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巫蠱(ふこ)第十四巻【小説】



刃域じんいき宙宇ちゅうう

 皇(すべら)がったあと、宙宇(ちゅうう)はふところからふくろをとりだし、そのなかにはいっているたまごのからのかけらをまた咀嚼そしゃくはじめた。

 さきほどは盛大せいだいおとをだしていたのに、今度こんどはまったくおとがでていない。

「わたしも、筆頭ひっとうのあやつり人形にんぎょうじゃないさ」

宍中ししなかくるう刃域じんいき宙宇ちゅうう

「あれ、そのせりふ……まさか造反ぞうはんするつもり」

 そうこえをかけてきたのは通行人つうこうにんのひとりだった。
 宙宇(ちゅうう)は、とまどうことなく言葉ことばかえす。

「だれがだ。わたしが筆頭ひっとう忠実ちゅうじつなのは、自分じぶんおもいがあるからだ。刃域(じんいき)の巫女(ふじょ)としての。

「それはかるだろう、誇(くるう)」

宍中ししなかくるう

 宍中誇(ししなかくるう)は宙宇(ちゅうう)に近寄ちかより、地面じめんこしをおろした。背中せなかをもたせかけ、みちゆく人々ひとびとをやる。

「わたしも宍中ししなかの蠱女(こじょ)として、がんばろうっておもわれるよ。

「御天(みあめ)はもうすぐ廃業はいぎょうだし、じつは十我(とが)も休業中きゅうぎょうちゅう実質じっしつわたしが大黒柱だいこくばしらってわけ」

宍中ししなかくるう

てよ」

 誇(くるう)はすわったままう。
 彼女かのじょ視線しせんうと、通行人つうこうにんのうちのふたりがにらみっていた。

「あのひとたちが依頼主いらいぬし。すでにおかねはもらってる。わたしの仲間なかまにそれをあかし、見世物みせものにする許可きょかも。

本来ほんらいは皇(すべら)にてもらうつもりだったけどね」

宍中ししなかくるう

 にらみっていたふたりが、一瞬いっしゅんだけ誇(くるう)のほうにけてきた。

 いつ用意よういしたのか、くるうのひざにはくろかみせられていた。

 彼女かのじょかみゆびではじくと、ふたりはにらみいをやめ、いのけんかをはじめた。

 ほかの通行人つうこうにんたちが遠巻とおまきにそれをている。

宍中ししなかくるう

 誇(くるう)はかみのうえでゆびをしきりにうごかす。

 そして、けんかが最高潮さいこうちょうたっする。そのとき彼女かのじょかみ地面じめんにたたきつけた。

 するとけんかしていた両者りょうしゃともきくずれ、たがいにあやまり、ゆるしの言葉ことばをかけった。

 見物人けんぶつにんたちは口々くちぐち歓声かんせいをあげ、あたりは拍手はくしゅにつつまれた。

宍中ししなかくるう刃域じんいき宙宇ちゅうう

 熱気ねっきをふくんだおとのなか、巫蠱(ふこ)が会話かいわをかわす。

「いつても気持きもちのわるい茶番ちゃばんだな」

「もー、宙宇(ちゅうう)ってば。仲直なかなお以上いじょうにすばらしい光景こうけいってないよ」

「いや、そこはいい」

「いいんだ」

「わたしがわないのは、かんたんにひとゆるっていることだ」

宍中ししなかくるう

おもいっきりけんかしただけで仲直なかなおりできるほどひと単純たんじゅんじゃない……なんておもみだよ。それで、すべてがまるくおさまっても、いいんだよ。

「だから、わたしはつたつづけたい。

人生じんせい世界せかいも、こてこての愛憎劇あいぞうげきじゃなくて、へたっぴな三文芝居さんもんしばいえんじていいんだってね」

宍中ししなかくるう刃域じんいき宙宇ちゅうう

「……わるかった。いすぎた」

「そうでもないよ。あのふたりのきゅう和解わかいかんして、みちゆくひと全員ぜんいん感銘かんめいけているわけじゃない。

「『わざとらしい』『気味きみがわるい』そうおもうほうがむしろ正常せいじょうなんだよ。そんな視点してんがあるからこそ、世界せかいたんなる脚本きゃくほんにならずにんでいる」

