【短編小説】もやし(歯にはさまった)もん

大して自炊もしない男の自炊というのは野菜が不足しがちだ。
インスタント食品で済ませてしまったり、疲労や時間の無さから食事自体を抜いてしまうこともある。そんな食生活への危機感から積極的に野菜を摂取しようと心がけるようにした。
その活動の一環として今日も丁度野菜たっぷりタンメンを食べてきたところだった。これはなんでも1日に必要な野菜の役半分が摂取できるという代物だ。
こういったメニューは野菜不足になりがちな俺をはじめとする現代人にはとてもありがたいメニューなのだが、食後、満福気分で店を出た時に俺は異変に気づいた。
「あっ!歯にもやしが引っかかってる!」
なんという事だろう。あの歯に細長い繊維が引っかかっている違和感は瞬く間に俺の意識を掌握した。
気になって気になって仕方が無い……
俺は必死になって舌を動かし、異物を取り除こうとした。しかし異物は頑なに動く気配がない。この時、必死で舌を動かし、顔を変形させながら歩く俺の姿は酷く滑稽だっただろう。だが、そんな他人からの視線など気にしてはいられない。
このままでは確実に午後の仕事に支障をきたす。それを確信した俺は何としてでも異物を取り除くために舌の付け根が痛くなるくらいぐりぐりと舌を動かし続けた。
「だ、ダメだ……ベロがつる……」
そろそろ舌に限界を感じた俺は次の作戦を決行することにした。
手に持っていたペットボトルのお茶を飲み、ぐちゅぐちゅとうがいをする。行儀は多少悪いが背に腹は代えられない。
すると口の中で異物がほんのちょっぴりだけ動くのを確かに感じた。
「いける!」
俺はそのままうがいを続けた。そして舌も使って、合わせ技で異物を取り除こうとした。この時、俺は既に会社にたどり着いていた。同僚たちからの視線が刺さる。
(そんな目で俺をみるなぁ!もやしが歯の間に挟まっただけなんだ!)
そう叫びたい衝動を俺は必死に堪えた。外の赤の他人ならともかく、同僚たちに見られるのは多少ダメージだ。俺は作戦の最終段階に入るべくトイレに駆け込んだ。
誰も居ないことを確認し、窓を見ながら口を開けた。確かに細いもやしの繊維が歯の間に挟まっているのが見えた。俺はそこめがけて指を突っ込んだ。
最終段階とは手による直接除去だ。
鏡を見ながらだと、大きな口を開け、指を口に突っ込む間抜けな自分を見ないといけないので中々精神的に辛い。
しかし、時間も限られているので童心に帰り、指を頑張って動かした。そして突然やってくる解放感。遂にもやしが抜けたのだ。昼休み終了まで残り3分。危ないところであった。
そしてこの時俺は、今後野菜ライフを続ける上であることを誓った。
「歯間ブラシ買おう……」

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