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第9回 エリマキトカゲ(くどうれいん)

<玲音、ごめんなさい。ちゃんと謝りたいことがあるので電話をしたいです。何時にかけたらいいですか?>

 と、かおりから突然敬語でLINEが来た。<夕飯食べ終わったら、30分後かな>と返し、頭を悩ませる。なにかこんなに謝罪させるようなことをしただろうか、されただろうか。<ありがとうございます……>かおりはいつものようにスタンプを押してこない。よっぽどのことか。
 かおりは、同じ大学の、同じ学部の、同じ科の、違うグループにいる同級生だった。わたしはまちづくりを学んでいて、かおりはマーケティングを学んでいた。ささかまの新商品をプレゼンするプロジェクトでたまたま一緒になって、趣味が合うとかそういうことではなかったが、わたしはつっこみで、かおりがぼけだとなんとなくピースが合う感じがして、こう、そういうウマの合うところが心地よくて、たまにふたりで並んで授業を受けた。かおりはとてもまじめで、少し天然で、それゆえ大学においてはつまらない(ほんとうにつまらない)学生ノリでいじられることも多そうで、おこがましくもわたしは、せめてわたしといる時はそういうつまんないいじりに愛想笑いしなくていーよ。というきもちで彼女と接していた。骨折をしたことがあるか、という話になったとき、彼女は顔を赤らめながら言った。
「星のカービィが好きでさあ。ゲームの真似して曲を口ずさみながら、カービィ、飛ぶじゃん、すっごい飛ぶじゃん、わたしスキップしながらカービィごっこしてプワ~ンプワ~ンって効果音言って、ジャンプしながら曲がり角から飛び出たの」「は?」「いやあ、めちゃくちゃ轢かれた。2メートルくらいポーンって飛んで。でも、わたしが悪い! って一瞬にしてわかって、申し訳なさ過ぎて、心配して出てきた運転手さんのことを振り払って帰宅しちゃった」「は?!」「家帰ってから、冷静になればなるほど体が痛くてね。泣きながらリビングに行って『お母さん、痛い、轢かれた』って言ったらお母さん『家の中で轢かれるわけないでしょ!』って怒って」「あはは」
わたしはこの話でいつでも腹筋が筋肉痛になるほど笑える。かおりはそれを、「ウケる話」としてでなく、あくまで「悲しかった失敗談」として話してくるのが余計におもしろい。かおりはいつでもまっすぐでかわいい。そのかおりが、わたしに謝罪したいのだと言う。重大な、強烈なニュースを伝えられてもいくらかは詩のような気分になれるかと思い、ベランダに出て通話をした。夏の夜の風が夏の夜の風らしくわたしのからだを撫でるのでそわそわした。