宍中ししなかくるう

 けんかしていたふたりがともあるいていく。あしをとめていた通行人つうこうにんたちも、ふたたびうごきだす。

 誇(くるう)は、地面じめんにたたきつけたままにしていたかみをひろいあげた。

「さすが絖(ぬめ)のがけたかみ強度きょうどがちがうね」

 もう、自分じぶんたちだけにこえるこえはな必要ひつようもない。

宍中ししなかくるう刃域じんいき宙宇ちゅうう

 宙宇(ちゅうう)がたずねた。

「そういえば皇(すべら)とはったのか」

 質問しつもんされた当人とうにんは、ひろったかみ表面ひょうめんをはたきながらこたえる。

「いいや。今回こんかい依頼人いらいにんが『こののものともおもわれない、をそらしたくなるほどの美人びじんた』ってうから、ちかくにいるかなと」

宍中ししなかくるう刃域じんいき宙宇ちゅうう

「そうだ、これ」

 そうって誇(くるう)が宙宇(ちゅうう)のけたのは、おかねのはいったふくろだった。

「あのふたりはわたし以外いがい視点してんもほしがってた。だから宙宇ちゅうう協力者きょうりょくしゃって」

ふとぱら

「いや、けちだよ。それ報酬ほうしゅう一割いちわりだよ」

「……だったら、たのみがある」

宍中ししなかくるう刃域じんいき宙宇ちゅうう

「このおかねは皇(すべら)にわたしてくれないか。あっちにいったから」

 宙宇(ちゅうう)がみちのさきをす。

「……やっぱりすべらいたんだ。まあ金欠きんけつだろうし、いいけどさ、宙宇ちゅううとどけたほうが絶対ぜったいはやいよね。

「つまり、ついでに面倒めんどうてこいってこと? 蓍(めどぎ)じゃあるまいし」

宍中ししなかくるう

 誇(くるう)は笑顔えがおで宙宇(ちゅうう)とわかれた。たのまれたとおりに、おかねを皇(すべら)にわたしにいくのだ。

 宙宇ちゅうういたところ、どうやらすべらは「世界一せかいいちえらくないやつ」をさがしているらしい。そのこたえがなんなのか、興味きょうみったくるうであった。

 候補こうほについては、ひとつ心当こころあたりがある。

▼そとの世界せかい

 刃域(じんいき)と城(さし)を除外じょがいして地図ちずてみると、彼女かのじょたち巫蠱(ふこ)の地域ちいきがひとつのくにかこまれているのがかる。

 そのくに北西ほくせい国境こっきょう付近ふきんに卯祓木(うばらき)という宿泊施設しゅくはくしせつがあって、そこに巫蠱ふことは因縁いんねんあさからぬ関係かんけいものがいる。

卯祓木うばらき

 宿泊施設しゅくはくしせつ「卯祓木(うばらき)」はきゃくから宿泊代しゅくはくだいらない。簡素かんそなものであるが食事しょくじ無料むりょうでだしてくれる。

 しかしそのわり経営けいえいくるしそうではない。

 かべもゆかも天井てんじょう従業員じゅうぎょういん服装ふくそう小綺麗こぎれいである。とくに紅白こうはくのかわらでふかれた切妻きりづま屋根やねはよく手入ていれされている。

卯祓木うばらきソノ①

 その施設しせつ経営者けいえいしゃ「卯祓木(うばらき)ソノ」こそが、巫蠱(ふこ)とふか因縁いんねんものというわけだ。

 とおむかし彼女かのじょ先祖せんぞ巫蠱ふこたたかいをいどんだことがあった。

 結果けっか大敗たいはい

 もう二度にどおなじことをしないというしめすために、当時とうじ軍事拠点ぐんじきょてん現在げんざい施設しせつつくえたそうだ。

卯祓木うばらき

 このように、歴史れきしいただけでも異色いしょく宿泊施設しゅくはくしせつである。
 しかし卯祓木(うばらき)の奇妙きみょうてんはそこだけではない。

 代価だいかなしに宿泊しゅくはく食事しょくじができるとはいえ、滞在たいざい期間きかん上限じょうげん二日ふつかさだめられている。

 また、ふたり以上いじょうきゃくれないというわったまりもある。

卯祓木うばらきソノ②

 ぎゃくえば、ひとりできゃくかなられるということだ。

 だから、そのとつぜん姿すがたせた因縁いんねんふか相手あいてさえ、卯祓木(うばらき)ソノはこばまなかった。

 彼女かのじょ経営者けいえいしゃだが、たまに受付うけつけ仕事しごとにもく。
 ちょうどそんなときに、巫蠱(ふこ)のひとりがやってきたのだ。

卯祓木うばらきソノと宍中ししなかくるう

 宿帳やどちょうにしるされた「宍中誇(ししなかくるう)」の文字もじながら、ソノは質問しつもんする。

くるう、ひさしぶり。あんたらって、あいかわらず一日いちにち一食いっしょくしかとらないの?」

「まあ例外れいがいはあるけど」

遠慮えんりょじゃないよね」

「うん」

「じゃあ、きょうのばんとあすのあさは?」

「もちろんべる」

卯祓木うばらきソノと宍中ししなかくるう

 つづけてソノは誇(くるう)の「べられないもの」も確認かくにんした。

「さて質問しつもん以上いじょう……です。食事しょくじ部屋へやっていかせます。おきゃくさまからきたいことは」

「ソノ、まるくなった?」

「べつに。過去かこ因縁いんねんがどうであろうと、あたしらには関係かんけいない。あんたはただの、おひとりさま」

卯祓木うばらき

 誇(くるう)は指定していされた部屋へやのまえにいき、をあけた。

 たたみをめた、せまい個室こしつ。ふとんが中央ちゅうおうかれている。つぎはぎだらけだが、清潔せいけつではある。

 内側うちがわから、かぎをかける。ゆかには、ごみひとつちていない。まどのそとをのぞくと、やぶがひろがっていた。

宍中ししなかくるう

 むしはいってきそうだったのでまどめた。
 たたまれたふとんにっていた、まくらのうえにこしをおろす。

「ソノのはなしぶりからして皇(すべら)はここにてないね。あてをはずしたなあ。もしかして国境こっきょうえたのかな。

「まあいいや、どうせあしたにはていくんだから」

宍中ししなかくるう

 つぎあさまどかられるひかりけてます。部屋へやはこばれてきた朝食ちょうしょくをとる。

 昨晩さくばんもそうだったが、からの食器しょっき従業員じゅうぎょういん片付かたづけてくれた。

 ふとんをかるくたたんで誇(くるう)は部屋へやる。あくびをしながら廊下ろうかすすむ。そのとき、ほかの宿泊客しゅくはくきゃくとすれちがった。

宍中ししなかくるう

 っているかおだった。そのひとは、このあいだ自分じぶん和解わかいさせた二人組ふたりぐみ片割かたわれに間違まちがいない。

 誇(くるう)がくと、相手あいてき、れいをした。

先日せんじつはどうも、くるうさん」

「どうして卯祓木(うばらき)に。ここ、おひとりさま専用せんようじゃ……」

伴侶はんりょとは、あのあとわかれたんですよ」

(つづく)

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