【短編小説】忘れられない梨の味

僕が高校生のころ、ちょっと変わったアルバイトをしていた。
それは「梨の集荷助手」というアルバイトだった。
僕の住んでいた地域は梨が特産で、夏になると暑中お見舞などで贈り物として梨を送る人が多くなる。
そんな中で僕の仕事は運送会社のドライバーさんと二人一組でトラックに乗り込み、朝から晩まで梨農家をめぐり、出荷用の梨をひたすらトラックに積み込むというものだった。
梨の箱は軽くて5キロ。重い箱はその倍の10キロ。そんな箱が梨農家さん一件につき100〜200もあるのだ。
それをひたすら箱が積んである場所からトラックの荷台に載せる、載せる、また載せる。
これがまた死ぬほど辛い。今思い返すと思わずゾッとする。
5キロや10キロの重りを担いでシャトルランをしているような物なのだ。しかも梨は当然ながらお客さんの大切な贈り物であるから取り扱いには十分注意せねばならない。落とすなどもってのほかだ。
しかし一日何十件の梨農家を回るので一件あたりにそんなに時間も費やせないのが現実だ。なので僕らにはかなり早い段階から荷物を早く、そして丁寧に運ぶ技術が求められた。
しかも組むドライバーさんによっては「早くしろ!」などドヤしてくるドライバーさんもいるからタチが悪い。
(もっとも、気さくに話してくれるドライバーさんもいるので、こればかりはその日の運なのだが……)
そんな辛いバイトの中で、唯一幸せを感じる瞬間があった。
それは梨農家さんがたまに、採れたての梨をご馳走してくれる事だった。
もちろん全ての梨農家さんが出してくれるわけではないのだが、ヘトヘトになっている時ほど、梨がこんなに嬉しい事はない。
農家さんがその場で出してくれるので新鮮さはピカイチ。そしてひと噛み「シャクッ」とするだけで溢れ出す果汁。これがとっても甘くて美味しいのだ。しかも良い水分補給になる。この梨に何度救われたことかわからない。僕にとってはまさに砂漠のオアシスのような存在だった。
大人なった今ではたまに高級な品種の梨を食べたりすることもあるのだが、あのバイトに明け暮れていた日々の中で食べた梨を超えるものには未だに出会ったことがなかった。
夏がくると、またあの時のような梨を食してみたいとは思うのだが、その反面でもうあんな酷暑の中、朝から晩まで梨運びのシャトルランを強いられるのはまっぴら御免だとつくづく思う。
あの日梨をくれた農家のおばあちゃん、今でも元気かなぁ……

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?