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巫蠱(ふこ)第八巻【小説】



巫女ふじょ蠱女こじょ

「さてと……そろそろここをはなれましょう。ふたりにはあぶないもの」

「皇(すべら)さん、筆頭ひっとうはもうあるけませんよ」

「だいじょうぶ、ほぐしたから。ついてきて」

「……あの、そっちは桃西社(ももにしゃ)じゃないです」

「いいから。ほら蓍(めどぎ)も。ねむれるよ」

「……すべら、いまはよる?」

「おかしい?」

「いや」

楼塔ろうとうすべら赤泉院せきせんいんめどぎ

 皇(すべら)は空洞くうどうおくすすんでいく。巫女(ふじょ)たちは彼女かのじょにしたがう。

 しばらくすると、足場あしばれたところにいきあたった。

 ちょっとした段差だんさのようだ。ぎりぎり蓍(めどぎ)でもなんなくおりられる高低差こうていさである。

 着地ちゃくちにふらつくめどぎすべらう。

「うん、このふかさでちょうどよかったみたい」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 おりたあと、すこし移動いどうする。

 段差だんさによってできたちいさながけちいさなあながあいていた。
 空洞くうどう中央ちゅうおう……そのしたにかうぐちのようだ。

 鯨歯(げいは)があしをいれる。そのまままれる。

 あなのなかは傾斜けいしゃになっていた。ゆかはごつごつしており、すべることはない。

 そのさきには……。

楼塔ろうとうすべら桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 っていた。

 足先あしさきにぬるさがつたわってくる。
 その無色透明むしょくとうめいは、ざらざらでもぬるぬるでもなかった。

 数本すうほんのろうそくが、あかくない岩肌いわはだらしている。

 ……ななめうえから皇(すべら)のこえとどく。

「鯨歯(げいは)、まずは風呂ふろにつかって。温度おんど落差らくさがあるから、らさないといけないの」

楼塔ろうとうすべら赤泉院せきせんいんめどぎ

「……で、蓍(めどぎ)はどうしてここに気付きづいたの。説(えつ)にいた?」

 いま三人さんにんは、ぬるまにつかってはなしているところだ。

「皇(すべら)がってたとおり、露天風呂ろてんぶろから推測すいそくした。あそこであらためて瞑想めいそうしてみておもったよ。

あさいなって。こんなんでおもわれることができるのかって」

楼塔ろうとう

くわえて名前負なまえまけ……たかどのとうもどこにもない。じゃあ由来ゆらいはなにか。

「こうおもえばいい。かのはすでにたかみにあると。

「もともと地上ちじょうだった場所ばしょ……そのはるかうえ……そこにかためられた地上ちじょう擬態ぎたい……

「それがかけじょう、筆頭蠱女(ひっとうこじょ)の管轄かんかつ、楼塔(ろうとう)となった」

赤泉院せきせんいんめどぎ

露天風呂ろてんぶろのしたはあつそうで、皇(すべら)の趣味しゅみ合致がっちする。だから地下ちかにいるかもと予想よそうはできた。

「けど確証かくしょうがない以上いじょう確実かくじつなことからませるべき。

「それで、そとへの手紙てがみや巫蠱(ふこ)全体ぜんたいについての情報伝達じょうほうでんたつ優先ゆうせんした。いちおうすべらをさがしつつ。

「……のこ問題もんだいは、ぐちがどこか」

赤泉院せきせんいんめどぎ

「一媛(いちひめ)は皇(すべら)のさきを説(えつ)からこうとしたようだな。あいつがこたえなかったとすれば、だれかをかばうためだろう。

「そしてみずはしらのいきおいと離為火(りいか)のようすをて、之墓(のはか)とついをなす、あのいすみたいないわはなかにないと分かった。

