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巫蠱(ふこ)第三巻【小説】



巫女ふじょ蠱女こじょ

「まよいました」

「やっぱりか、おまえ何回なんかいここきたことある?」

かぞえてませんよ」

「わたしもだ」

 そんな調子ちょうしでさまよう巫女(ふじょ)ふたりのまえに、木陰こかげよりあらわれる蠱女(こじょ)がひとり。

「げーちゃん、蓍(めどぎ)さん、やっときたね」

「あ、簪(かんざし)」

之墓のはかかんざし赤泉院せきせんいんめどぎ

 之墓簪(のはかかんざし)はかみっぱでこすりつつ、蓍(めどぎ)へとける。

「なんでこいつがここにってかおだね、めどぎさん。じつは、ぜーちゃんにたのまれたのさ。ま、道場どうじょう再開さいかいされたし、ねえさんのところにもどるついでにね」

「え、そのはなしからするとおまえ……」

之墓のはかかんざし赤泉院せきせんいんめどぎ

家出いえで?」

「ちがうけど」

 それから簪(かんざし)は、いもうとの館(むろつみ)にしたはなしをくりかえす。

「ああ、ぜーちゃんが道場どうじょうやすんだからになったと。だれからいたわけでもないだろうに。

「てかおまえとむろつみがいたなんてらなかったな。もしかしてわたしだけが?」

之墓のはかかんざし桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 簪(かんざし)は、そこらの樹木じゅもくいていた桃西社鯨歯(ももにしゃげいは)にかってう。

「げーちゃん気付きづいてた?」

いもうとさんのほうなら。直接ちょくせつたわけじゃありませんけど、かみをこするおと夢心地ゆめごこちこえたようながしたので、もしかしたらとおもったんです」

後巫雨陣ごふうじん

 皇(すべら)をさがしつつ、三人さんにんは後巫雨陣(ごふうじん)をかきわけていく。

 おくすすめばすすむほど、しめりけの感覚かんかくす。植物しょくぶつたちのあふれさせる水気みずけりょうおおくなり、その肥大ひだいぶりに拍車はくしゃがかかる。

 空気くうき自体じたいがべっとりしていて、はだあせ区別くべつがつかない。

後巫雨陣ごふうじん

 しかしおくおくまでんだとき、はだいてくるようなしめりけが、さわやかな冷気れいきわっている。

 水滴すいてきをふきかけられる感覚かんかく同様どうようだが、もう方向ほうこうがくるうことはない。そこに肥大ひだいした植物しょくぶつはなく、足下あしもと河原かわらのように小石こいしだらけだ。

