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【試し読み】加藤就一『ごめんなさい、ずっと嘘をついてきました。―福島第一原発 ほか原発一同』Part3

0211原発書影

東日本大震災から10年。本書は、福島第一原発が「私」という一人称で読者に語りかけてくるノンフィクション小説です。

本書からの一部抜粋を、2週にわたって連載していきます(第一回:3月2日、第二回:3月4日、第三回:3月9日、第四回:3月11日)。

今回(第三回)は、「八つ目のごめんなさい 放射能は、まやかしだらけでごめんなさい」より抜粋しました。

※本編には載っていない〝著者からの追伸〟も最後に掲載します。どうぞ最後までお読みください。


~以下、試し読み~

なぜアメリカは飲料水のトリチウム基準が日本の13倍も厳しい?

 私は福島第一原発1号機です。原子力規制委員会の初代委員長・田中さんは、私の敷地に貯まる一方の汚染水の問題で常々こう発言していました。「トリチウムは世界中の原発や核関連施設が長年捨ててきたものだから福島の汚染水も薄めて捨てさせてもらいたい」と。田中さん、ずっと捨ててきたから問題ないってのは乱暴じゃありませんか? 科学的にトリチウムが人体に無害なら問題ないのでしょうが本当にそうだとわかっているのですか? 古くは1974年に徳島で開かれた日本放射線影響学会で「トリチウムは極めて低い濃度でも染色体に異常を起こす」って発表されていますよ。しかもこれを発表したのは、当時放医研・遺伝研究部部長だった中井(さやか)斌さんですよ。
 現行のルールでは、捨てていいトリチウムは1リットルに6万ベクレルまで。福島の汚染水には1立方メートルに13億ベクレル以上が含まれていて、これは捨てていいとされる濃さの約22倍。だから現・規制委員長の更田(ふけた)氏が言うようにトリチウムが悪者でないのなら、海水で22倍に薄めれば長年そうしてきたのと同様に海に捨ててもいいことになるわけ。なのになぜ電力各社はあのアンケートで『薄めて捨てている』とは言いたくなかったのだろう? 何かがある、ってピンときました? トリチウムって本当は人体に危険だって知っているからではないのか。
 この疑問、誰なら明快な答えを知っているだろうねえ。やっぱり放射性物質を軍事目的で世界一研究してきたアメリカだね。よし、あのもの知り原発さんに教えてもらおう。

