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双拳、天理を別つ

「遍く衆生を導き、救おうというお前の傲慢、不遜、増上慢。今、この場で叩き潰してくれる」

 かつての弟弟子へ放った大音声が、かつてはクケナン山と呼ばれた台地に木霊する。往時の豊かな自然は、砂塵に覆われて見る影もなかった。

 このような砂漠は最早珍しくもない。千年単位で遅れてやって来た末法は地球を荒廃させ、人類はその総数をかつての百分の一にまで減らしていた。全ての人類を超人へと到達せしめ、末法を克服するという"拳聖"の理想に共感して行者となった100人が白装束に身を包み荒行に挑んだ。しかし拳聖の理想は、鍛え抜かれた先駆者100人のうち98人の死亡という結果により打ち砕かれた。拳聖が去った後、人類は生存の方途を模索。そして最後に残った選択肢のどちらを断行するか、ただ二人生き残り超人へと至った僧正の徒手空拳に委ねた。

 即ち、"拳聖の教えを忠実に続行し、残った少数で地球文明を継続する"ことを支持する者たちは、兄弟子を。他方、"拳聖の教えを全人類に可能な程度まで限り落とし込み、少しでも多くの者が生き残る術を模索する"ことを支持する者たちは、弟弟子――もう一人の僧正を指導者として推戴した。

 限られた時間は、人類に代案の遂行を許さない。いずれかに未来を見出して乾坤一擲とするしかなかった。そしてここに、二人の僧正ののただ一度の拳闘が開始されようとしていた。

 ――同時刻。グランドキャニオンから10万キロ離れたキラウェア火山の火口において、護摩壇を前に祈祷を行う者がいた。荒れ狂う溶岩を意に介さず護摩木を投げ込み続ける男こそ、かつての弟子に全てを伝えて姿を消した拳聖だった。彼はこれから火口を経て地球の核へ侵入し、拳を以て地球環境を操作し人類を救う"冥府渡海一拳救世"へ挑もうとしていた。(続く/741文字)

甲冑積立金にします。