 ここがこの最奥さいおうである。

後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

 後巫雨陣(ごふうじん)のはどうしてしめっているのか。

 そのこたえが、小石こいしのすきまからふきだしている。

 地下水ちかすいがとぎれることなくてんかってとびだしており、一本いっぽんはしらのかたちをなしている。

 そしてそのそばにたたずんでいるのが、後巫雨陣ごふうじん長女ちょうじょ、一媛(いちひめ)。

之墓のはかかんざし後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

「おねえさーん」

 之墓簪(のはかかんざし)が後巫雨陣一媛(ごふうじんいちひめ)にをふってびかける。

 ふきあげるみずはしらからをはなさずに一媛いちひめこたえる。

かんざしと鯨歯(げいは)ちゃんに、筆頭ひっとう。ご無沙汰ぶさた

 よくるとはしら表面ひょうめんに巫蠱(ふこ)たちのかおうつっている。

赤泉院せきせんいんめどぎ後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

「……そう、御天(みあめ)ちゃんが」

 三人さんにんの巫蠱(ふこ)から説明せつめいけた一媛(いちひめ)は、みずはしらをつっこんで、なにかをつかむしぐさをした。

筆頭ひっとう

「なに」

「ワタシは平和へいわしんじていなかった」

「つまり」

今回こんかいのことは、そとのものたちのおかげ」

「あっそ」

之墓のはかかんざし後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

 一媛(いちひめ)は蓍(めどぎ)からをはなし、簪(かんざし)のかおつめる。

かんざしはもう是(ぜ)から全部ぜんぶいたの」

「うん、全部ぜんぶかはらないけど」

 そのとき、みずはしらうつんでいる一媛いちひめ表情ひょうじょうがゆがんだ。

「……おねえさん、ねえさんのこと心配してるでしょ」

之墓のはかかんざし後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

「……じゃ、わたしかえるね。ねえさんには、うまくうつもり。それと蓍(めどぎ)さん。あした、むろつみがここにくるから道案内みちあんないしてもらって」

 そうってりかけた簪(かんざし)を、一媛(いちひめ)がびとめる。

って。離為火(りいか)がはなしたいみたい」

後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ離為火りいか

 みずはしらさっていたかれる。
 れた彼女かのじょ二本にほんゆびには、べつのおんなゆびがひっかかっていた。

 手首てくび、ひじ、かたじゅんにあらわれ、最後さいごあし小石こいしにおりる。背丈せたけはある。なのに華奢きゃしゃ

 あね薬指くすりゆび中指なかゆびに、自分じぶん人差ひとさゆび薬指くすりゆびをからませている。

之墓のはかかんざし後巫雨陣ごふうじん離為火りいか

 三人さんにんからはなれ、後巫雨陣離為火(ごふうじんりいか)が之墓簪(のはかかんざし)の耳元みみもとにくちをちかづける。

「さびしい?」

 うなずきがあった。離為火りいかのくちびるにのこっていた水滴すいてきが、その耳穴みみあなにしたたりちる。

 かんざし一回いっかいふるえてた。

「かわかしてよ」

巫女ふじょたち①

「……鯨歯(げいは)ちゃん、筆頭ひっとうがそっけないのなんで」

はなせるだけマシでしょうよ」

半分はんぶん瞑想めいそうしているようで、ここ居心地いごこちいいんだよな」

「だそうです、一媛(いちひめ)さん。みちのりとしては楼塔(ろうとう)よりもつらいはずですけどね」

「……はぐらかしてない?」

後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ離為火りいか

「……簪(かんざし)はかえしたよ」

 そうって離為火(りいか)が一媛(いちひめ)のほうにあるいてくる。

「なにをはなしたの」

「かわかしたの」

 一媛いちひめをとおりすぎ、地下水ちかすいのふきだしている場所ばしょあしけ、なかにもどる。

筆頭ひっとう、鯨歯(げいは)。かんざし、おれいらないって」

赤泉院せきせんいんめどぎ桃西社ももにしゃ鯨歯げいは

 みずはしらに離為火(りいか)がえた。

 蓍(めどぎ)はそのでひざをかかえ、ころがった。
 鯨歯(げいは)は小石こいしのうえに正座せいざしている。

「皇(すべら)さんにとって居心地いごこちがいい場所ばしょかんがえますか」

「あいつ自分じぶんむからな。いままでも、どこいってたんだろ」

赤泉院せきせんいんめどぎ後巫雨陣ごふうじん一媛いちひめ

一泊いっぱくするつもり?」

 一媛(いちひめ)のこえはやわらかい。

「わるいね」

「かまわない。ときに皇(すべら)について。さきいてもこたえてくれたことはない」

さきというかさきか」

「刃域(じんいき)にすらいないのかも」

「これを最後さいごにしてほしいよな」

桃西社ももにしゃ鯨歯げいは後巫雨陣ごふうじんえつ

 ……いつのまにたのか、気付きづくと鯨歯(げいは)のほおをぐりぐりするがあった。人差ひとさゆび中指なかゆびてている。

 後巫雨陣(ごふうじん)の三女さんじょ、説(えつ)のかたからびただ。

 鯨歯げいはきたのを確認かくにんしてから、ゆびをはなす。
 わりに、それら二本にほんっぱをはさむ。

後巫雨陣ごふうじん

 後巫雨陣(ごふうじん)のえている植物しょくぶつからっぱをもいで、くちにふくむと存外ぞんがい弾力だんりょくにおどろかされるだろう。

 っぱは分厚ぶあつく、をあてた瞬間しゅんかん樹液じゅえきのようなみず口内こうないたす。
 あまさとからさがななさん

 葉脈ようみゃくをかみちぎれば、すっぱさがはじけとぶ。

巫女ふじょ蠱女こじょ

 っぱをかみつつ鯨歯(げいは)がれいをもごもごべる。

 説(えつ)は蓍(めどぎ)のよこに移動いどうし、さきほどとおなじように、ほおをぐりぐりしはじめる。

 一媛(いちひめ)はみずはしらつめっている。ちいさなかげがそばにある。

 鯨歯げいは咀嚼そしゃくしたぶんをんだ。

之墓のはかむろつみ

 ちいさなかげ画板がばんをかかえてしゃがんでいる。
 はかいていない。ここではかみがふやけてしまうからだろう。

 その視線しせんが巫女(ふじょ)たちをじゅんう。みずはしらにもうつす。

 画板がばんをとんとんたたきつつ、あねのようにかみをこする。

 之墓館(のはかむろつみ)は、ねむそうだ。

之墓のはかむろつみ赤泉院せきせんいんめどぎ

 一媛(いちひめ)たちとわかれ、蓍(めどぎ)と鯨歯(げいは)は館(むろつみ)についていく。

 べっとりした空気くうき肥大ひだいした植物しょくぶつけるたび、その足運あしはこびがかるくなる。

めどぎねえちゃん、宍中(ししなか)でいいんだよね」

「ああ、いまはあいつら十我(とが)のいえ

宍中ししなか

 最初さいしょからまよわずにすすめたからだろう。
 三人さんにんが後巫雨陣(ごふうじん)を突破とっぱしたあとでも、はほとんどかたむいていなかった。

 しめりけがせる。方向感覚ほうこうかんかくがもどる。

 ここからは宍中(ししなか)。

 いわゆるはない。えているのはくさばかり。はながちらほらいている。

宍中ししなか

 巫蠱(ふこ)がまもるやっつの地域ちいきのうちで、もっともあるくのがらくなのは宍中(ししなか)であろう。

 くさぼうぼうの平坦へいたんひろがっているだけだからだ。

 ただ、むしおおい。

 のまえをちょっとってみれば、ものたちがあたりにちらばる。

 かれらは無害むがいで、ひと攻撃こうげきしない。

宍中ししなか十我とが

 一行いっこうくさすすむ。
 そんなおり、こうから接近せっきんする人影ひとかげがひとつ。

 こぶしをほおにあてている。頬杖ほおづえ格好かっこうだが、彼女かのじょのひじはいている。
 宍中十我(ししなかとが)のくせなのだ。

 そのひじを一行いっこうけながら、ちかづいてくる。

 むしる。むしる。

(つづく)

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