「これは、すべらがぬすんだなと」

赤泉院せきせんいんめどぎ

善意ぜんいもあったとおもう。それは、いまはいいとして、あのいわしん意味いみ地下通路ちかつうろ出入でいぐち

「いわばもんのようなもの。楼塔(ろうとう)の真下ましたさいにもおあつらえむきだ。

「とはいえ地上ちじょう設置せっちすればすぐばれる。

「つまり桃西社(ももにしゃ)のそこ、それも楼塔ろうとう間近まぢかにしずめるしかない」

楼塔ろうとうすべら

「ひとつまちがっている」

 すでに三人さんにん体温たいおんらし、からあがっている。
 ろうそくのえ、ようやくねむれそうだ。

「……といたいところだけど、ひとつもまちがいがない。さすが蓍(めどぎ)。

「御天(みあめ)がわりそうになってはじめて、わたしをさがしにくるなんて」

刃域じんいき服穂ぶくほ

 ……こうして蓍(めどぎ)は皇(すべら)をつけた。

 だがかたるべきことはまだまだのこっている。

 そのうちのひとつ、刃域服穂(じんいきぶくほ)について。

 彼女かのじょめどぎから宙宇(ちゅうう)への手紙てがみって、巫蠱(ふこ)たちのう「そと」にでた。

 あれから三度目さんどめよるにしてあね居場所いばしょにたどりつく。

刃域じんいき宙宇ちゅうう

 宙宇(ちゅうう)は建物たてもの屋根やねのうえにっていた。
 したには「世界一せかいいちえらいやつ」がんでいる。

 蓍(めどぎ)の手紙てがみにあったその言葉ことばおもすたびに、彼女かのじょ表情ひょうじょうはほころぶ。

 ふくろをとりだし、をつっこむ。はいっているものをかむ。

 たまごのからだ。

 おとてずにでくだき、む。

刃域じんいき宙宇ちゅうう服穂ぶくほ

「よろしいでしょうか」

 まえぶれのないそのこえにも宙宇(ちゅうう)はどうじない。

「服穂(ぶくほ)か。筆頭ひっとう指示しじ更新こうしんされたのだろう」

 いもうとから手紙てがみった宙宇ちゅううは、それが二重にじゅうになっているのを確認かくにんした。
 外側そとがわつつがみかれたぶん宙宇ちゅううけたものである。

 なかの手紙てがみふうらない。

刃域じんいき宙宇ちゅうう服穂ぶくほ

 手紙てがみ月影つきかげにさらす。
 えたあと、つつまれていたもう一通いっつうをふところにしまう。

 そんなあねを服穂(ぶくほ)は凝視ぎょうししていた。

 宙宇(ちゅうう)は、くしゃくしゃにまるめたかみをふたついもうとにわたした。
 さきほどをとおしたぶんと、岐美(きみ)のとどけた手紙てがみ外側そとがわ

 そして服穂ぶくほった。

刃域じんいき宙宇ちゅうう

 世界一せかいいちえらいやつに、まだ手紙てがみとどけない。
 御天(みあめ)の仕事しごとわるのを見届みとどけるまで。

 ……彼女かのじょはふたたびれいのふくろにをいれる。そのかけらはすべて、なにかがまれたあとのもの。

 宇宙うちゅうにかたちがあるならば、中身なかみのないれたたまごのからる。

 それが宙宇(ちゅうう)の軽蔑けいべつだ。

楼塔ろうとう刃域じんいき服穂ぶくほ

 服穂(ぶくほ)のかえりははやかった。

 まっすぐすすんで道場どうじょうく。早朝そうちょう稽古けいこ準備じゅんびをしている是(ぜ)にあいさつする。

 会談場所かいだんばしょをここにするむねの手紙てがみを宙宇(ちゅうう)にあずけたと彼女かのじょつたえる。

 そして服穂ぶくほわた廊下ろうかから楼塔(ろうとう)の屋敷やしきうつる。巫蠱(ふこ)をかぞえない、そのとおみちみしめて。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい刃域じんいき服穂ぶくほ