 「メルトダウンの大先輩、スリーマイルさん、単刀直入におたずねします! アメリカはトリチウムが危険かどうか知っていますか?」
スリーマイル島原発 「まあまあ、そうあせらんで。ワシもな、1999年にメルトダウンしてしまったときにな、トリチウムで大変だったんだ。ニッポンの原発とは違って内陸に建てられたワシは、海水ではなくて川の水で冷やす原発じゃった。事故の後、川の中に浮かぶスリーマイル島でも『トリチウムを含んだ汚染水』が9000トンも溜まってしまった。何とかせねばならん。それで電力会社がどうしたかというとな、ワシを冷やしてくれてきた目の前の川に『薄めて』捨てようとしたんだな。すると下流の住民が猛反対した。そんで断念したって歴史があるんじゃ。フクシマさんよ、アメリカは核大国。その国の住民が反対するんだから『トリチウムは悪者』だという証拠があるんでは、と思うたかな。ビンゴ、正解じゃ。で、どうしたもんか考えた電力会社はな、スゴイ作戦をとったのさ。大金をかけて9000トンの汚染水をすべて『蒸発』させた。川にではなくって、空に捨てたんじゃ。蒸気は見えんし、どこへいったかもわからん。だから住民も反対しようがなかった。それで何とか決着したんだがな。ま、ここまでの話だけではトリチウムが悪者かまだハッキリせんだろ? ハッキリさせたきゃ、こう考えてみりゃええ。もし我が母国アメリカがトリチウムが人体に悪いと知っていたらどうするか? 自国民は守るだろうから、悪者とわかっておれば規制するはずじゃろ。世界のそういう基準を決めるのはWHO世界保健機関。飲料水1リットルあたりトリチウム1万ベクトルまで飲んでいいと決めてある」
 「日本ではWHOの基準より少し厳しくて7000ベクレルまで飲んでいいことになっています」
スリーマイル島原発 「もしアメリカがだな、トリチウムが悪者だと知っとれば、間違いなくWHOの基準より厳しくするはずだろ? さあてどっちだと思う? アメリカで飲んでいいのは1リットルあたり……740ベクレルまでじゃ。つまりWHOの基準の実に『13倍以上も厳しく設定』してあるということさ。13倍だぞ」
私 「黒だ! トリチウムは黒ですね。でもこの基準、民間とかが決めてないでしょうね?」
スリーマイル島原発 「決めたのはアメリカ環境保護庁というれっきとしたお役所じゃ」
 「あちゃ~。真っ黒。地元福島の漁連の知り合いに教えてあげなきゃ」
スリーマイル島原発 「最後にもう一つ耳より情報を差し上げよう。アメリカではな、原発周辺の住人がトリチウムのせいでガンになったと、長い歳月、多くの裁判を起こしてきているぞ」
 「なるほど、トリチウムはベータ線を出す。ベータ線はその周辺数ミリだけ集中的に被ばくさせてしまうんだった。それでアメリカじゃあトリチウムでガンになったと、たくさん裁判おこしてるんですね? 日本政府や東電の言ってることと全く違う。それに、日本ではアメリカで飲んじゃいけない基準の13倍も濃いトリチウムの入った水を飲んでいいことになってるわけでしょ……『トリチウムは危険でないので薄めて捨てさせて』なんてとんでもないんだ。これ以上の確固たる証拠はないですね」
スリーマイル島原発 「世界中でいちばんアメリカが放射能を知っておる、ま、そういうことじゃな。ニッポンの子どもたちに教えてやってくれ」
 「はいッ。サンキュー ソー マッチ。また教えてください、お達者で」

 熱いうちにおさらいしておくよ。トリチウムは日本では有害でないと説明されてきたけど、アメリカは飲料水のトリチウムの基準を世界基準より13倍以上厳しくしてあった。アメリカ人が飲む水だけ厳しくしてある。それが何を意味するか。アメリカは「トリチウムは人体に危険」だと知っている。それ以外にない。「トリチウムは人体に問題ない説」は黒だ! とあなたも確信したのではないですか? 確かにアメリカの原発も、日本の規制委員長が言うように過去にトリチウムを薄めて捨ててきたのは事実。でも人が飲むとなると話は別、ということね。人体の中じゃ薄まらないから規制を厳しくしてあると考えるのが自然です。「アメリカはトリチウムが人体に危険だとわかっている」、ご納得いただけましたか? そうしたら次は、世界の最新科学でトリチウムが、人体に悪いとわかっているのか、いないのか? わかっているのならどう悪いのか、知りたくなるわね。このテーマにうってつけの人に来てもらったわ。医学部中退、お笑い芸人にして原発ジャーナリスト、おしどりマコちゃん!

