけた紙、強度がちがうね」
もう、自分たちだけに聞こえる声で話す必要もない。
▼宍中誇と刃域宙宇④
宙宇(ちゅうう)がたずねた。
「そういえば皇(すべら)とは会ったのか」
質問された当人は、ひろった紙の表面をはたきながら答える。
「いいや。今回の依頼人が『この世のものとも思われない、目をそらしたくなるほどの美人を見た』って言うから、近くにいるかなと」
▼宍中誇と刃域宙宇⑤
「そうだ、これ」
そう言って誇(くるう)が宙宇(ちゅうう)の手に押し付けたのは、お金のはいったふくろだった。
「あのふたりはわたし以外の視点もほしがってた。だから宙宇も協力者。受け取って」
「太っ腹」
「いや、けちだよ。それ報酬の一割だよ」
「……だったら、たのみがある」
▼宍中誇と刃域宙宇⑥
「このお金は皇(すべら)にわたしてくれないか。あっちにいったから」
宙宇(ちゅうう)が道のさきを指す。
「……やっぱり皇いたんだ。まあ金欠だろうし、いいけどさ、宙宇が届けたほうが絶対速いよね。
「つまり、ついでに面倒も見てこいってこと? 蓍(めどぎ)じゃあるまいし」
▼宍中誇⑦
誇(くるう)は笑顔で宙宇(ちゅうう)と別れた。たのまれたとおりに、お金を皇(すべら)にわたしにいくのだ。
宙宇に聞いたところ、どうやら皇は「世界一えらくないやつ」をさがしているらしい。その答えがなんなのか、興味を持った誇であった。
候補については、ひとつ心当たりがある。
▼そとの世界①
刃域(じんいき)と城(さし)を除外して地図を見てみると、彼女たち巫蠱(ふこ)の住む地域がひとつの国に取り囲まれているのが分かる。
その国の北西の国境付近に卯祓木(うばらき)という名の宿泊施設があって、そこに巫蠱とは因縁浅からぬ関係の者がいる。
▼卯祓木①
宿泊施設「卯祓木(うばらき)」は客から宿泊代を取らない。簡素なものであるが食事も無料でだしてくれる。
しかしその割に経営は苦しそうではない。
壁もゆかも天井も従業員の服装も小綺麗である。とくに紅白のかわらでふかれた切妻屋根はよく手入れされている。
▼卯祓木ソノ①
その施設の経営者「卯祓木(うばらき)ソノ」こそが、巫蠱(ふこ)と深い因縁を持つ者というわけだ。
遠い昔、彼女の先祖が巫蠱に戦いを挑んだことがあった。
結果は大敗。
もう二度と同じことをしないという意を示すために、当時の軍事拠点を現在の施設に作り替えたそうだ。
▼卯祓木②
このように、歴史を聞いただけでも異色の宿泊施設である。
しかし卯祓木(うばらき)の奇妙な点はそこだけではない。
代価なしに宿泊と食事ができるとはいえ、滞在期間の上限は二日と定められている。
また、ふたり以上で来た客を受け容れないという変わった決まりもある。
▼卯祓木ソノ②
逆に言えば、ひとりで来た客は必ず受け容れるということだ。
だから、その日とつぜん姿を見せた因縁深き相手さえ、卯祓木(うばらき)ソノは拒まなかった。
彼女は経営者だが、たまに受付の仕事にも就く。
ちょうどそんなときに、巫蠱(ふこ)のひとりがやってきたのだ。
▼卯祓木ソノと宍中誇①
宿帳にしるされた「宍中誇(ししなかくるう)」の文字を見ながら、ソノは質問する。
「誇、ひさしぶり。あんたらって、あいかわらず一日一食しかとらないの?」
「まあ例外はあるけど」
「遠慮じゃないよね」
「うん」
「じゃあ、きょうの晩とあすの朝は?」
「もちろん食べる」
▼卯祓木ソノと宍中誇②
続けてソノは誇(くるう)の「食べられないもの」も確認した。
「さて質問は以上……です。食事は部屋に持っていかせます。お客さまから聞きたいことは」
「ソノ、まるくなった?」
「べつに。過去の因縁がどうであろうと、あたしらには関係ない。あんたはただの、おひとりさま」
▼卯祓木③
誇(くるう)は指定された部屋のまえにいき、戸をあけた。
たたみを敷き詰めた、せまい個室。ふとんが中央に置かれている。つぎはぎだらけだが、清潔ではある。
内側から、かぎをかける。ゆかには、ごみひとつ落ちていない。窓のそとをのぞくと、やぶが広がっていた。
▼宍中誇⑧
虫が入ってきそうだったので窓を閉めた。
たたまれたふとんに乗っていた、まくらのうえに腰をおろす。
「ソノの話しぶりからして皇(すべら)はここに来てないね。あてをはずしたなあ。もしかして国境越えたのかな。
「まあいいや、どうせあしたには出ていくんだから」
▼宍中誇⑨
次の日の朝、窓から漏れる光を受けて目を覚ます。部屋に運ばれてきた朝食をとる。
昨晩もそうだったが、からの食器は従業員が片付けてくれた。
ふとんを軽くたたんで誇(くるう)は部屋を出る。あくびをしながら廊下を進む。そのとき、ほかの宿泊客とすれちがった。
▼宍中誇⑩
知っている顔だった。その人は、このあいだ自分が和解させた二人組の片割れに間違いない。
誇(くるう)が振り向くと、相手も振り向き、礼をした。
「先日はどうも、誇さん」
「どうして卯祓木(うばらき)に。ここ、おひとりさま専用じゃ……」
「伴侶とは、あのあと別れたんですよ」
(つづく)
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