 屋敷やしきからだとのぼざかになっているその廊下ろうかをながめていると、うしろからこえんできた。

「あれ、服穂(ぶくほ)さん? そとからねーちゃんにいにきたんですね。わたしもさっきかえったところで」

 二本にほんつつをささげた人影ひとかげ……流杯(りゅうぱい)である。

一汁一菜いちじゅういっさいりますか」

さしぬめ刃域じんいき服穂ぶくほ

 流杯(りゅうぱい)の手料理てりょうりつあいだ、服穂(ぶくほ)は屋敷やしき一室いっしつす。

 部屋へやには先客せんきゃくがいた。
 城(さし)の三女さんじょ、絖(ぬめ)だ。

 楼塔(ろうとう)にんでかえるついでに流杯りゅうぱいれてきたらしい。

 ぬめ服穂ぶくほ気付きづくとがって握手あくしゅもとめた。

「……死装束しにしょうぞくでもつくっちゃう?」

「わたくしはけっこうです」

さしぬめ

 城絖(さしぬめ)は巫蠱(ふこ)ひとりひとりに死装束しにしょうぞく用意よういしてあげたいそうだ。

 希望きぼう有無うむ直接ちょくせつたずねまわるつもりらしい。

 現在げんざいあねふたりと流杯(りゅうぱい)からは「ぜひ」との返事へんじがあった。

 かるいようなもするが、ほんとうにぬわけではないとおもわれるのでしょうがない。

さしぬめ刃域じんいき服穂ぶくほ

「わたくしは離為火(りいか)にってから之墓(のはか)にかいます。

「絖(ぬめ)、いっしょにいきませんか。葛湯香(くずゆか)もいるとおもいますよ」

「そうしよっと。つみちゃんにくろかみ使つか心地ごこちかなきゃだし」

「誇(くるう)にもあげたようですね」

「いちおうね」

巫女ふじょ蠱女こじょ

 ……はらごしらえをませた服穂(ぶくほ)と絖(ぬめ)は、流杯(りゅうぱい)のすすめで露天風呂ろてんぶろにつかる。

 服穂ぶくほはうつむいてあか凝視ぎょうしはじめた。

「りゅーちゃん」

 ぬめが楼塔(ろうとう)の三女さんじょながらつぶやく。

「桃西社(ももにしゃ)にいってみて。きょうかあすで筆頭ひっとうつかりそうながするから」

「ねーさんが?」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 服穂(ぶくほ)と絖(ぬめ)を見送みおくったあと、流杯(りゅうぱい)は桃西社(ももにしゃ)にぼうとしてつつをかまえた。が、やめた。

 となりにいくのだ。自分じぶんあし使つかってもいいだろう。

「それに」

 おもわれなくなる恐怖きょうふくわえて、ひとつの明確めいかく疑念ぎねんまれていた。

「わたしがべなくなるのは、いつだろ」

 こたえるものはない。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい

 ぶことは流杯(りゅうぱい)の仕事しごとではない。
 彼女かのじょ自身じしん象徴しょうちょうだ。

 玄翁(くろお)の言葉ことば反芻はんすうする。

ひとはもともと、だれにもおもわれはしないから」

 自分じぶんあねとおなじように、ありのままに喪失そうしつする。地上ちじょうには、いのちだけがちる。

ゆめ……」

 射辰(いたつ)のかお脳裏のうりをよぎった。

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ阿国あぐに

 かんがえながらあるいているうちに、いつのまにかみずうみいていた。
 桃西社(ももにしゃ)である。

 ちかくに水面すいめんおよ人影ひとかげがある。
 流杯(りゅうぱい)にみずしぶきがぶ。おもわずこえがあがる。

 それに気付きづいた人影ひとかげ流杯りゅうぱいちかづき、あやまる。

「いや、おどろいただけ。ところで阿国(あぐに)、ねーさん、いる?」

楼塔ろうとう流杯りゅうぱい桃西社ももにしゃ阿国あぐに

「いないやね」

「ふーん……そうそう、おまえ御天(みあめ)っちのことは」

「あなたからいてるけど」

「……あー岐美(きみ)さんね」

「とんぼさん。きのう、くじらねえとぜーちくさんがここもぐってったんよ。あのひとさがすとかってた」

つかったの」

かんでこん」

(つづく)

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