マコ「はい、世界の最新の科学的研究でトリチウムは『危ない』ってことがわかってきてますよ。汚染水を海に捨てたい規制委員長や原発を推進したい側は知っていたとしてもお口にチャックでしょうけどね。でもね、とっくの昔に推進側が墓穴を掘っていたのを見つけました。推進側が作った原子力辞典『ATOMICA』をめくると、『トリチウムの生物影響』って項目があります。そこに推進側が自ら『トリチウムは危険だ』、としっかりと書いてあるのです。タイトルは『有機結合型トリチウムの危険性』。やっちゃってるでしょ。『有機結合型』というのは難しそうだから一般人はわからないとタカをくくっていたのでしょうかね。でも意外と簡単なので説明をチョっとだけ聞いてくださいね。人間は有機物でできています。その有機物の中に誤ってトリチウムが入ってしまうのが『有機結合型』です。ATOMICAには『有機結合型トリチウム』にどんな危険性があるかハッキリ書かれています。『動物実験で、骨髄の血液を作る細胞に障害をおこしたり、人が長期間摂取すると重大事案が発生することがわかっている』って。では、なんで有機物の中にトリチウムが入ってしまうと危ないか? をわかりやすく説明しますね。人間は炭素と酸素と水素が結びついた有機物でできています。おなじみ遺伝子情報のつまった『DNAも有機物』なので炭素と酸素と水素などが複雑に結びついてできています。トリチウムは水素にそっくりなのでDNAの中に水素と間違えられて入り込んでしまいます。何年かたつとあることが起きます。トリチウムの半減期は約10年。10年の間に徐々に半分が崩壊していきます。放射線を放って崩壊したトリチウムはどうなるか?  トリチウムではない別の物質に変身するのです。それは『ヘリウム』。あの吸うと声が低音に変わるヘリウムに変わってしまうのです。するとDNAはどうなると思いますか? DNAは炭素と酸素と水素が合体してできていましたよね。その水素がヘリウムにすり替わってしまうと有機物のつながり『水素結合』が壊れてしまう。つまりDNAが壊れてしまうのです。DNAが壊れると、遺伝子情報をきれいに伝達したり複製したりできない。恐ろしいことになりそうでしょ。トリチウムが有機結合型トリチウムになると毒性が1万倍になることも報告されています。福島に溜まった『トリチウム入りの汚染水を捨てたら風評被害になるからやめろ』って福島漁連だけでなく日本中の漁連が反対していますが、今、ご理解いただけたように『トリチウムは科学的に悪者』だとすれば風評被害ではありません。れっきとした実害です。その実害の素、元凶が太平洋に捨てられることになります。遠く台湾、韓国などアジア各国が反対しているのはそういうわけなんです。そのトリチウムをプランクトンが取り込み、魚がプランクトンを食べ『有機結合型トリチウム』になったたんぱく質を人間が食べる……また、流したトリチウムは福島沖に留まるわけもありません。だって2011年の事故の後、太平洋に流れ出た放射能がどう流れたか覚えている方も多いでしょう。北は北海道根室沖まで、南は伊豆諸島まで。対岸のアメリカ西海岸にまで届いて太平洋がまっかっかになっていた地図を思い出してください」

 さすが、おしどりマコちゃんね、今までのモヤモヤが一気に晴れました。アメリカの飲料水の規制が世界水準より13倍も厳しいということでも、最新科学でも「トリチウムは安全なモノではない」と自信を持って言えたところで、一つ白状しましょう。これはほとんどの人が知らない。原発には私と同じ沸騰水型と、震災後に先に再稼働している加圧水型2つのタイプがありましたよね。ここでクイズ。このどちらかがトリチウムを「10倍」も多く出すんです。さて10倍出すのはどっち!? 正解は……「加圧水型」。先に再稼働している方です。なぜかと言うと、私と同じ沸騰水型は陸上に作るので大きくていい。だから原子炉にブレーキをかける制御棒の数を多くできる。だけど加圧水型はもともと、空母や潜水艦に積むためにコンパクトに設計されたのね。なので制御棒が減らされた。つまりブレーキの利きが悪いってこと。そこで制御棒の代わりにブレーキかけてくれるホウ素って物質を原子炉に大量に放り込む。するとブレーキはかかるんだけど、ホウ素に中性子が当たると、残念。トリチウムが大量にできてしまうのです。そのことは原発を建てる前からわかっているので、ルールとして一年に捨てられるトリチウムの量も、最初から加圧水型は沸騰水型の10倍までOKとなっているのです。「すべて結論ありき」ということ、あなたは合点していただけましたか?


ーーー著者より追伸ーーー

国が無害だというトリチウム、人体だけでなく私たち原発の体にも有害なのです。水に似たトリチウムが鋼鉄の原子炉に有害なんてあり得ないと皆さんは思いました?
ところがどっこい、トリチウムは私たち鋼鉄の原子炉を長い年月かけてモロくするのです。なんとトリチウムは金属を透過、つまり突き抜けることができるのです。科学はここまで分かってる。私たちにも天敵、トリチウム。

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次回の配信は3月11日の予定です。

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