「もしもし」
「もしもし、玲音、ああっ、あのね、きょう採用試験の最終面接があって」
「おーおー、どうだった!」
「受かったあ、受かったんだよお」
 かおりはちょっと泣いている。いいニュースじゃないか。大きな企業を受けたり、いくつか落ちたりしていたことは知っていたから、すごいじゃん、いいな。と思った。わたしは就職活動に挫折して完全にやけになっていた。
「おめでとう! かおりみたいな人を採らないほうがおかしいよ」
「そんなことないよ、でもよかった、ほんとにうれしい、玲音のおかげ」
「なんでよ、わたしなんにもしてないよ」
「そう! そうなの、でもちがうんだよ、ごめんね、ごめんなさい!」
「受かったんじゃないの?」
「うん、よかった、やったあ、でも、ごめんなさい!」
 意味が分からない。かおりは半べそで喜びながら半べそで謝罪している。なんなんだ。竹中直人の『笑いながら怒る人』のことを思い出し、その逆みたいだなあとおかしくて笑ってしまう。
「きょうの面接でね『あなたの尊敬する友人を動物に例えて、その良さを説明してください』って言われたんだけど」
「うん」
「すぐに玲音だ! って思って玲音のことを話した」
「それはうれしい、ありがと」
「で、あの、あーっ! ごめんなさい」
「さっきからなに、はっきり言って!」
「はい! ごめん!言います」
 かおりは大きく息を吸った。
「玲音のこと、エリマキトカゲにたとえました」
「え、エリマキトカゲ」
「エリマキトカゲにたとえてごめんなさい」
 わたしは硬直してしまった。なんだそれ。大したことないじゃないか。というきもちと、「エリマキトカゲにたとえてごめんなさい」と謝罪されることはこの後の人生にはないだろうということがおかしくてたまらなかった。
「勇ましく駆け抜けていくかんじが友人とそっくりですって言ったら、面接官が笑って、受かりました」
「あはは。いいよいいよ。かおりが受かるためなら何にたとえられたっていい」
「ほんと? あとから玲音は猫とかうさぎにも似てるんだからもっとかわいい動物にすればよかったってすっごい反省したの、そればっかり気になっちゃって、ちゃんと謝ろうと思って」
 誠実すぎる。誠実はかわいいことだなあと思う。かおりは心底よかった、怒られるかと思って、というような事を言ってほっとしていた。今度お祝いでご飯食べようね、と電話を切る。音声がなくなった途端夜の暗さがなだれ込んできてひとりぼっちになってしまう。しばらくそのままベランダの手すりに凭れて遠くに流れていく車のランプを眺めながら、みんな将来が決まっていくなあ、でも、わたしはこういうおもしろい友人がいていいなあ、と、ふらふら考えを巡らせる。
 “勇ましく駆け抜けていくかんじ”か。うれしいな。googleに「エリマキトカゲ」と打つ。すると、出るわ出るわ、大きく口を開けてせわしなく走りまくるエリマキトカゲたちの画像。勇ましく駆けるというよりも、大慌てで「ひえー」と絶叫している感じがする。そのせわしなさ、うるささ、滑稽さが妙に自分と結びついて悔しいけれど笑ってしまう。そうだ。勇ましく駆ければよいのなら、ライオンだってよかったじゃないか。なんでよりによってエリマキトカゲ、こんな、しかし……画像を見れば見るほど、わたしをエリマキトカゲにたとえたかおりが憎たらしく思えてくる。きっとかおりも、面接後にエリマキトカゲを検索して「しまった!」と思ったのだろう。そしてそれを黙っていればいいものを、きっとわたしと妙に似ていたせいで言わずにはいられなかったのだ。そして、面接官はきっとライオンではなくエリマキトカゲにたとえるようなかおりだったから採用したのだろう。かおりの、おそらく自覚していないその魅力を引き出すのにはぴったりな試験だ。エリマキトカゲのことをもう少し調べたら、“襟を立てるのは地上で外敵に襲われた際に見られる習性”と出てきた。勇ましいどころか必死の集大成。全力の威嚇があの襟なのか。「ひえー」と絶叫する画像をいくつか保存して、ついに耐えきれず声に出して吹き出した。

<内定おめでとう>
 爆走するエリマキトカゲの写真と共にかおりに送ると
<ごめんなさい!!!!>
 と土下座するスタンプがたくさん送られてきた。悔しくも、わたしとエリマキトカゲはとても似ているような気がしてくる。わたしの崖っぷちの威嚇が、命からがらの猛ダッシュが、かおりからは勇ましく見えるのか。

 その日以来、「自分を動物にたとえると?」という質問には必ず「エリマキトカゲ」と書くようにしている。エリマキトカゲは爬虫綱有鱗目アガマ科エリマキトカゲ属に分類されるトカゲ。森林に生息する。低温に弱く、飼う場合は高温を維持し、一部に局所的な熱源を照射する必要がある。威嚇の際は大きく口を開け襟を立てて素早く走るが、持久力はない。

【書籍発売中!!】
くどうれいん『うたうおばけ』
四六判、並製、192ページ
定価:本体1,400円+税
ISBN978-4-86385-398-0 C0095
装画:西淑
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人生はドラマではないが、シーンは急に来る
『わたしを空腹にしないほうがいい』のくどうれいん、最新エッセイ集。
「web侃づめ」の大人気連載に大幅増補の全39編。
「東北の小さな歌人。鋭いと思いきや、その先は丸く、言葉たちは強く光っている」(植本一子)
http://www.kankanbou.com/books/essay/0398

プロフィール

くどうれいん(工藤玲音)
1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。樹氷同人、コスモス短歌会所属。著書に『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD、2018年)。

「うたうおばけ」バックナンバー

第1回 うたうおばけ

第2回 ミオ

第3回 瞳さん

第4回 イナダ

第5回 内線のひと

第6回 終電2本前の雷鳴

第7回 死んだおばあちゃんと死んでないおばあちゃん

第8回 からあげボーイズ

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